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hasunoha 問答検索結果 : 「お坊さん 」
検索結果: 7812件

家庭を機能させるということ

以前、自分が毒親であることについて質問させていただきました。今、娘は精神科に入院しています。そして夫と二人三脚で娘を支えていくようにと教えていただきました。 ここで以前、言えなかった別の問題があります。娘の体調不良がわかった同じ時期に、私の不貞行為を夫に知られたのです。私は不倫相手と口論になり警察を呼ぶ羽目となりました。そして不倫相手とは二度と接触しないという上申書を書き、夫が身元引き取り人として警察署に来てくれました。 夫は婿養子です。地元を離れ私の故郷に来てくれ、こちらで転職しました。自宅は私の両親から与えられた家です。 こういうことがあり、娘を支えなければいけないときなのに、夫とまともに話すことができずにいます。とても怒っているのが伝わってきます。二人三脚できそうもありません。 娘が大変な時期に私は何てことをしたんだろうと本当に反省しています。 娘も私たち夫婦の様子がおかしいことを敏感に察しているように見えます。娘には話していません。 夫は離婚したいのかもしれません。ただ、夫には帰る実家がありません。 いまは少しずつ話しができるように様子見をしている状態です。 いまの家庭の状態では娘が退院しても、また悪化してしまいそうです。 どこから治していけばいいのかわかりません。どうしたらいいのかわかりません。 私の両親には私の不貞行為のことを話しました。両親は夫婦のことは夫婦で解決しなさいと言いました。そして2人で娘を支えていくようにと同じアドバイスをもらいました。 うまく伝えられなくてすみません。

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人を妬んでしまう、趣味が楽しめない

私は現在精神的な病気の療養のため、心を休ませながら日々を過ごしています。 最近ようやく活力が戻ってきて、数年間触れずにいた趣味を再び始めてみました。 私の趣味は創作活動系のもので、技術的な知識を得るために色々な人の作品を見ることがあります。 しかし、今までは良いなと思っていた他人の作品(趣味・アマチュア)に嫌悪を感じたり妬んだ目で見てしまいます。 それまでは作品たちから元気を貰っていた筈なのに、嫌な気持ちになってしまうことがあるのです。 普通の羨望や嫉妬とはなんだか違うような、もっとタチの悪い、陰湿な感情のように自分では感じています。 作品を通して相手を全面否定したくなるような感じがしばしばあります。 その作品が素晴らしいのは作者が時間をかけて技術を習得して現在も努力しているからだ、と頭では分かっていても、努力ができた/できる環境が妬ましいとすら思ってしまいます。 作品を超えて相手の生活や来歴、境遇にまで難癖つけてしまいたくなるのです。 作品評価を超えた相手への否定は創作活動においてタブーだと個人的には考えてるので、自分の人間性の程度を感じて情けなくなります。 こんな自分がとても嫌です。 これではいけないと思い、しばらく他人の作品の鑑賞から離れているのですが、自分が勝手に抱いた悪い印象は今も拭えないままです。 自分にも相手に対しても、粗を探しては勝手にがっかりしてしまうことが最近とても多いです。 嫉妬をして、自己嫌悪して、自分の制作も上手くいかずなかなか完成しないことにがっかりして、心のエネルギーを余計なことに使っているような気がします。 病のせいで落ち込んでいた元気もようやく回復し始めてきたというのに、エネルギーの使い方も時間の使い方も無駄にしているような気がして焦燥感にもかられています。 この趣味はライフワークになるのではないかと思っているので、趣味そのものを長期間止めるということはできればしたくありません。 長文乱筆で申し訳ありません。相談の主題は、 「趣味活動を足がかりにして病状を回復させたいと思っている中、厄介な感情が湧いてきて上手くコントロールできずにいる。療養とこれからの人生の為に良い方向に舵取りしたい、どうすればいいか」 です。 なにかご教示いただけたらと思います。よろしくお願いします。

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病の不安

先日行った人間ドックで肺に炎症性変化があり3ヶ月後の再検査となってしまいました。 現時点での医師の説明ではおそらく心配ないものであるが、可能性はゼロではないので念のためという事での再検査です。 CTを撮ると結構な人数の方が再検査になるらしく、風邪の炎症でもよく映り込むので癌ではない人が殆どですと。 医師の感触では否定的でした。 癌宣告を受けた訳ではないですが親を肺癌で亡くしているため、先々を考えると恐怖心が拭えません。 平常心を保とうと普通に生活し、歩いて気分転換を図ったりしていますが、また直ぐに考えてはネット検索してしまいます。 人間はいつか死ぬ事は身近な人の死から分かってはいるものの、やはり怖いです。 一人っ子の子供を置いて逝くのも忍びなく、できれば自分の親の年齢を超えるまでは一緒にいてあげたい。 それに施設にいる親の介護もある。 など、色々と考えてしまう心のざわつきを鎮める方法はありますでしょうか? プロフィールを読んで頂くと分かりますが、親や夫婦間で様々な問題に長いこと悩まされ、いけない事とは思いながらも他の男性と長期的にお付き合いを重ね、心のバランスを保ってきました。 この様な事をしているので天罰が当たったのかもしれません。 彼とは割り切った付き合いであるものの、付き合いも長いのでお互い情が入っています。 いつかは病や生活の変化で別れる時が来るだろうとも思っていましたが、お互い心の拠り所になっていたのは確かです。 病の心配と彼との今後について混同してしまいましたが、どうやって今後の人生に向き合ったら良いのか教えてください。

有り難し有り難し 19
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怒りについて

宜しくお願い致します。 今回怒りについての質問があります。 仏教では怒りはいけないものであると定義されていますが。 そもそも現世を生きる人間全て(仏教を修行する者ではなく、望まぬ仕事をしてでも生活費を稼ぎ何としても自分や子供達を生かしておきたいと思う)が人生で怒りを持たずに生きて行く事は可能なのでしょうか?。 怒りを抑える〜我慢する事は可能なのかもしれないと思うのですが、怒らない事はかなり難しいのではと考えてしまいます。 なんと言うか、それが出来た時点でその辺で必死にもがき生きている(私の事です)凡俗?では無いのでは...と考えます。 元来怒りっぽい性格なので、怒りを外に出さずに抑えよう、表さない様我慢しよう、怒っても声を荒げたり手を振り上げたりは絶対しない等の思いは強く持っていますが、そもそも怒らない事が可能かと考えると...無理では無いかと思っています。 先日家庭の中で、怒りを我慢する事が大切なのか、そもそも怒る事が間違いであるから一切怒らない様にしなければならないのかと言った話合いをした事もあって、お坊様のお考えを教えて頂きたくなり質問させて頂きました。 アドバイスを宜しくお願い致します。

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人との関わり方

日々人と関わるにあたり、自分の認識している「相手」というものは実在しないものであり、相手への知覚も全て自己より起因しているという考えをしています。 そのように人と関わると、人の行動全てに対して批判的な考えを持たずに済み、人のことをどう自分が考えてもそれは取るに足らないことで相手自身とは一切関係のないところにあると考えることが出来て無駄に相手を悪く思わずに済みます。 なにを起因にそう言った考えをするようになったかは忘れましたが、以前は人に怒ったりこうしてほしいという希望を持っていました。 今の考え方には先述のような良い点がありはします。しかし、以前のように相手に対して葛藤を感じていた頃のほうが人との距離を近く取れているような、暖かい人間だったような気がします。 相手の全てを受容しているつもりでいる今の方が、当たり前のようにも思いますが、孤独です。 私は人を批判しない考えに変わった時前進したと思っていましたが、それは違うのでしょうか。 そもそも、人の考え方には前進も後退もないのでしょうか。 そして、世界から孤独と争いを同時に無くすのは困難なのか、と自分の経験から考えましたが、そう言う面はあるのでしょうか。

有り難し有り難し 16
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Pさんに問うてみた

ある人(Pさん)と出会って約20年になります。出会った時、私はまだ学生で、Pさんは10歳上のアシスタントディレクターでした。法律の授業に、先生(弁護士)の戦友(報道に携わる人)としてやってきて、講義を受けたのがそもそもの始まりです。その講義に心打たれた私は、その裁判を傍聴しに行くようになりました。 原告側に若い人がいない中、ポツリと1人参加している場違いな感じの私に、皆「なんだこの子は?」みたいな視線を送り続けていましたが、先生(弁護団の団長)と話をしていた時に、「あ~あの子か!」と驚いた様子でPさんが近寄って来ました。「どこかで見たような気がしていた」と。「今まで本当に参加してくる学生がいなかったから、まさかあの授業の子とは思っていなかった」と。それから頻繁に話をし、お酒も入りつつ語り合う仲になりました。 それから10年後、海外の支局長を経て、日本に戻って来たPさんはプロデューサーになり、報道番組を指揮する立場になりました。その時、Pさんが「この立場になっても昔の青臭いままの自分でいたい」と言っていたことが私は忘れられずにいました。 Pさんはどんどん出世し、少し前には人事部長に。 そして更に、出会ってから20年が経った最近、Pさんは報道部長となりました。 そこで、私はPさんにあることを問うてみることにしました。「報道部長としてのPさんにお聞きしたいことがあります。ありのままの姿、真実を伝える報道のお仕事をしていて、ふとした世の中の疑問についても、真っ正面から向き合い、是非問うてみたいと思うことはありますか?今でも青臭さを持って取材したいという志は変わらず存在していますか?」 Pさんからの返事。「青臭さについては僕の体からなかなか抜けません。もちろん、青臭さを抜きたくないからなのですが、『大人になりきれない』ということに尽きると思います。生きている意味、この世に命を授かり、そして、社会にむけて少しでもお役に立ったうえで人生を閉じる…その究極のスタイルを考えたとき、大人(この場合、ずるさや矛盾や不条理…などを指します)としてふるまえないのじゃないか、と強く思っているからです。器用に生きるよりも、少々不器用な方がよいとも信じています。」 私の10年後の目標は、Pさんのような「青臭さ」を忘れないでいることです。 お坊さまは「青臭い」ままでいることをどう思われますか?

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過去の浮気の罪悪感と向き合いながら生きていく心構え

妻子がありながら,相談がある,家に来て欲しい,お願いだから,死んじゃうよ等と言われると,のこのこと女性宅に行き,何もしないから泊まっていってと言われてそのまま泊まり,女性が上から覆い被さってきたら興奮し,そのまま不貞行為に及んでしまい,その直後から「なんでこんなことをしてしまったんだ」という後悔に襲われるという全く同じ過ちを15年以上前に2度もおかしています。「相手の方からあんなことをされたら男は本能的にみんな同じようになるのでは」と,責任を相手に求めたり,逆に悪いのは全部自分。どんなにつらくてもこの罪悪感は自分が一生背負って行くべきと決めたりしながら,10年が経ちましたが,5年前からそれまで以上にとても苦しいのです。黙っていることの罪悪感,本当の自分を知られたらと言う不安,何より妻に対して申し訳ないという気持ちから,早く死期が訪れさえすれば誰も傷つけずに解決する・・・と思っています。寝ても覚めてもこのことが頭から離れません。言い訳がましいのですが,そのようなつもりがなかったのに,身体的接触をされると結局そうなってしまう自分というのが信じられず,受け入れられず,悪いのは自分ばかりではないのだ,ということでなんとか心をコントロールして生きてきたように思います。しかし,この数年は悪いのは全部自分だ,それこそが責任を果たすと言うことだと思うようになってきました。そして過去の自分が気持ち悪く感じられます。「罪悪感を手放す」ということを言われたこともありましたが,手放すことに罪悪感を感じます。でもきっと本音ではこの重い罪悪感から解放されたらどんなに明るく昔のように生きられるのだろうと期待しているようにも思っています。  目の前に何も知らない家族がいます。なんとしても家族の笑顔は守っていきたいと思っています。しかし,こんな自分が家族でいて良いのだろうか??許されない!!と自分で自分に思います。 自業自得です。わかってはいるのですが,心の中が定まらない,腑に落ちないとでも言うのでしょうか,不安がおさまらないのです。 頭の中で自分はいったい何を考え,どう生きることが誠実なことなのか,誰にも言えないので堂々巡りで混乱しています。どうか,残りの人生,人として,夫として,父親として,どのように生きていくことができるのか,ご指導・ご助言いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

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出家か転職か迷っています

俗世間で言われている幸せ(会社員として働き、良い家庭をつくる)に価値を感じず、悟りを開きたいと思っております。 ですが、今の仕事では結果を出すため、そして生活を送るために毎日嘘をつくことになる(不妄語戒をおかしてしまう)ため、出家すべきか転職すべきか迷っています。 2015年10月から訪問販売の仕事をしています。今の会社では、この仕事で生活できている人たちは皆、 「この辺りのお宅では皆、買ってもらってますよ」などと日常的に多くの嘘をついています。私も結果を出すために、同様の嘘をついています。 嘘をつけば不妄語戒をおかし、悟りには至れない。嘘をつかなければ、結果が出ないのでこの仕事では生活できないというジレンマがあります。 元々「自由に休みが取れるようになりたい」という欲から選んだ仕事なので転職自体はまったく問題ないのですが、そもそも嘘をつかないで俗世間の仕事をこなせるのかどうか疑問です。 もし俗世間の仕事で嘘をつかざるを得ないのであれば、いっそ出家して修行の道に入る方が良いのではないかと思っています。 また、生活のために嘘をついている面もありますが、それ以外でも自分の心の弱さゆえ、見栄を張るために嘘をつくことがあります。 まずは出家せずとも、俗世間の仕事をする中で戒律を守り、悪行をしない努力をさらに重ねるべきなのでしょうか。最後までお読みいただき、有難うございます。

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憑きもの、結婚相手の良し悪しについて

怖くて仕方ないです。半年ほど前、白蛇が体に入ってきそうになったところえお黒蛇に助けられる夢を見ました。 それを、ある知人に話したところ、その知人がみてもらっている日蓮宗の方に遠隔で霊視してもらい蛇が3体ついていると言われ、盛り塩を朝して夕方に流すという作業を三日間続け、憑き物は払われたといわれました。 その後、半年はなにもなかったのですが先月突然その日蓮宗の方から連絡があり、また蛇が憑いていると。 さらに、その蛇は現在の私の恋人の色欲因縁が原因だといわれました。 ここまでは直接お会いしたことがなかったのですが、お祓いのために会うことになり、現在の恋人と別れるよう言われました。 そうしなければ悲惨な人生を送ることになると。 また、別れれば蛇はいなくなると。 現在の恋人とは、結婚を考えています。 まだわかれていないし、そのつもりはありません。 ですが先週、再度一度見ていただいた日蓮宗の力をお持ちの方から連絡があり、次はその方の御前様?という高僧の方から、現在の恋人との結婚の良し悪しをみたいという理由で、私から連絡をするよう言われました。 こうした遠隔での霊視やお祓いは信じてもいいのでしょうか? 信じたくないのですが、すごく怖いと思ってしまいます。 長文で、なかなか上手に表現できず申し訳ないですが、どなたかご回答をお願いいたします。

有り難し有り難し 64
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