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hasunoha 問答検索結果 : 「亡くなった人 お経 」
検索結果: 630件

生前に払った葬儀費用代金について。

祖母 北海道生まれ・地元で死亡 ↓ ①父→子 相談者・桜雪 父は北海道生まれで現在関東在住。 病気の為、外出は出来ません。 相談者・桜雪も関東に在住していましたが、結婚を期に北海道へ。 ②叔母①・北海道・地元で死亡 ③叔父・北海道・地元外で死亡 ④叔母②・軽度精神障害者 北海道・地元で施設暮らし 祖母が生前叔母②の為に、お世話になっているお寺に葬儀費用として叔母②の名義で100万円を支払っておりました。 所が、叔母の面倒をみていてくれた叔父が亡くなり 叔母の面倒は相談者に。 相談者の家系は相談者以外に子供がいず、お墓の管理も遠距離で出来ない為に、ゆくゆくは墓じまい予定です。 叔母のお葬式も施設でやる為に、葬儀費用はかかりません。そこで返金を要求したいのですが、どうやら住職さんは嫌なご様子です。 一度も住職さんとはお会いした事なく、失礼になったら申し訳ないので、とりあえず返金内容の件はは伏せて、お会いしてご相談したい事があると電話で伝えた所、なぜか逆ギレされ声色恐ろしい口調でマシンガントークのようなお説教をされてしまいました。 弁護士さんにも相談し、住職さんは私共に返金義務があるとの見解を頂いておりますし、叔母名義の領収書も現存していますから、トラブルなく返金して頂きたいのですが… 難しいのでしょうか? お答え辛い内容で…大変失礼な質問だと承知の上なのですが、ご教示よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 19
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想いを伝えるのに忍耐が足りない気がします。

こんにちは。 こちらで質問をさせていただくのは2回目です。 悩みとは表題の件ですが、その前に背景を話させていただこうと思います。 性別の女性とは体の性ではなく、性自認です。 また、性自認とは別に性指向と言うものがありまして、私はパンセクシャル、全性愛者です。 また、関係あるかはわかりませんが、発達障害者です。 本題です。 私は2年前に2週間ほど、お付き合いをしたレズビアンの女性がいます。 お付き合いを持ちかけ、OKの返事をもらったので、2週間とは言え、確実に付き合ったといえます。 お付き合いを始めるにあたって、彼女からこれだけはしないで欲しいこととして「気を引くために、嫌いだと嘘をつくこと」と提示され、了承しました。 その後、相手から友達関係に戻る提案をされ、了承したので、それ以後、それは傍らに置いて、他の方へアプローチなどもしました。 当時、恋人関係を取りやめることとなった心当たりは、相手の準備ができていないうちに、立て続けに想いを伝えたために、相手から急に距離を詰められても困ってしまうという旨の言葉をいただいておりますので、その一つにはなると思います。 その後は友達関係として、時々映画を見たり、お出かけをしたり、相手に恋人がいた時期なども含め、そのように過ごしていました。 最近はお互いにひとりであったため、再び付き合うことを持ちかけましたが、彼女が私のことを好きとわかるまで待って欲しいと言われ、了承しました。 私はLINE上で「2年間片想いで、想いを伝えてある人がいるんだけれど、毎日連絡したらその人は面倒だと思うかな?」と訪ねてみました。 返事は「直接普通に聞いてくれたほうが手っ取り早い。友達としてのやり取りなら歓迎。」というものでした。 私は普通という言葉に引っかかり、2年前の約束を思い出して謝罪しました。 「あれに該当するかもしれない。あの言い回しは君に私の想いを意識させようとした打算があった。本当にごめん。」 その返答は「そこまで深くは考えていなかったが、勢いよく間合いを詰められると怯んでしまうのも事実かな。」だそうです。 2年前と同じことをやってしまったようです。 同じミスを減らしてゆくには何を心がければ良いでしょうか? 裏読みも要因と思いますが、どのように付き合っていけば良いでしょうか? 文字数の関係でかなり省略しています。

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愛猫の死について

いつも、心温まる回答をいただいて救われています。本当にありがとうございます。そんな中、また相談したいことがありご連絡しました。 先日、愛猫が急死しました。15歳で猫の中では平均寿命より長生きはしましたが急なことで未だに心にぽっかり穴が空いたようです。腎不全が見つかったのが昨年の12月、そこから腎臓に負担のかからない食事と水分補給を心がけ、ご飯もよく食べよく動き1ヶ月に1回の血液検査も悪化してる訳でもなく「まだまだ一緒にいれる」と思ってました。 それが突然7月末から食べなくなり、動きも鈍くなり食欲増進剤を打ってもらってもご飯を食べず、仕事中も心配で心配で四六時中その子のことを考えてました。 亡くなった日の朝も、急な嘔吐・お漏らしで動かなくなり「もうダメだ」と思いました。しかし、しばらくして水を飲み始め普段通りの様子に戻ったので少し安心し、念の為病院に連れていき点滴をしてもらいました。しかし、病院から帰りしばらくすると舌を出した状態で息が荒くなり脈が早くなり目が見開き、これはいよいよだと思いました。その状態になってから30分くらいで私に抱っこされながら息を引き取りました。 私は、自分のエゴで病院に連れていき、美味しくもないご飯を食べさせしたくもない点滴をさせていたのではないかと、どうせならもっと美味しいものを食べさせてあげたかった、痛い思いもせず自由にさせてあげた方が良かったのかと今になりモヤモヤとしています。あの子の為に果たしてなっていたのか、言葉も分からないからもっともっと注意深くしてあげれなかったのか… 未だに涙を流さない日はないですし、家に残っている抜け毛を見つけては保存しています。家にいてもどこか寂しく虚無感が絶えません。遺骨も土に還すことが出来ず、私の部屋にあります。 このやるせなさや空虚感は時間が解決してくれるものなのでしょうか。それとも、私自身が自発的に気持ちを整理する必要があるのでしょうか。正直、自分から楽しいことしてみようとか美味しいもの食べようとか考えてもどうしても頭から離れず塞ぎ込んでしまいます。 これから、私はあの子の死とどう向き合えばいいのでしょうか。長々となり大変申し訳ありません。お時間ある時にお目通し頂ければと思います。ここまで読んでくださりありがとうございました。

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霊魂の存在を否定されるお坊さまへのご質問

 こんにちは。先日は私の拙い質問にご回答頂き、誠にありがとうございました。また、こちらで何度もご質問させて頂いておりますが、その度毎に丁寧なご回答を頂いておりまして、大変感謝しております。本日は、多少突っ込んだ質問になってしまいますが、自分の中でどうしても整理がつかない点があり、それを質問できるような場が他にありませんでしたので、この場を借りて質問させて頂きたいと思います。どうぞよろしくお願いします。  こちらのサイトを拝見しておりますと、「霊は存在しない」と回答しておられるお坊さまが何人かいらっしゃいます。お坊さまの中でも意見が分かれる問題なのだと思いますが、私は霊魂の存在を信じており、また輪廻転生もあるのではないかと考えております。霊魂の存在を否定されるお坊さまは、霊感商法やカルト教団への対応など、現実的な対策の観点から、またお坊さま個人の世界認識から、そのような発言をされているのだと思います。しかし、素人の私から見ると「悟り」や「阿弥陀仏の救い」を前提としてお話をされているお坊さまが、「霊魂」の存在を否定されることが、どうしても理解できないのです。  素人の私から見ると、「悟り」も「阿弥陀仏の救い」も、それが一体何であるのか分かりません。そのため、お坊さまが「悟り」や「阿弥陀仏の救い」をお話されることは、「霊魂」や「輪廻転生」のお話をされることと同じくらい荒唐無稽なもののように感じてしまうのです。唯物論者の方が霊魂の存在を否定されるのは理解できるのですが、お坊さまが否定されることは、私にはどうしても理解できません。霊魂の存在については、「分からない」とおっしゃることが最も妥当なのではないでしょうか。  実際に、現代には様々な宗教がありますが「霊魂」や「輪廻転生」の存在などを説いている宗教も数多くあります。もし、お坊さまが霊魂は存在しないと考えておられるのであれば、それらの宗教についてはどう理解されているのでしょうか。  このような突っ込んだ質問をして、誠に申し訳ありませんが、霊魂を否定されるお坊さまのお考えをどうしても伺いたいと思いました。ご回答頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。

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飼っていたハムスターを殺してしまいました

先日、飼っていたハムスターを虐待の末殺してしまいました。 普段はとても可愛がっていました。しかし、ハムスターが言うことを聞かなかったりするとつい苛立ってしまい、叩いたり押さえつけたりしてしまうことがありました。 そして先日、ハムスターが言うことを聞かなかったため、かっとなりお仕置きのつもりでハッカ油をかけました。 ところが、ハムスターにとってハッカ油は有害なものだったようで、数日後にそのまま死んでしまいました。 もちろん殺すつもりはありませんでした。しかし、ハムスターに対して虐待を行っていたことは事実です。その末に、死なせてしまいました。今は罪悪感で何もする気が起きません。 私はどのようにしてこの小さな命に償いを行えば良いのでしょうか。 また、小さな命、つまり自分より弱いものに対してこのような行動を起こしてしまう自分に対して恐れを抱いています。 もし、自分に子どもが生まれたら同じようなことをしてしまうのでしょうか。不安でたまりません。 今後どのように考え、行動していけばこのようなことを防げるのでしょうか。どうかお導きください。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 81
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全員に申し訳ないです。

 半年前に父が他界しました。蜘蛛膜下出血で急死でした。  父は会社からの帰宅中に意識を失ったそうです。  その後、意識を失ったまま病院に運ばれ次の日に手術を受けることになりました。僕は悲しいというより実感がなく何も感じられませんでした。  次の日になると、母が「学校で勉強してた方が父も喜ぶ。」と言ってきました。2人きりになりたいのだろうと思い、僕はその通りにしました。  学校では、いつも一緒に登下校している友達1人だけに父が入院していることを伝えていました。  4限目ごろの体育の授業で、父が手術で苦しんでいる頃に、僕は色んな人に自分が大変だつらいと知ってほしくて、気にしてほしくてかっこつけたくて4人ぐらいでいるときに「もう死んだかな」と言いました。笑いながらです。その時の自分の気持ちはよく覚えていません。友達は聞こえていなかったのか反応はありませんでした。知っている1人の友達は無視してくれたのかもしれません。  その後もう無理だと言われて意識がないまま他界しました。  父は僕に悪いことはしていません。いつも優しく色んなところにつれていってくれました。いつも楽しかったです。もっと一緒にいたかったです。  ぼくは最低です。父にも父が入院している時もずっと泣いていた母にも申し訳ないし生きてる価値はありません。でも死ぬ勇気もありません。普通の生活を送り続けている自分が怖いです。自分のせいで父が死んだ気がします。 父に謝ってますがもちろん返事はないし母に言うことなんてできません。もう嫌です。苦しいです。全て自分が悪いのは分かっています。僕はどうすれば良いのか教えてください。

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老いること

こんにちは。宜しく御教授お願いします。 父の死後、九州で一人暮らしを続けていた80歳の母が身体的にも介助が必要になり、認知症らしい言動も出てきている為独居は限界と判断。私も兄も関東に住んでいる為、関東の施設入所して貰う事になりました。 離れている為、近くにいてもらった方がいいと思ったからです。 受診、入所先探し、転居の手続き、親戚への挨拶、荷物の送付、入居準備全て私が行いました。 後は、住んでいた九州の実家の片付けがあるのですが、かなり家財道具がある為大変です。 兄に相談しましたが、手伝ってくれる気は無さそうで、当然私がやるものと思っています。 その事で、喧嘩もしました。私は充分やったし、これ以上の負担は身体的、精神的に無理です。 母の認知症は、まだまだ軽い方ですが、以前と違う母といることがとてもつらく、ストレスを感じます。 冷たい娘とお思いになるかもしれませんが。 母は本当はずっと、生まれ育った町で暮らしたいようです。私達の為に、入所してくれるんだと思います。 そんな母を見ていると、本当にこれで良かったんだろうか?と思ってしまいます。兄弟で揉める姿も、見せたくはないです。 私はケアマネの仕事をしていますが、自分の親の介護については考えていませんでした。敢えて、考える事から逃げていたとも言えるかも知れません。利用者さんの御家族が、介護の負担分担で揉める姿を散々見て、悲しい気持ちになっていました。まさか、自分がこんなことになるとは。お恥ずかしい限りです。 私は 子供が出来ない身体ですが、たとえ子供がいても老後は決して安泰ではないのですね。 人は生まれて、それぞれ一生懸命その人の人生を生きて、老いていく。 やっと、ゆっくりと人生の最期の時のためにのんびりと穏やかに暮らせる時間が来たのに、子供たちは世話のなすり付け合い、生まれ故郷から離れての生活。 老いることは悲しい事でしょうか。 私達は、人生の最期の時期をお手伝いする仕事ですが、どんな人にも最後は幸せでいて欲しいと願って仕事をしています。御坊様は、本当の最期のお見送りをするお仕事だとおもわれますが、人の老いについてどのような考えをお持ちでしょうか。 私事の相談のはずが、話が大きくなってしまい申し訳ありません。

有り難し有り難し 18
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良くない念がつきやすい体質についての相談です

変な話かもしれませんがお読みいただけますと幸いです。 結論から言うと、「ある土地のある歴史上の人物のお墓参り」についていくべきかどうかというお話です。 1.なぜ迷う必要があるのか、というとタイトルの通り私は良くない念を受け取ってしまうことがあり、本来ならばそのような土地には行かないようにと昔住職さんに言われたことがあるのです。(その歴史上の人物のお墓の場所が所謂いわくつきという土地です) 2.しかし、どうやら私の先祖はその土地と関わりが強く、またその歴史上の人物を討った武士と関わりがあるようなのです。 3.場所や人物などは伏せますが、以前その土地で起こった大地震の際は前日に大地震が来る予知夢を見ましたし、その史実の人物に関してもやたら縁を感じることがあり、調べてみると2.のような関係があることが分かりました。その他にもその土地に関する縁を感じることが多く、遅かれ早かれ私はその土地に行くのであろうと思います。 呼ばれているとも感じます。ただし私は前述の通り感受性が強く、その史実の人物に縁があるとは言えお墓参りに行ってもいいのか、(良い縁だとは言い難いですし)もし行くとしたらどのような準備をしてお墓参りにいくべきなのか、悩んでいます。 何とも抽象的な話になりますが、お答えいただけますと嬉しく思います。

有り難し有り難し 47
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法事の際に受けた説法が引っ掛かっています

先日、年忌法要の為に帰省したのですが、そこで受けた説法が今も引っ掛かっています。 その説法とは『身内葬で済ますのは不幸なこと』『親族の傲慢』といった内容で、 (忘れようとしているのか)細部まで記憶していませんが、とある事情から恥ずかしながら非常に怒りを覚えました。 その事情とは、年忌の前日に別の親族が亡くなり、事情から親族だけの葬儀にしていたからです。 つまり、その説法と亡くなられた親族が被ってしまい、 『なんて身勝手なことを言うのだろうか』という怒りがあったのだと愚考します。 ただ、親族の代表として向かった手前、怒りを堪えたものの、未だにお坊さんが唱えられた話が引っ掛かっています。 身内だけの葬儀は悪いことでしょうか?確かに親族や友人、知人を呼んで大きく葬式を行うのが一般的でしょう。とはいえ、それが絶対かというと腑に落ちません。 また、説法を行ったお坊さんとは今後も顔を合わせることになるでしょう。 その時にどう顔を合わせたものかと思うと、辛いものを感じます。 (今は説法に対する怒りの感情というより、疑問が凝り固まっているような状態です。) 不躾な文ではありますが、ご教示願えればと存じます。 余談ですが、出来れば浄土真宗本願寺派のお坊さんのアドバイスを頂ければ幸いです。 もちろん他宗の方のお話もお聞きしたいです。

有り難し有り難し 149
回答数回答 4