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「死について」を含む問答(Q&A)一覧

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

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病気の痛みに耐えたけどもう限界です

この歳になって色々考えさせられました。自分が老いていく事等。今までに必死に生きてきた。人が大っ嫌いだった。子供も3人。上の2人は私を知らん顔で出ていき1人残った子はまだ中学3。今の旦那は再婚でまた子供を殴る人。また失敗した。 私は現在、未破裂脳動脈瘤3mmいつ破裂するかわからない時限爆弾と、子宮頸がん異形成。いつガンになるかわからない。そして、心臓神経症であちこち痛くて寝るのままならない状態でうつ病再発。占いの人に今年は入院するとか、手術するとか言われて余計に不安になった。旦那と7年、5年前から家庭内別居、面倒見てくれてるのは子供。可哀想で。 でも、私は何もできない。体が痛くて時々死にたくなる。いつも子供が傍で見てくれてる。旦那はうつ病に金かかると。私がしっかりしたいのに何も出来ない。何故こんな理由のわからない病気ばかり。いつ死ぬかばかり考えて怖くなる。生きたい。でも、痛みで死にたい。仏様やご先祖さまに怒られる。早くに亡くなったお父さん。お父さんの愛情だけ知ってます。今は兄妹との連絡も繋がらない。母との連絡も取れない。友達はいない。孤独だ。子供しかいない。孤独だ。 誰も答えてくれない…… なんだよ……もういいよ さよなら

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自殺に救いはないのですか

私自身精神疾患により、希死念慮に悩まされています。 ただ、幼少期に母親を病気で亡くしているので自傷、または自分から死へ向かうことは母に申し訳なくてできません。 (錯乱状態になったりした場合はわかりませんが。まずそうはならない疾患です) 長患いの中で、とても澄んだ心を持つ友達ができました。 彼女は自分だけを責めて、病気のせいなのに「こんなこともできない自分はダメだ」との思いを抱えて自ら旅立ちました。 私個人の考えでは彼女は自殺というより「病死」だと考えています。 身体的疾患での死は仕方ないととらえられますがやはり自死というのは公にするには憚れることもあるようで私が彼女の死を知ったのは旅立ってから3か月ほど後のことで、もちろんお葬式にもいっておりませんし、ご両親が特殊な宗教をなさっている関係からお墓参りもさせてもらえません。 「霊能者」というような人は「自殺した霊魂は救いがない」とか「ずっと真っ暗闇をさまようだけ」などと言う人が多いようです。 そんなのひどすぎる。あんなに苦しんだ挙句、誰も責めず自分だけを責めて、精神疾患による考え方の歪み・・あまりこの言葉使いたくありませんが・・もあっていってしまいました、あんなに苦しんだのにまだ苦しまねばならないなんて・・・ 自らいのちを絶つということをよしとしているわけではないのです。 ただ、精神疾患(心の病気≠精神疾患)によりこのような結果になった方々にも救いはないのでしょうか。 もう一度申し上げますが、彼女が生きていた頃を知っている私は 彼女のことは今でも「病死」ととらえています。

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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

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死んだ母に心安らかでいてほしいです

3/6、54歳の母を突然亡くしました。アルコール依存症で、それでも普通の生活を取り戻そうと頑張っていた母です。 両親が離婚していたため離れて暮らしていました。 酒を飲んだ母が嫌で、辛いことをわかろうともせず冷たい言葉も投げかけたことがあります。 母が亡くなった今となっては、なんでもっと優しくしてあげられなかったんだろう、つらさをわかってあげられなかったんだろう、孤独を埋めてあげなかったんだろうと後悔ばかりです。 泣く回数は減りました。 けれど辛かったであろう母の晩年を想うと涙が出ます。 母の魂は救われるでしょうか? 生きているうちは恐らく辛いことだらけで、私がそれを除くこともできず、沢山寂しい悲しい思いをしたであろう母。 せめてあの世、浄土、言い方はわかりませんがその先では安らかでいてほしいと、毎日母に語りかけ仏様にお願いしています。 棺の中には「優しくできなくて、わかってあげられなくてごめん、大好きだよ」いうことを綴った手紙を入れました。私の気持ちは母に届けられるでしょうか? 手を合わせれば、気持ちは届くでしょうか? 49日が過ぎても、母に出来事を話したい、伝えられずにいた気持ちを伝えたいです。

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生きたい気持ちと生きる罪悪感の葛藤

皆様、よろしくお願いします。 膠原病という厄介な持病がある私が乳がんになってしまいました。 手術もして頂き、今、家にいます。手術したから終わりではなく、これからが大変なのだと思います。 でも良い気付きもあったんです。私が今、こうしていられるのも病院のスタッフさん達と主人の支え、すなわち私は本当に色んな方々に支えられていることを身に染みて知りました。(特に先生には本当にお世話になりました) でも持病を抱えながらのがん治療、私はこれから支えて下さった方々に尚負担をかけて生きていくのです。 それにもし今、私が死んだら、主人は暫く悲しむだろうけど、新しい恋をして人生やり直せるかもしれないのにと思うこともあるのです。 今、お世話になった方々への恩返しはどんな治療にも耐え元気になることが大切だと思います。でもその反面「いつまで生きることに執着してんねん!」という自責の気持ちで揺れています。 私がこう思っているなんて、周りの人は夢にも思っていないと思います。 本当に本当に本当に良くしてもらったというか、してもらってるんです。病院スタッフさんも主人もみんな優しいのです。 それなのに相反する気持ちで葛藤し、手術の傷跡の痛みも忘れるほど心が痛いのです。 私の心から「生きる罪悪感」に出ていってもらうためにはどうしたら良いですか?苦しいです。教えて下さい。お願いします。

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死ぬことを受け入れたい

度々いろんなお坊様のいろんなご意見を読んでは参考にさせていただいています。 一つ最初に私はあまり信心深くなく、こんな時だけお坊様や仏様の慈悲にすがる浅ましさをお許しください。 かれこれ15年、「死ぬのが怖い」発作に苦しんでいます。 きっかけは祖母の死でした。 当時中学生になりたての絶賛反抗期で、親ともうまくいかず、勉強もうまくできず、何をやってもむなしい、いいことも何もないし死にたいと思っている最中の出来事でした。 自分がいかに死を簡単に考えていたかを身に沁みて理解しました。 悲しみよりもずっと大きく、死んだらどうなるのかという恐怖と、自分が自分でなくなり消えていく恐怖が襲いました。 悲しみよりも我が身の可愛さが先に来た自分が情けなく思いましたが、その恐怖は今もなお私を苦しめます。 必死にその恐怖を押し込めて、忘れ去ろうとすることしかできません。 親には相談できませんでした。 当時の憔悴しきった様子から、自分が何か心配をかけるような真似はできないと思いました。反抗する回数も少し減ったと思います。 その時に適切に恐怖心を処理しなかった代償か、今もふとした瞬間に目の前が真っ暗になり、足元からさーっと冷気が這い上がるような恐怖で吐き気がすることがあります。 お風呂に入っているときが一番その発作が起こりやすく、全くお風呂が安らげる場ではなくなってしまいました。 かといって人間皆いずれは死ぬのに、怖がっていることが恥ずかしく、心療内科の先生(以前適応障害を患い通っていました)にもカウンセリングの先生にもうまく伝えることができませんでした。 とにかく自分が自分でなくなり、何もわからない世界に行ってしまうことが怖くてたまりません。 そして私がいなくなった後も永遠に時間が続き、地球が滅び、宇宙が滅んでいくと考えると、手足の先が氷のように冷たくなって正気を保てなくなります。 お坊様達のご意見が聞きたいです。 お坊様達の世界の捉え方、仏様の世界を知れば、この恐怖から解放され、無事に死んでいけるのでしょうか。 親(二人とも60前後でまだ元気ですが、)が死ぬことも最近は毎日のように頭をよぎり、人間が物言わぬモノになっていくことが悲しく苦しくてたまりません。 身勝手な相談で申し訳ありませんが、どうか少しでも死ぬまでに心やすらかに人生を送れるようなヒントを頂けますと幸いです。

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始発13分遅れ

今朝うちの電車(私)の始発の時間が13分遅れました 毎日6時に雨戸を開けたり新聞を取りに行きます そして毎日7時から掃除を始めます それが私が7時前にうたた寝してしまい遅れてしまいました そしたら部屋の扉を「トントントン」と叩き「起きてるんか?」と父が… 父は7時前にトイレに起きてまた寝て 8時に起床します 母は8時30分に起床します 始発が13分遅れたので 「起きてるかチェック」が入りました うーん… 電車が遅れたら多くの人たちが迷惑します 最近何かと電車に飛び込む人が増えたことで 余計に神経質になっているのかイライラがたまっているのか 線路内等で死人が出たら ネットの書き込みには必ずと言っていい程このツブヤキが… 「マジで止めて!」 「迷惑きわまりない行為!」 うーん… 確かにたくさんの人たちのスケジュールが狂うし鉄道会社にも損失が生じますが… その… 尊い命が1つ失われているのに… もしその自殺したのが自分の家族や友達でも同じことが言えますか? そんなことを考えたりしています でもそんな私も自殺希望者で 何度「今だ!」と思ったことか… 何度も何度も耐えて耐えて… でも「マジで止めて!」の気持ちが分かるし 鉄道会社に損害賠償を請求されたら残された家族に迷惑がかかるので 長いこと長いこと無い知恵を練って練って 自殺するならコレと決めておくしかなくなってしまいました 今朝はうちの電車が13分遅れました 13分… 怒られてうたた寝したことを後悔しました… がもう起きてしまった事故なので あまり責めないでいただきたいものです お坊さまは寝過ごして迷惑かけたことがありますか? 電車が遅れることどう思いますか?

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いい人が若死にする理由と大切な人を亡くした友人にできること

友人の御主人が、まだ30代という若さで病気で突然死してしまいました。 子ども達もまだ幼く、これからという時に、何故という残念な思いばかりです。 御焼香をするために葬儀に行きましたが、友人と御主人が築き上げた幸せな家族の写真がたくさん飾られており、本当に素敵な家族だったのに何故?といういたたまれない思いでいっぱいになりました。 仕事関係の写真や、別れを惜しむ参列者の多さを見ても、本当に色々な人から慕われ、ご活躍されていたのだなぁと感じられ、そんな人が何故、こんな若さで…と思います。 いい人ほど若くして亡くなるとは、よく言われますが、何故、いい人が若くして突然、天に召されなければならないのでしょうか? また大切な人を亡くした友人に対して何か出来ることはあるのでしょうか? 私が引っ越す前は、子ども同士も仲良く、とてもお世話になった方なので、何か出来ることがあれば…と思いますが、直接お会いする機会も少なく、故人のご冥福をお祈りするくらいしかできないのが現状です。 今は行事や事務手続きなどに追われて、友人も悲しむ暇がないくらいに慌ただしい日々を送っているかと思いますが、大切な御主人を亡くしてしまい、心身ともに疲れきっている友人と子ども達が心配です。 今はそっと、御主人とのお別れの時間を見守る方がいいと思っていますが、いずれ何かできれば…と思います。 今はまだ、自分に何ができるのか、どのように接するのがよいのかも分からないのですが… 大切な人を亡くした方が、やって貰って嬉しかったことや、逆に失礼にあたること、負担になることなど、具体的に分かると助かります。

有り難し有り難し 9
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