hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
問答一覧

お題目で体質が変わってしまうのでしょう?

数年前お題目を唱えたところ、体からの浄化が止まらなくなり今も続いています。 一時期、顔面麻痺やパニック障害になり歩けるのがやっとの時期がありました。自分であまりよくないものがついてるなぁ、どうしようと考えていたところ、頭に[法華経]としばらく浮かんでいました。 よくお経のことも知らない私は、当時マッサージをしてもらって方が何かお経をあげておられると聞いたことがあったのて、何のお経ですか?と尋ねたところ法華経でした。 そのマッサージ師の方は視力がなくなり日蓮宗に改宗されお経をあげるうちにある力が宿り不思議なほぐし方で、みなさんの痛みを和らげていました。 しばらく頭に法華経と浮かんでると言うとあなたはお題目をあげなさいと言われ、知り合いの日蓮宗のお坊さんにもお経をあげていただきました。 すると浄化するが部屋がバンバン、ドンドン鳴り自分の中に入ってた負のものが出ていった感じがしましたが、その後も家がパンパン鳴り続けてます。 法華経を読むと手が暖かくなり家族にマッサージすると、浄化してるのかコクッコクッと寝入ってしまいます。 私には日蓮宗が何かご縁があったのでしょうか? 浄化はコントロールできるようになるのでしょうか? 時々熱が8度9度ぐらいが続いたりしますが、体質を受け入れないといけないのでしょうか? どうぞ不思議な現象ですが、ヒントを頂ければ嬉しいです。ヨロシクお願いいたします。

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

怒ってる

数年間野ざらしにされてた自転車 数年間姉は車だった 昔から私は自転車でずっとその場所を使ってる 姉は借金返済で車を売った 本人は徒歩通勤するといっていた 私と両親はずっと姉の借金で苦しめられていた 雨が降る日、出勤前に野ざらしにされてた自転車が私の自転車を動かすとき邪魔に感じた 位置が少し変わってたことに気づき汲み取りの人がしたのだと思っていた。 疲れて帰宅したとき姉と鉢合わせをした 私はいつもの場所に自転車を停めると姉は野ざらしにされてた壊れた自転車を 私の自転車が出ることができない位置に置いた 「そこだと邪魔になるからあっちに置いてくれないか」 「野ざらしにしろってことか」 睨まれそういわれた。 置くにも大型荷物がありスペースがない 普段置く私の場所を譲ればと考えても なぜ私がそうして姉がその場所を取るのか理解できない そも、姉は徒歩通勤すると言ってたではないか あれはなんだったんだ。 ずっと姉のそういう部分に迷惑してた だから、もう一度「あっちに置いて」と強くいった 元々、野ざらしにされてた自転車 姉が車を売らなかったら今でも姉はその自転車を気にも止めず野ざらしにしてなにも思わなかっただろう それが許せなかった。 普段からメンテして自転車を大切に扱ってたなら違っただろう 前日に私に一言「自転車を使いたいから置く場所が欲しい、スペースどうにかならないか、あの場所に停めていいか」と言ってきたなら私だって聞く耳を持った。 家に入ると今度は父に泣き言のように「自転車を買う金を貸してくれ」といってるのを聞いた 父は怒り「弁当作って持っていけ」と怒鳴ってるのを聞いた どうやら姉は午前だけではなく午後も勤務することになり間の一時間を往復するために自転車が必要になったそうだ 弁当持っていけばいいけど食べる場所がないという おまけに「もし勤務先から自転車を借りたとしても野ざらしにしろってお前はいうのか。それで壊れたらどうする」と私を責めてきたが筋が違う 私は事前にこういうことがあったからスペースが欲しいと言ってきたら対応したけど突然勝手にスペースを占領されると、これまでの経緯もあり腹が立って仕方ない 順序を踏まえて筋を通してくれればいいのに それをしてくれず、まだできてもない想像に対してこちらを責めてくるのはおかしい。 この怒りは正しいですか

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

父親との関係について

私は父親から言われた言葉が忘れられません。度々思いだし、自分を苦しめます。 父親は亭主関白で、何か気にくわないことがあると無言で殴り、殴られた相手が殴られた理由を自分で考え、直すと考えている人です。 女が前に出ることをよしとせず、母親も客前でも叱り飛ばされていました。 家は家族経営の自営をしていて、私は物心ついた頃から、弟の世話や家事をして、大学進学時は自営の手伝いもしていました。 親は私がすることは当たり前、私が図に乗るといけないから「ありがとう」とは言わないと言われたことがあります。 跡取りの長男がたまに手伝うと、有料なのにたくさん感謝し、何でも許しますが、私がすることは全て反対します。 長男は家族とご飯を食べず、旅行も行かず、家に他人をずっと滞在させても、親は何も言いません。 長男は顔を合わせると「気色悪い」だの言われ、お互いを無視する存在です。 ただ、弟が結婚する際、「自分が結婚するから、今までのことは水に流して仲良くしてやる」と言われましたが、何度も裏切られた為、拒否しました。 家族は、私が家事など奉仕することは全て当たり前で、私が考えることは全て間違っていて、20歳の頃から嫁にいけと言われ続け邪魔者扱いです。 全て私がおかしいそうです。 母親が他界した後、すべての手続きが終わる頃に父親と衝突し、「私にもありがとうと言って欲しい」とお願いしたら、 『やらせてもらえてありがたいと思え。見返りを求めるな。』 『今度、長男が嫁をとり、全部俺のことをやってくれるから、お前はもういい。』と言われ、家を飛び出した後、疎遠にしています。 一度父親から会いたいと連絡がありましたが、私は会いたくないと回答したところ、『私が頭を下げたら実家に入れてやる』と親戚に話したそうです。 親戚は、滝は下から上に流れないように、私が父親に頭を下げるのが道理だと言います。 誰かに相談すると、「かまってちゃん」「メンヘラ」と言われます。 私はどうしたらいいのかわからず、八方塞がりの状態です。 人と関わるのが怖く、全ての縁をきって孤独です。 時々、父親の言葉がこだまし、そんなに私がおかしいのかと、泣き崩れてしまいます。 どうしたら前向きに生きていける一歩を踏み出せますか? 私は父親と関わるのが怖く、私は父親とどうしたらいいのかわかりません。

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

母親の顔色を伺う日々です

こんばんは。 悩みに悩んで打ち明ける場が無いので聞いていただきたいです。 タイトルにある通り、母親の顔色を伺い 日々を過ごしています。母親の呪縛から抜け出したいです。 私には、2歳上の兄がいます。 兄は頭が良く母のお気に入りで昔から怒られることは少なかったです。ですが、私は何をしても怒鳴られ手を挙げられ無視され、それは高校になっても続きました。 そして、家事や親の手伝いをしないとゆう理由で殴られました。今思えば、抱きしめてもらったことも遊んだ記憶もあまりありません。小学生の時、兄から性的虐待をずっとされ恐怖に怯えていましたが母に言ったら殺されると思い我慢し耐えていました。 でも愛してくれてる振り向いてもらいたいとゆう気持ちが勝り、母の言いなり母の期待に応えれるように母が見つけて来た人と結婚し子ども2人に恵まれました。 主人は転勤族でついて行こうとすると孫に会えなくなる。 と、いわれ主人には単身赴任にしてもらいました。 その間は、実家に住んでいましたが母は家事を全くしないで趣味に没頭。 なので仕事と両立しながら家事を頑張っていました。 母の機嫌がよくなるのなら。母が喜んでくれるならと。 しかし、主人が転勤してきて実家の近くに越してきたので、アパートに暮らし始めました。同時に2人目を妊娠したので仕事をやめました。 楽になるかと思いきや、 働いてないんだから家を綺麗にしとけ。 と、言われ何か他に予定があっても母が怒るので キャンセルし実家の掃除に行きます。 先日も掃除に来なさい。と言われたので断ると お前に断る権限ないだろ!何様だ! と、怒鳴られました。 自分も子どもたちに同じような母親になりそうで怖いです。 特技かわかりませんが 友人や主人に何を言われても我慢できます。 ヘラヘラして笑って切り抜けられます。 悩みなさそうだねとよく言われますが いつか爆破しそうです。たまにリストカットをして 自分を痛めつけないと治りません。 そんなことをして逃げるなんて私は弱い人間ですよね。 私の人生を歩むことは難しいでしょうか? 悩む毎日で疲れてしまい。死んでしまいたいと思っています 長々と申し訳ありませんでした。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

人に冷たくしてしまった後悔との向き合い方

後悔しています。 私が冷たくした相手は、6歳上の会社の女性の先輩です。 そのような態度になった理由は、以下の通りです。 ・毎日数時間仕事をサボってどこかに行ってしまう(お散歩に行く人、と呼ばれています)ことが許せない ・離席時間が長いにも関わらず、残業をして、残業代をもらっている(月に1・2回)ことが許せない 離席癖について周囲は黙認状態で、上司が注意していますが直らず、私が勝手に苛々している状態です。 他の同僚は彼女の仕事ぶりについて愚痴を言うことはありますが、皆大人なので彼女とは普通に仲よさそうに接しています。 あまり目を合わせられなかったり、そっけない態度を取っているのは私だけです。なお、挨拶やお礼、お土産等はきちんとしています。 素っ気ない態度を後悔したきっかけは、彼女の退職です。 一身上の理由で急に退職されることとなり、振り返ると自分は大人気なかったと反省しました。 少しでも退職の原因になっていたら……と悪い妄想をしてしまいます。 また、彼女は愛想がいいタイプで、他部署の普段仕事で関わらない人で仲のいい人が多く、私の態度について人に話していないか心配です。 また、大変今更ながら、周囲に好き嫌いが態度に出る幼稚な人、と自分の株が下がっていないか心配です……。 もう取り返しがつきませんが、この後悔とどう向き合えばいいでしょうか。

有り難し有り難し 38
回答数回答 1

死が怖いと感じてしまいます

長文で失礼いたします。はじめまして。 去年の8月頃から、死ぬということに対して過敏に恐怖を感じるようになりました。 ふと、母親がいなくなったら恐ろしいと感じ、そこから、いつか誰もが死を迎えるということに気がつき、自分もいつかそうなるのだと強く感じて、「死んだら自分はどうなってしまうの?」といった恐怖で常にいっぱいになるような状態になっていました。 怖がるだけではどうしようもないと感じ、友人や母に打ち明けて相談に乗ってもらい、一時的に恐怖から離れられることもありましたが、安心できる状態がしばらく続いた後、ふっと思い出し、どうにもならないという思考になってまた怖くなるような状態の繰り返しになってしまいました。 忙しくすれば忘れられるという親の意見を元にアルバイトを始めてみたりもしましたが、バイト中に恐怖心が押し寄せてくることもあります。 不安のあまり、SNSで同じような悩みを持つ人たちの投稿を見た時に、そこで「産まれなければよかった」など不安を掻き立てるような言葉ばかりの人を見てしまい、恐怖が押し寄せてくるような事もありました。 産まれることは自分の意思で選べないことであり、この世へ産まれた以上は死を迎えるまでは懸命に、楽しく生きたいと思っています。就職も迫っているので尚更この考え方が大事だと思います。それなのに、まだ死が恐ろしいと感じてしまう自分がいることが不甲斐ないです。 こんな状態が続いて苦しいです。私はどうすればいいのでしょうか?

有り難し有り難し 106
回答数回答 3

特定の人と、心の中で比較してしまう

聴いてください。 現在40代です。 以前は医療者でありましたが、現在は結婚して自営業です。 30代の前半の頃、まだ独身で、医療系の仕事をバリバリしおりました。そこで、仕事の悩み、相談、よい点を話す、好きなことを話す・・・そんなサークル的な会を6歳年下のNさんと始めました。 私はコツコツ地道なタイプですが、 Nさんは頭の回転が速く、実行力のある人でした。 そんな二人だから、なんとかサークルが出来ていたのかと感じます。 お互いに意見が食い違い、ぶつかることもしばしば。 コミュニケーションの仕方が、お互いに違い、 私は考えて、考えて、考えて、やっと言葉にする。 一方Nさんは、どんどん話してくる。 よくNさんは「なんでも話して、」等、 遠距離でもあったので、なかなか会うこともできない。私は、メールいろいろな想い(サークルだけではなく、人としての生き方、考え方、等)を書くと 「何言っているかわからない」と帰ってくる。 それでいて、上から目線なモノの言い方で、支配されたようにも感じ、どう付き合ってよいか、わからなくなり、私はそれ以上何も言えなくなりました。しかも、年下の人に言われたことがとてもショックだった。 お互い分かり合えないまま、サークルも、二人の関係も自然消滅しました。 私は結婚、子供は授からず苦悩の日々。 一方、Nさんを知る友人からNさんは結婚して子ども2名いるようです。 彼女との関係性で、とても怖かった。心の傷です。 彼女が幸せそうに暮らしていることに嫉妬している。 もう何年もあってもいない、話してもないのに、 心の中で比較してしまいます。 どう整理つけてよいのでしょうか? よろしくお願いします。

有り難し有り難し 27
回答数回答 1

白骨の御文章に思う

広島在住で、いわゆる安芸門徒と呼ばれている地域の者です。 葬儀と言えば導師による読経の後、定番となっている《白骨の御文章》の拝読があります。 拝聴している遺族、縁者にはこの御文章の言葉ひとつひとつが重く胸に突き刺さり 感極まって涙する姿は参列者の心をも締め付けるものがあります。 そこで以前から私には一つの疑問がありました。 法話を聴聞する為にお寺参りをした折、読経後に住職あるいは講師としてお招きした僧侶による御文章拝読がありますが  この御文章は数ある章の中から日替わりで読まれている様です。 しかし なぜか私の地域では《白骨の章》にだけは巡り合う事が殆どありません。 普段のお勤めの祭には意識的に避けて、葬式の時に用いる切り札として温存している様にさえ思えるのです。 (もし、他の地域あるいは他宗派では違うのであればごめんなさい) その理由として お寺参りと言えばどちらかと言えば余生短し老人が多いので 死を意識させる話題には触れないでおこう。 そして葬式に限り《白骨の章》で締めれば無難であろうといった僧侶の方々の思惑が働いているのでしょうか? “人の死 ” というものは日常においては誰だって考えたくはないし、忌み嫌われる事はわかりますが 死 という事ほど絶対的に決まっていることはありません。 なので 子供のうちから葬式以外の日常の中で《白骨の章》を耳にするチャンスをたくさん頂くとか 御文章に綴られた深い意味に気付かせて頂く機会が多い生活を送ることは決して悪いことではないと考えるのです。 いつか必ず自分の番が回ってくる死に対しては 若くて元気な時から真剣に考えておかなければならない大切な事だと思うのです。 そうすることが 今の人生を真面目に正しく生き抜く力になるのではないでしょうか。 とは申しましても 現実問題として 住職様の立場から言えば「お寺参りの度に《白骨の御文章》を聞かされたのではたまったものじゃない!」と門徒の方から批判を受け、お困りになるかも知れませんが 私の様な考を理解して頂ける方はおられないものでしょうか? また《白骨の章》を敬遠しないで日々の暮らしの中に活かせる良い工夫があれば お聞かせ頂きたいと思います。

有り難し有り難し 37
回答数回答 2

子供をかわいいと思えない

今年1月に緊急帝王切開で子供を早産で産みました。予定より二ヶ月早い未熟児だったため、約一ヶ月半、子供は病院に入院して約10日前に退院しました。入院中は毎日病院に通い母乳を届け数時間面会していましたが、退院して一緒に暮らすようになり、昼夜問わずの頻回ミルク、オムツ交換、理由なく泣いていることに疲れてしまいました。実家に帰省する予定でしたが、妹との仲悪いため 実家には数日しか頼らず今はアパートで夫と三人で暮らしています。夫は、毎日仕事の帰りがおそく、週末も出かけてしまうことが多いんです。子供は可愛がってくれていますが、面倒見てくれず子供を抱っこしてあやすだけ。わたしばっかり犠牲になってと思ってしまいます。母乳の出も悪いため、ミルクで育てようと思ってます。周りからは、出なくても吸わせれば出るよ、母乳の方がいいんじゃないの、吐いちゃうのはミルクあげすぎじゃないの、、など言われてすごくストレスです。両親へ相談したら、ストレスは誰でもあるんだからと言われ、それ以上言えませんでした。旦那からも、ミルクはお金かかるから、母乳でれば母乳の方がいいんだから、吸わせてみれば?と言われます。母乳の方がいいのはわかってます。おっぱいをくわえさせても出ないため、子供は大泣きしてしまいます。私自身は母乳をあきらめミルクでいいと思っています。それでも周りから母乳って言われるストレス。みんなは可愛いって言ってくれますが、24時間一緒にいる私は、子供をかわいいと思えません。妊娠した時は、嬉しかったけど、いざ子供が産まれたら理想と現実の違いで子供と一緒にいるのも苦痛になってしまっています。同年代の子供を持つママ達を見ると、余裕があるように見えて、自分には母性もないのかなとショックです。あんなに望んでた子供だけど、いざ目の前にいる子供を世話していると産まなきゃ良かったのかなって感じてしまいます。子供には望まれないで産まれたと思って欲しくないけど、そう思ってしまう私がいます。母親失格です。毎日辛くて、子供に関わりたくないと思ってしまいます。

有り難し有り難し 46
回答数回答 3