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「お坊さん」を含む問答(Q&A)一覧

毒もみのすきな署長さん

という、宮沢賢治の童話があります。 署長さんが赴任した町には、禁じられた漁法があります。その一つが毒もみで、自然由来の材料で作った有毒な薬を川に浸すなどして、浮いてきた魚を獲る方法です。署長さんは町の人たちを取り締まり、いかにも職務を全うしているかのように装いますが、ある日、こっそり毒の材料を取引しているところを町の子供に見られてしまいます。町の大人たちは真偽を確かめようと、署長さんに詰め寄ります。署長さんは憤慨し、名誉にかけて犯人を捕まえると約束。しかし、皆が当てはあるのかと問うと、ちゃんと証拠はあると言い、町長さんの前にずいと顔を突き出して、こう告げます。 「実は、毒もみは私ですがね」 かくして、署長さんはお縄頂戴となり、死刑が確定。そして、いよいよ死刑執行のその時、彼は笑ってこう言いました。 「ああ、面白かった!俺、毒もみだーい好き!今度は地獄でやろっかな」 皆はすっかり感服しましたとさ。おしまい。 という話なんですが、人は誰しも「分かっちゃいるけど、やめられねえ~アホレ~スイスイスイ~♪」ってことが、よくありますよね。その理由は自己を客観的に見れない切なさに起因していると思いますが、例え、見れても根源的な欲求が満たされない限りは苦しむ。 その根源的な欲求とは「生きる意味」ではないか。そこがそもそも欠落しているから変なことをし、そして、これをどう捉えるかで人生が変わる。後付けでその理由を作った人、にっちもさっちもいかずに道元禅師を尋ねた人、何かに夢中になることで考える暇をなくした人。色々、居ます。どれを選ぼうが本人の自由で、また、それ故に人を愛し、人を傷つけ、妬み憎んで七転八倒。それを糧にして物を作ったり、歌ったり、ままならぬ人生の詩を詠んで何とか生き抜き、それが今度は他者を慰める糧となる。 大事なのは、覚悟を持って挑めるかどうか。誰が何と言おうが、坊さんに叱られようが「ああ、面白かった!次は地獄で!」と腹くくって言えるなら、それでいいじゃないの。 「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言いますが、我々は圧倒的に愚者。経験に学ぶしかない。大事なことはスムーズには進まないし、簡単には伝わらない。だから、お坊さん怒らないで。皆、助言には感謝しているけれども、対等な姿勢を示さないと逆効果だと私は思うのです。 ※言葉足らずだったら後で補足します。

有り難し有り難し 87
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肉食妻帯並びに出家と在家の違い

日本の仏教(浄土真宗を除く)は何故『肉食妻帯』が許されるのでしょうか? 浄土真宗を除く宗派は『肉食妻帯』の禁止が前提で作られていたのでは無いのですか。 肉食関して仏陀は肉食を禁止していないや三種の浄肉をおっしゃる方が多くいますが、その部分だけを引用するとそう解釈できるか分からないですけど、当時は「托鉢」や「午後の食事の禁止」が前提の話で、日本の僧は「托鉢」や「午後の食事の禁止」をしているわけではないのに、その部分だけを引用するのは如何なものでしょうか。 また中国経由の日本の仏教には関係のない話であり、仏陀は肉食を禁止されなかったという個々の考えがあるのであれば、上座部やチベット、真宗などに改宗するか新たに肉食を禁止されない宗派を開宗すべきで妻帯の禁止及び菜食主義であった既存の宗派を変える事は以ての外ではないでしょうか 私は肉食妻帯に対して反対しているのではなく、真宗以外の諸派は肉食妻帯な禁止が前提として作られているのだからそこは徹底的にして欲しいのです。 妻帯については後継者問題があるからとは言いますが、なぜそこまで出家にこだわるのに、妻帯の禁止にはこだわらないのでしょうか。出家せずとも知識ある在家としてお寺を見守る家系として生きていけばいいではありませんか。 出家しているのに妻帯だと在家とあまり違いが無いではありませんか。 これは勝手な私論ですが 末法無戒を、唱えた日蓮上人ですら肉食妻帯をしていませんよね?それは「僧が袈裟を着る事」や「人が人を殺す事はいけない事」と同じ様なもので、その当時は肉食妻帯はしないのが当然なので末法無戒には含まれないからでは無いのでしょうか。 もし政府が「僧の服の着用勝手たるべし」とでも法令出したとしても、日蓮上人は直接は言及していないが、服を着るのは当然でその上で末法無戒と言ってるなんて誰でも分かるじゃないですか。 まとめると肉食妻帯の容認を当初からしている真宗以外は、かつてと大きく肉食妻帯に対しての意識が変化しているのにも関わらず、別宗派を作らず元の宗派を名乗ったまま肉食妻帯を許しているのか。 また現在における出家と在家の違いはなんなのかです?

有り難し有り難し 88
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住職の方の人柄について

今日私がいつも行く集まりがありました。 今日は集まったのが私を含め3人で集まりの途中でロータリークラブに所属されている住職の方が参加される予定でしたが会の間は入ってこられませんでした。 その会が終わった途端いきなり部屋の中に入ってこられ私以外の二人に名刺を渡し私だけを無視し続けてお話を始められました。 話の内容は集まりのメンバーを増やす為にロータリーの週報に宣伝を載せることについてのお話でした。 私以外の二人は現会長と次期会長でその二人とお話をずっとされていました。 5分くらい話されていたのですが私だけずっと無視したまま話をされて話が終わり帰る時も私にだけ名刺も渡さず無視してかえられました。私自身は何の役職もないメンバーではあるのですが、今まで会にいらっしゃった他のロータリークラブの方も他の住職のロータリークラブの方も私のことを無視せずきちんと名刺もいただいていました。 なので今回の出来事は私にとってちょっと失礼な対応だなと感じましたが住職の方々からしたら用のない人は無視してもいいという見解なのでしょうか? 個人的にはまたらこういう間に合うのが嫌なのでこの集まりから抜けようかと考え始めました。

有り難し有り難し 27
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ありえない態度

先日、法事をおこないました。 曾祖父の代からずっとお世話になっているお寺で、先代の住職さんにはとても親切にしていただいてました。 その先代の住職さんが体調を崩されて、 2、3年ほど前に息子さんが住職になられたのですが、本当に失礼な態度で頭にきています。 無言で入ってきて、用意してあったお供え物も知らん顔だったので、祖母が 「お供え物置いてもらえますか?」 と聞くと、こちらを睨みつけて 「それ以上、入らないでください。」 と一言。結局お供え物は置いてもらえませんでした。 その後挨拶も何もなしに始まり、 小さい子供がいたのですが、子供が少し声を出す度にお経をよむのを止めてこちらを睨んでいました。それが3回ほどありました。 そして明らかに今までにはない短さで終わり、 何の挨拶もなしに部屋から出て行こうとしたので、 「あの...お焼香してもよろしいんですか?」 と聞くと 「こちらが合図したのに、そっちが拒否したんでしょ?」 と言われ、親戚一同呆気にとられていました。 合図なんてなにもなかったし、言葉も発してない。 たとえこちらが気づいてないにしても、その言い方。とてもじゃないけど、ありがたい気持ちなんて全くおきませんでした。 むしろ亡くなった祖父に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。 帰る時も一応挨拶を、と父と祖母が挨拶しに行ったのですが、 「お焼香のタイミングなんて、常識でしょ? それに最近は法事をお寺で行う人なんてめったにいませんよ。こっちが迷惑だ。」 と言われたそうです。 こんなことあっていいんでしょうか。 ただの愚痴ですいませんが、この行き場のない怒りをどうしたらいいのかわからなかったので、話を聞いていただきたくお話しました。

有り難し有り難し 32
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