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hasunoha 問答検索結果 : 「 死 死にたい」
検索結果: 3506件
2022/08/06

死ぬことが怖い。

はじめまして、始めて投稿させていただきます。私は幼い頃から死ぬことに対して過剰なまでに恐怖を感じてしまうたちでした。 母親が死んだらどうしよう、弟が死んだらどうしよう。そんな事を母に伝えては不安で泣きだし暫く落ち込むような子供だったそうです。 大きくなってそれは少し収まってきたのですが、ここ数年理不尽に殺されると言うことにまた一段と恐怖を感じてしまいます。 具体的に言うと凄惨な事件、戦争などです。 現在大切な家族がいて美味しいご飯を食べれてお風呂や洗濯で清潔を保てて、布団で眠る。コロナ禍で友達とはなかなか会えませんが連絡を取るツールはあるし、片思いですが好きな人もいます。 仕事はお給料が安いし大変ですが自分でお金を稼いで微々たるものですが毎月貯金も出来、過剰な贅沢は出来ませんがたまに好きなものも買える。 お金持ちではありませんが幸せだと実感しています、感謝もしています。 たまにですが祖母の写真に手を合わせたり、気分を害してしまうかもしれませんが神様に祈ったりもしています。 でもその生活がある日不条理に突然無くなったら?通り魔に襲われてしまったら、戦争や侵略で酷い目にあって殺されてしまうのでは。 自分も含む私の大切な人たちが恐ろしい思い、痛い思いをして死んでしまうようなことがあったら? そんなことばかり考えて毎日不安と恐怖で眠れなくなり、震えてしまい、嘔吐してしまいます。 人間はいつか死ぬとわかっているのですが、それでも他者の手による理不尽な死というものが怖くて仕方ありません。 特に最近の社会情勢を見ていると不安でどうにかなってしまっています。 何かアドバイスを頂けたら嬉しいです。

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2022/12/21

祖母の死

昨日大好きな祖母が96歳で亡くなりました。祖母は施設に入居しておりました。私は旦那の仕事の都合で遠方に住んでおり、昨日の夕方危ない状態と言われた時に私以外の家族は会いに行きましたが、私は会いに行けませんでした。その夜亡くなって、母からは亡くなってから夕方会いに行ったことと亡くなったことを聞かされました。両親も大変な状況だったと思うので、私に後からの報告になったことはしょうがないと思います。ただ、私だけ祖母に何も言うことができないままお別れとなってしまったことの後悔があります。それと同時に遠方にいるためまだ死を実感できず言葉で表せられない感覚になっており、明日帰省して祖母の顔を見るのがこわいです。死を受け入れなきゃいけないのがこわいです。 コロナになってまともに面会もできない中、2週間前にたまたま友人の結婚式で帰省した際に祖母とリモートで面会をしました。半年前にリモート面会した際は私を理解して会話もできていましたが、この時は首を振る反応はありましたが祖母は一言も言葉を発しませんでした。年齢も年齢なので覚悟はしていたので、悲しかったですがしょうがないと思っていたので次会いにきた時に会話できたらいいなくらいの軽い気持ちでバイバイしてしまいました。もっと話せば良かったのにこれが最後になると思わず、生きているうちに後悔しないようにと思っていましたが結局後悔するかたちになりました。 高齢になって体の色々なところが痛いと訴えることが多くなり、施設入居中もコロナになったり骨折したり色々苦しい思いをしていたようで早く死にたいと言っていたと聞き、痛みから解放されて天国で楽しく幸せに暮らして欲しいと思っています。 心からそう思うのですが、死を受け入れたくない自分もいて祖母にお別れを言うのがつらいです。生きているうちに感謝を伝えれなかったことや祖母の近くにいれなかったことで大好きな祖母への気持ちが全否定となってる気がしてつらいです。亡くなった後でも感謝は伝わりますか。天国で聞いていてくれますかね。 まとまりのない文章ですみません。ただ誰にも言えないこの気持ちを聞いて欲しくて書き込んでしまいました。

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死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 59
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死の恐怖への対処法

いつもお世話になっております。 死への恐怖が強く、以前よりご相談させて頂いております。 私は、本当に死ぬのが怖いです。 なぜなら、死んだ後どうなるか分からないからです。 仏教の中には、死後について細かく書かれている本や考えもあるとご教示頂き、いくつか拝読致しました。しかし、大変申し訳ないのですが、信じることができませんでした。 死んだ後帰ってきた人は居ません。ということは、少なくとも私の今生きている世界では、死んだあと私の意識がどうなるかについて明確な根拠と理論を持って説明できる人は、いらっしゃらないのではないかと考えてしまい、信じられませんでした。 次に発想を変えて、恐怖心を消すことを考えました。死ぬことは変えられなくても、死の恐怖さえどうにかなればいいと思い、怖くなったらお念仏を唱えるように致しました。仏様にすべておまかせするという考えです。しかし、これは一時凌ぎで、恐怖が何度もぶり返すようになってしまいました。死が「自分ごと」だと認識すると怖いのです。お念仏を唱えている間は、死が「他人事」のように感じられて、死が遠くにあるような感じになり、一時的に怖くなくなります。きっと、私のお念仏のやり方に、何か間違いがあるのだと思います。 私は今、なぜか、ここに生きてしまっています。生きているから、いつか死ななければなりません。 どうしようもなく恐ろしいです。 いつかくる死に怯えて、気が狂う程の恐怖に、毎晩叫んで、ジタバタしてしまいます。もう、本当に、生きているのがつらいのです。矛盾していますが、この恐怖が本当に本当に耐え難く、こんなに恐ろしいなら死んでしまいたいと思う毎日です。 今回の質問が、仏教に対して失礼でしたら、本当に申し訳ありません。私は仏教が好きです。出会えて良かったと思っています。また、今までご回答頂いたお坊様方、本当に感謝しております。ご回答頂いたのに、前進できない愚かな私で申し訳ありません。 支離滅裂な文章ですみません。ここまで読んで頂き、ありがとうございます。 私はこれから、どうしたらいいでしょうか。 毎日「この世界に生きている」と実感するたびに、「いつか死ぬ」と恐怖で発狂するこの状況を解決する方法を、どうか教えてください。ここから私は、次に、何をしたらいいのでしょうか。

有り難し有り難し 9
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彼女の死について

僕はいま、25才になります 彼女とは15才で出会い 2年後の17才の頃、乳癌で亡くなりました 乳癌という事で、女性の大切な胸を切り落とさなければ助からないと言われました 僕は、胸を切除したくないと言う彼女に 生きていてほしくて 怒鳴るように無理矢理、手術をしろと言いました 泣き叫んでいた彼女の声が 今でもずっと聞こえます その後、胸を切除した彼女の母親に 癌が肺に転移していると そしてすぐに、脳にも転移していて もう、対処のしようがないと言われました 彼女は、僕を気づかって 笑ってはくれましたが どうせ死ぬなら 綺麗な体で、女性として 逝かせてあげるべきだったのかと思うと 僕はなんて事をしてしまったんだと 後悔しています 助かるって言ったから 切除したのに 助かるから、大丈夫だからと 何度も彼女に言い聞かせたのに 僕は何もできませんでした なんの為に、彼女を殴ってまで 病院へ連れていったか分かりません きっと自分は悪魔のように見えたでしょう これを書いていること事態も 自分の悲しみばかり人に聞いてもらって 卑怯な人間だと思ってしまうんです 何度も何度も死のうとして そうやって逃げようとしてる自分が 一番嫌いです ただもう耐えられなくて 僕は人に迷惑をかける事が嫌いです そして、自分の事を人に話したりする事が少く 彼女と付き合っていた事は 彼女の母親しか知りません 彼女が死んだからどうすればいいなんて そんな重い相談が迷惑だろうと 誰にも言っていません ですが、もう限界みたいで ここへ相談してみました 長文、申し訳ありません

有り難し有り難し 19
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義弟の死ぬ死ぬ詐欺に疲れています。

はじめまして。 とても疲れて、ネット上で解決方法を検索しているうちに、このサイトにたどり着き、登録してみました。 初めて質問します。 私自身は友達も多く充実した毎日を過ごしているのですが、幼い頃から周りの人たちの人間関係におけるトラブルが多く、一緒になって疲れてしまいます。 特に最近、とても疲れています。 最近一番辛いのは、義弟の自殺予告です。 幼馴染の主人の弟ですので他人事ではなく、力になりたい、どうにかしたいという気持ちはとても強く、これまでも、夜中に突然かかってくる電話に子どもに授乳しながら何時間も付き合ったり、直接会って何度も話も聞いたりしてきました。 主人は、義弟の自殺予告の度に、夜中に車を出して探しに行きました。 しかし、それによって自分や主人の時間やエネルギーが取られてしまい、休日に行こうと楽しみにしていた家族の予定がキャンセルになったり、私たちの不自然な様子に子どもが心配したりと、子どもたちにもいらぬ心配や我慢をさせていると思うと、最近、義弟や義母に対し怒りの感情が湧いて来ています。 義弟の自殺予告は、警察や消防に何度もお世話になるレベルで、すでに3年続いています。 引き金になったのは義弟自身の離婚ですが、それと同時に、義弟の幼少期のDV体験によるトラウマ、両親の離婚、義母からの愛情不足、兄への劣等感など、次々と持論を展開するので、 本来の原因は、全て責任転嫁して自責で考えられない彼自身の幼さ、弱さにあると思えてしまいます。 それと同時に、義母はそんな義弟との生活が耐えられないと、主人や私に涙ながらに甘え、頼ってきます。 私たち夫婦には子どもが3人おり、子育てにおける時間を大切にしたい時期です。 家計も火の車で、毎月赤字。 睡眠時間を削って仕事をしています。 援助できる余裕なんてありません。 時間もお金も必死になんとかやりくりしているのに、頼らないでほしい。 30歳過ぎたいい大人で、調子の良い時には偉そうな自慢話ばかりするのに、何か失敗したり、ダメになった途端にすぐ死にたがる義弟と、 その義弟と一緒になってダメになって、もう無理もう無理と何も考えようとせず、義弟と離れたがり、解決方法をこちらに丸投げする義母に嫌気がさしています。 もう自分達でなんとかして!! …口には出せませんが、そんな思いです。 私は、どうしたら良いのでしょうか…

有り難し有り難し 108
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今死ぬか歳をとって死ぬか

今の暮らしにこれといって不満はないのですが、結婚や親の介護、自身の老後を考えると不安ばかりです。 自身が歳をとって介護が必要になる前に死ねれば安心なのですが、人に迷惑をかけてまで生きたいとも思えないですし、その頃には自殺をすることもできないだろうと思うと早いうちにしてしまってもいいのかとよく考えます。 家族や友人達のことを考えると思い止まってしまうのですが、いつか訪れる彼らの死を考えると耐えられないだろうし、その前に死んでおきたい気もします。 3年ほど前に仕事をきっかけに鬱になり自殺しようとしたこともありますが、結局勇気もなく途中でやめてしまったりでこれまで何となく生きてきました。 付き合っている彼とは結婚も考えてもいますが、このように考えているような人間が結婚なんてしていいのかとも思います。 このまま生きて親になったとしても、子供にこのような思考が影響するのではないか、自殺を考えるような人が親になっていいのか、考えても結論が出ません。 文章がまとまらず申し訳ありませんが、他の誰にも相談できず悶々としていたところ、こちらを見つけ相談させていただきました。 ご教授のほどよろしくお願い致します。

有り難し有り難し 33
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息子の死

昨年の4月に悪性リンパ腫で私の息子は入院しました。医者は、8回の抗がん剤をやれば完治するとの事だったが、心配になり霊視占いにも見てもらったら、死にはしない!親より先に死ぬ事はない!治るとの事だったので安心してました。 ところが、7回の抗がん剤が終わった時に医者から腫瘍がまた大きくなっているから退院は無理と言われ更に強い抗がん剤をやったがダメでした。私達は、不安になり癌に効くサプリやお墓参りも何度か行き、神社にも毎日行き、神社では不思議な現象も何度か体験してもしかしたら治るんじゃないかと期待していたのですが、様態はどんどん悪くなり正月早々に亡くなりました。 息子は、23歳でしたが激しい痛みにも耐え根を上げず、ずっと頑張っていました。亡くなる最後の日私にハグをして、愛してる愛してる!ありがとう!の言葉を残し他界しました。 頑張っていた息子の為にも私は、残された家族のために頑張らなくてはいけないとは思っているのですが、仕事も家の事もやり気が出なくて泣いてばかりの毎日です。 息子は、私の言う事は信じて頑張っていました。亡くなる日に私は、息子にこんな病気何くそー負けるか!負けてたまるか!って言う気持ちでいなよ!絶対に治るから!と言ったせいなのか息子はかなり弱っていた体に力を振り絞って長い時間ベットの上で便を頑張り力尽きて亡くなりました。 私は、息子の寿命を縮めてしまった!かける言葉を間違えてしまったと言う後悔で息子に申し訳なくてこの先どう生きていけばいいのか分かりません。 無理なのはわかってますが、もう一度息子に会って謝りたいです。

有り難し有り難し 8
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