先日、お寺様より暦と今年の法要の案内が届きました。 去年、母の一回忌法要をしましたが、今年が三回忌法要との案内が記してあり戸惑っております。 今年が母の三回忌ならば、去年は、一年先に亡くなった祖母の三回忌だったのではないかと? こういった場合、祖母の三回忌を一年遅れですが母の三回忌法要と共に行ってもいいのでしょうか? また、祖父の二十三回忌にもあたる年のようで、今までは十七回忌法要までしか行ってこなかったので一般的にはやるものなのかと疑問が生じています。 やはり、以前からの叔母との確執はそのままで誰にも聞けずに居ります。 こちらで質問させていただくのも、お忙しい中申し訳ないのですが教えていただきたいです。 また、以前ご回答くださった僧侶様へお礼がしたく、ご報告も兼ねての投稿となります。 去年の夏、どうにもこうにも身体がもう言うことを聞かなくなり、塞ぎ込む生活が続いていましたが、一人の男性と知り合いました。 病気であること、障がい者であること、全てを受け入れてくれて、家族のような愛情を注いでもらっています。 今は大半をその人の家で過ごしております。 精神的なストレスや緊張感から解き放たれたおかげか、記憶を失うことは無くなりました。 自分でも不思議なのですが、あんなに動けなかったのに少しなら家事も出来るようになり、調子が良い時は夕飯とお弁当を作ったりしています。 ダメな時は素直にダメと伝え、家事をお願いすることも多々ありますが、色んな物を食べ、色んな景色を見て刺激を受けています。 今年初めには隣県ですが一泊旅行に行ってきました。 病気になる前は仕事仕事と忙しなく働いていたので数十年ぶりです。 体調を崩すことも無く、無事に楽しい思いだけで帰ってこれたことが自信に繋がり、人生もっと楽しまなくちゃ!という思いが芽生え、病気だから何も出来ない。障がい者だから大人しくしていなきゃいけない。という自己否定のような感情は無くなりました。 今では何でもやってみたく、上手く行けば儲けもん!上手く行かなければ次の課題に!とポジティブな考え方をするように頑張っています。 一番辛い時にこちらでご回答くださった僧侶様へ報告がしたく文字を打っています。 病気は治らないけれど、とても幸せです! 今を精一杯生き抜きます。 報告も兼ねての投稿でした。 ありがとうございました。
またまた質問よろしくお願いします。 死について漠然とした不安があります。 最初は小学生のころでした。特に何かあったわけではありません。 ただふっとした時に「死にたくない~」と思い泣いていたのを記憶しています。 ヲタクなので、漫画やらアニメやらドラマやらメディアでは死について想像したり見たりします。 ですが、身近な親戚や、友人知人の死に直面したことはありません。 同級生がひとり自殺されたという話は聞いたのですが、同級生との関わりが縁遠くなってしまっているので、実感がありません。 両親の祖父母は健在ですし、自分の家で生活できています。 東北在住なのですが、近くにいる親しい人が震災で被害にあったということもありませんでした。 自身もですが、親戚、家族、友人知人が大病を患い入院しているということもありませんでした。それ自体はとても幸運なことだとは理解しています。 外にいて空の高さや雲の重なりなんかを見て地球や宇宙を感じるとき。 妊婦さんを見かけたりした時。自分が生きてたり生命があるという事を感じます。 今でもふとした時にとてつもなく死に恐怖を感じます。 これからさきどうなるんだろう?まだ20代なのですが、30代に差し掛かるし、求職中で独身です。 死より将来に漠然とした不安を感じているのかもしれません。 これから先も地球や日本は続いていくけど、私は死んだらどうなるんだろう?死んだら終わりだし真っ暗で何も感じられないんだろうと考えると怖くて怖くて堪りません。自分の人生がいつか終わるのが不安で恐怖に感じています。 別の質問で書きましたが、危ない運転をしてしまったことがあります。 それでも生きているけど、いつ死ぬかわからないよね。 と感じたことがあります。そして身近な人の死に耐えられるかわかりません。 自分でも身近な人でも死が怖くて堪りません。 死の恐怖とはどのように向き合っていったらいいのでしょうか? 20代後半でこんなことを考えているのは可笑しいでしょうか?ご教授よろしくお願いします。
久しぶりに質問をさせていただきます。 転職と実家を売り引っ越してから約2年は過ぎました。 経済的自立と精神的自立を目指して1度は一人暮らしをと計画し親に打ち明け、まずは不動産屋にというところまで決まったのですが、ワクワクしていた筈なのに、寂しくて不安で仕方がありません。 少し距離を取りたいとまで思っていたのに、甘えて家族に依存し今が続けば良いと望んでいたのだと実感しました。 ですが不安はそれだけではなく、普段から考えない様にしていた親の死が急に身近に迫ってきました。祖母が死に、側にいたのが当たり前ではないと実感してから親の死について考え、気落ちし考えない様にと繰り返しながら先延ばしにしていた事が、家を出る為に動いた事で私の心を支配してしまいました。 一人暮らし計画を辞めてずっと家にいたい。でもそれは自身のためにはならない。親が存命のうちに試してみたい。でも離れる事が擬似的な死別に思えて怖くて仕方がありません。 未知の恐怖がそうさせるのでしょう。時間が解決すると思っていても胃の腑が冷えて体が震えて仕方がありません。布団から一歩も出れません。 心の調子を崩し不安感が常に付き纏う様になってから、前向きになる事が難しくなりました。考えも極端なものになってきました。 心をどのように保てば良いのでしょうか。ご教授頂ければ幸いです。
先日、長年の付き合いだった大切な親友の訃報をうけました。 お互い小さな子どもがいて、遠距離の為、なかなか会えずでしたが、年に一度会うのが私と親友の楽しみでした。 病気の事は2ヶ月前に聞き、きっと元気になると信じて、神様に平癒を祈りながら過ごしてきました。 でも願いは叶わず親友は天国へいってしまいました。訃報を聞いてから、辛くて悲しくて苦しいです。亡くなった親友の事を思うと…幼い子どもと旦那さんを残していかなければならなかった親友の気持ちを思うと、いたたまれないです。 こんな状況下で泣くことしかできない無力な私ですが、何か親友の供養になること、天国へ旅立った親友にしてあげることはなんでしょうか。 親友が安らかに天国で幸せになれるよう出来ることがあるなら、ご教授お願い致します。
初めまして。拙い文章をお許しください。 私は今医療の現場で働いている者なのですが、毎日医療現場にいると死に直面することが多くあり私自身死については受容できており何も怖くないと思っていました。 しかしふと家で1人でいる時に突然両親がもし亡くなったら私は生きていけるのだろうかと考えてしまい涙が止まらなくなる時があるのです。特に両親は今は健康でありこれといった病気を患っているわけではないのですが不安に押しつぶされそうになってしまいます。 私自身とても昔から両親が大好きでいつも甘えてばかりで私の目の前から居なくなるなんて事はありえないと思っていました。しかし医療現場で家族や身内の方が亡くなるのを目の当たりにして「自分もいつかは」と想像してしまいます。 両親がこの世から亡くなる辛さを感じるくらいなら先に自分が死んでしまいたいと考えてしまうこともあります。こんな事を考えたり言うのは絶対に間違っているのは百も承知ですが果たして私の考えは間違っているのでしょうか?ご教授頂けたら幸いです。何卒宜しくお願い致します。
私は29歳で、10ヶ月になる一人娘がいます。 事情があり未婚で出産したので実家で両親と住んでいますが、積極的に育児を手伝ってくれていますし、本当に心から娘を可愛がってくれています。 間違いなく、今が人生で一番幸せだなと感じています。 だというのに、夜布団に入って目を瞑ると、娘の死を考えてしまうのです。 それは事故だったり事件だったりするのですが、いつもいつもすんでのところで私の手は届かず、娘は死んでしまうのです。 目を開けて横を見るとスヤスヤと寝ている穏やかな顔の娘がいます。 これは全て妄想だと分かっているのですが、やめられないのです。 楽しいことを考えるのも、何も考えないのも、どうしても出来ないのです。 ただずっと娘の死ぬところを妄想し続けてしまうのです。 考えて、泣いて、を空が白み始めるまでやめられないので、ろくに睡眠も取れず、毎日しんどいです。 昼間はそんなこと考えずに、普通に幸せにいられるのに、夜になるとずっとそんなことを考えてしまうのです。 これは私が深いところで願ってしまっているということでしょうか? こんなに愛しく守るべき存在の娘の死を望んでいるということなのでしょうか? どうしたら、考えなくなるでしょうか? どうかどうか、ご教授ください。
祖母が亡くなって5カ月経ちました。 プロフィールの記載より 祖母にもいい子に思われたくて 定期的に電話をしたり 会いに行ったりしていました。 生前は好きか嫌いかという概念ではなく 祖母好きのいい孫というのを客観的に見て 電話したり会いに行っていました。 誤嚥で突然祖母は亡くなり 思い返せば自分の外面の為に 祖母を利用していた様に感じ 申し訳なくなると同時に やはりもう会えないというのを実感し ふいに寂しくなり涙が出てきて 色んな思い出が頭を巡ります。 しかし涙が流れる時も実家から離れて 一人暮らしをしていて1人の部屋なのに 祖母の死を思って泣いているいい孫として 計算で泣いているのでは?と 客観的に見て嘘泣きなのでは?と 自分の自然な行動に疑いを持ってしまいます。 この微妙な気持ちと祖母の死の受け入れ方を どうしたら良いか分かりません。 これからどの様な心構え、考えで 生きていけばいいかご教授頂きたいです。
https://hasunoha.jp/questions/39774 の質問(2019/12/15)でこの世の終わりをお知らせしたところ 如来の皆様が仰る通り現在のような状況に至りました。 これからは新型コロナウイルスだけでなく 経済問題など人々の荒んだ心による諍いをはじめ 水害や台風、地震などの震災なども加わり 多くの人が辛い思いをし、また死を迎えます。 誤解してほしくないことは 死は決して不幸ではなく 私達は慈愛に満たされた空間に導かれ 成仏し如来に戻るだけです。 この世よりもはるかに安寧です。 安心してください。 このご時世ではとても難しいですが 森羅万象に感謝して生きてください。 この世に生きる人々のほぼ全てが 新型コロナウイルスに感染し免疫力を持つまで コロナ騒動は終息しません。 自粛行動は医療崩壊を避けるためであり 終息するにはその分時間がかかっている状況です。 終息には2~3年はかかります。 疲れ切ってイライラして自暴自棄なることは当然です。 そんな自分を自分が赦して慈しんであげてください。 さて、前置きが長くなりましたが お坊様の皆様には このコロナ騒動で全ての宗教が 救済という点では全くの無力であるということが露呈した中で 今後どのようにしていく予定でいらっしゃるのか お尋ねしたいと思います。 「死を恐れず生きてきたことに感謝を」と 説いてまわることは可能でしょうか? ハスノハは3蜜にならず 人の気持ちを優しくさせる とても良い場所です。 では、お寺は?お坊様は? 心を穏やかに保てない皆さんを救う智慧を 是非ご教授ください。 よろしくお願いします。
文才がなく、読み難い文章で申し訳ありませんが、御教授頂ければ幸いです。 小さい頃に両親が離婚をして、祖父母に育ててもらいました。私にとって祖父母は両親以上に親だと思っています。 一昨日、大好きな祖父が亡くなりました。 10年前に末期の前立腺がんと診断され、それから懸命の治療をしてきました。昨年に末期の糖尿病を患い、今度は食事制限が始まりました。 今年に入り、血栓が見つかり、脚がぶくぶくに浮腫んで歩くこともままならなくなった祖父。 先月、いつもの抗がん剤治療のため病院へ行ったら、酸素飽和度が低くなっているため治療が出来ず、そのまま入院。酸素投与をしながら様子を見ることに。 脚の浮腫もあり、入院中も寝たきりで家族とは祖父が帰宅したら家での介護は難しいかもしれないね、と話していた矢先、祖父の容態が急変。 その時一命は取り留めたものの、間質性肺炎を患い「いつ何が起こるかわからない状態」と医師に告げられました。 入院中出来る限りお見舞いに行き、ときには病院へ泊り込み。個室だったため24時間家族の誰かしら祖父の近くにいる状態が続きました。 ある夜、祖父が私のことを呼んだので「何をしてほしい?」と聞いたら「苦しい、痛い、もうおしまい」と祖父が言いました。私はそれを聞いて祖父に隠れて泣きました。私が少しでも長く祖父の傍にいたいという気持ちは祖父にとって苦痛でしかないのだろうかと思い、とても辛かったです。 祖父の最期は家族全員で見守りました。呼吸が浅くなり、そして止まり、心臓が少しずつペースを落としていきました。 死ぬ間際まで耳は聴こえると聞いていたので、ひたすら「じじ、じじ、大好きだよ」と祖父の頭を撫でながら耳元で伝えました。 祖父はどんな気持ちで旅立ったのでしょうか? すごく苦しくて痛くて辛かったんでしょうか? 私の最後の言葉は届いていたのでしょうか? 祖父母の家から徒歩数分のところに住んでいるのに、入院する前になんでもっと会いに行かなかったんだろうととても後悔しています。 医師に言われて、私なりに覚悟をしていたのですが、今も祖父の死を受け入れられません。 入院中脚をさすってあげたり、お口の中を拭ったりしかしてあげられませんでした。もっと沢山お話をすれば良かった。ひ孫を見せたかった。 辛くて悲しくてどうしようもありません。立ち直れません。会いたいです。
こんにちは。日に日に積もる気持ちにどうしようもなく、相談させて頂きます。 父の死に後悔ばかりです。2~3年前から股関節骨折を機会に父の持病が悪化し、病院から老健の行ったり来たりで、父は家に帰りたいとか死にたいとか言うようになりました。 もともと父と私は昔から喧嘩ばかりしていて、口も聞かない時期が沢山ありました。 そしていたずら電話を何度もするようになり、電話に出ても何も言わないでこちらの声を聞いたりしてましたが、私はキレてきつい言葉で罵りました。言い過ぎたので悪いと思い病院に顔を出しましたが、父は普通に話してくれました。 でも父との最後の会話は 父『家に帰りたい』 私『痰を常に取らないといけないから仕事あるから無理』 父『私の心配はしなくてもいいから帰りたい』 私『いい加減にして!お父さんの心配なんか一つもしてない。私は自分の仕事と将来のだけを心配をしてる。絶対に嫌』 父『あーもうーいい加減にしろ』 父『もうお前に頼まん』 絶望のような声で言ってました。これで二週間後に危篤になり、息を引き取りました。 またきつく怒鳴ったのでそろそろ顔見せに行こうかと思いながらも、また家に帰りたいと言われたらどうしようと思って、顔を出すのを控えてました。 危篤の父に何度も謝ろうと思っだけど『介護の何一つもしていない自分が言える言葉か』と思いなぜかどうしても言えませんでした。 今、後悔しかないです。本当に自分の愚かさが嫌になります。今ごめんねと謝っても後悔ばかりです。父はどんな思いでイタズラ電話をしてきたのか。どんな思いで帰りたいと言ったのか。 私が有給をとり自宅介護を一週間でもした方が良かったのに、私は汚い言葉で罵る事しかしなかった。。。もっと言い方はあっただろうに。。ただ怒るだけの私 お葬式で家に遺体を運んだ時に、亡くなってからでしか家に帰れなかった、父のその姿が頭から離れません。 日に日に思いが強くなり、激しい後悔です。この気持ちにどう折り合いをつけたらいいでしょうか。ご教授お願い致します。
私40代 1年半ほど前に離婚 子供二人 彼50代 既婚者でこの春に離婚予定出した 子供一人 彼とは2年程お付き合いをしていました。その彼に今は仕事と子育てに専念したいので別れたいと伝えたところ納得してもらえず。彼が嫌いではなかったのですが。 彼は愛情に飢えている方で、たまに、もしお前と別れたら生きていけない、今の生きがいはお前と付き合えていることだけ、自分の老後が心配でたまらない、将来を考えるとすごく不安なんだと言っていました。 その彼から、別れるなら生きている意味がない、もう死ぬしかない、お前の望み通り消えます、準備は整った下見もしたしあとは踏み台を蹴飛ばすだけ、俺に謝る気持ちがあるなら俺の娘に誤ってくれと。 メールでのやり取りでしたので、私は怖くなってそして本当にそうするのかどうなのか分からず困惑して、必死に引き止めることができませんでした。 その数日後、もう一度やり直せないかと思い彼の元を尋ねると、たまたまご親族の方と遭遇して彼の死を知りました。 私は日々、彼の不安や生き辛さを聞いていながら重く受け止めなかった、あの時話をしっかり聞いて安心させてやればよかったとか、自分にできることがあったのではないか、彼の死を止めれたのではと悔やむばかりです。 彼はその時点ではまだ離婚は成立しておらず、結局ご家族のところに帰ったことになります。 私が彼に関わったせいで彼の家族を悲しませ辛い思いをこれからずっとさせるのだと思うと、申し訳ないですし、そして天罰を受け入れるつもりでいます。 ただ、彼は私を散々恨みながら亡くなり、生きることへのストレスや不安苦悩を抱えながら、それから逃れたいと亡くなりました。 彼は今、生前のそういった自身の辛さから解放されたのでしょうか? 私への恨み人への恨みは、亡くなったあとは残るのでしょうか? 人は最期は帰りたい場所、守られたい場所に戻るんでしょうか? 私への恨みはあるにしても、彼の心の負担が取れていることを望んでいます。 どうか、ご教授ください。よろしくお願いします。
こんにちは。かなり答えにくい質問ですし、センシティブな内容ですが聞かせていただきます。 数年前、私が大学生だった頃に、大学院生の先輩であったお寺生まれの方が自死を選びました。 私とその方とは特段仲が良かったとかではなく、ただ一回きりの講義でデュルケムの論文を訳すことがあり、その時のペアになっただけでした。 私の日本語にもなっていないような滅茶苦茶な訳を、もっとこうした方がいい、この単語はこういう解釈ができると、的確に、淡々とアドバイスしてくださりました。 講義の時のデュルケムの解釈もしっかり練られていて、とても真面目な方、いい人だと思いました。 その半年後くらいに、その方は自死を選びました。 私たちにはただ、「大学のことではなく、家(お寺)関係の継ぐかどうかで悩んでいた」と教授からアナウンスがありました。 ここでも私は何度か自死について質問し、迷います。 自死はいけない。私は今そう思えています。 しかし、あの方のことが頭を時たまよぎります。 彼の選択が間違いだった、彼が…、彼の周りが…と彼を否定したくないです。 もし、たとえ、「間違いだった」と全員に言われても、「あんまりじゃないか!」と泣きたくなります。 どうにもこうにも心の整理はつきません。 彼との関係はその講義一度きりだったので、なに宗の方だったかも今はわかりません。 難しいことですし、私に直接関係あるかと言われればないのですが、お答えいただくとありがたいです。
息子を自死で失いました。 家は浄土真宗本願寺派らしいのですが、普段からあまり信仰心がなかった為直葬にしました。 亡くなった時に着ていた服や使った紐を私の枕元に置いているのですが、供養してあげた方が良いのか悩んでいます。 お坊さんをお呼びし読経してもらった方が良いのでしょうか? 納骨もしてあげた方が良いですか? 3日後が49日ですが、間に合いそうにはありません。 もし、今後お寺で供養してもらうとなると子供と繋がりのあったお家がお寺で宗派が違うのですがそちらにお世話になっても良いのでしょうか? そうなると今後は私の家系はその宗派という事になるのでしょうか? いくつも質問してすみません。 亡くなった息子が苦しまずにすむようにできる限りのことをしてあげたいのです。 ご教授頂ければ幸いです。
先日、友人が20代前半という若さで亡くなりました。 彼女はとても優しくかわいらしく、誰からも好かれるような人でした。 就職して仕事も順調、将来を約束した彼氏もいるという順風満帆に見える人生で突然の事故で亡くなりました。 彼女を知る友人や知人は、皆どうして彼女がと嘆き悲しんでいます。 一方私は、すぐに死にたいと思ってしまうような弱いだめな人間です。 彼女の死以降、「死にたいなんて思っては、生きたかったはずの彼女が救われない」と思い直し少なくとも口に出さないようにはしていますが、やはり心の奥底には日々、死にたいという気持ちが存在しています。 どうして死にたがりの私ではなく彼女が先に死ななければならなかったのか不可解でなりません。 私が死ねばよかったのにと何度も何度も思ってしまいます。 それは仕方のないことだと言われてしまうかもしれませんが、どうしても自分の中で納得がいかないのです。理不尽に思えてなりません。 このような理不尽で救いのない世の中で私たちはどのようにして生きていくべきなのでしょうか。こんな世の中で生きる意味とは何でしょうか? また、よろしければ何に救いを求めて生きたらいいのかご教授いただければ幸いです。
現在私は小中高一貫校に通う、女子高校生3年生です。 父はいわゆる教育パパで、私の行く学校や塾など全部決め、大学も全部決めていました。 また、昔は週に一度ほど暴力を振るわれていましたが、いつもは哲学的な話をしてくれる優しい父でした。頭が良い大学の医学部の准教授だったので、勉強もよく教えてもらいました。そして死の2年前ぐらい、肺癌を宣告されてから特に仕事よりも私たちを優先してくれる様になりました。 父が亡くなり、大学の先生方から基金として100万円頂きました。しかし、周りの人は私のことを何も気にかけてくれなかった様に感じました。妹が少しだけ学校に行けなくなり、母はそちらを怒鳴ったりとしていて、友達も私になんて声をかけたら良いのかわからなかったそうです。 私は、今まで我慢していたものをしよう、周りに認められよう、慰めてもらおうとして作文や料理、俳句などでたくさんの全国賞を取り、法学や量子力学、演劇や落語などの団体に属し日々を過ごしていました。勉強は全くしていませんでした。 結局、生徒会は中でいじめられ公約が守れず、色んなところで慰めてもらうために父のことを話したので「死を利用するな」と匿名で悪口を言われ、聞こえるように悪口を言われ、クラスでは無視をされ、友達はいなくなり、成績は下がり、夢だったHSDという渡米無料留学に最終選考で落ち、生徒会長も落ち、キャンプで出会いその人のことしか考えられなくなった好きな男の子にはやり捨てをされました。 今年度人生でほぼ初めての受験を迎えます。 父は私に理系に行く様に言っていましたが、私は父が亡くなった1年後に行われた文理選択で文系を選んでしまいました。 どこの大学を受けたら良いのか悩み、父が頭が良く、従姉妹が皆良い大学に進学したので周囲の重圧もあります。 今まで、良いこともたくさんあったはずなとに、悪いことは幼児期の細かいことから全て言えるぐらい覚えています。 6月一杯休校なのですが、勉強する気が続かなく、勉強していると頭の中で上の辛かったこと、悲しかったことを反芻してしまいます。そして、ごめんなさいと何回も繰り返して言い、あの子自殺したってと口ずさみ、YouTubeなどに逃げ、インターネットで「自殺」と調べ、病んでいく循環にはまっています。 苦しいです。今までのことをなかったことにしたいです。悪いことを思い出したくないです。
こんにちは。 ご教授ください。 仏教では、死は穢れと見做していないというのが私の認識でした。 ところが、とあるセミナーで土地に関するデリケートな問題を扱った場面があり、"仏教あるいは神道において、生死や血液を穢れと見做しており・・・云々"とテキストに記載されておりました。 死や血液を穢れと見做しているのは神道ではないでしょうか? 講師の方曰く、お葬式の際、清め塩で穢れを払うように、 仏教で死は穢れなんですよねと説明されていましたが、私はそのような話を存じ上げません。 そのように説いておられる宗派があるのでしょうか?
社会人となってメンタルを壊した頃から、ストレスが掛かるたびに強い胸の痛みと戦うことになりました。 心臓に鉛を埋め込まれたような重さと痛みで、生きることに対する全ての気力を奪われてきました。希死念慮に囚われるのももはや日常です。 その度に耐え忍び、可能なら瞑想し、有耶無耶にやり過ごしてきました。 もはや正社員として働き、自立するような気力は奪い尽くされ、細々とアルバイトをしながら、両親に食べさせていただく日々です。 悩みや苦しみからストレスが生まれ、それによって胸の苦しさや希死念慮といった身体的、精神的苦痛に苛まれるため、なんとかこれらを軽減したいのです。 なお、身体的には(少なくとも健康診断レベルでは)健康であり、胸の痛みがなんらかの身体的な病気からきているものではないことは判明しています。 活動する気力がほとんど残らず、自室から動くことも難しい中で、自分に残された行動は「瞑想、または思考すること」くらいです。 限られたリソースの中で、悩みや苦しみを軽減するための考え方などをご教授いただけましたら幸いです。
8年前に脳出血で倒れて施設暮らしだった父が、1,2ヶ月前から体調が優れず、とうとう麻痺側の足が壊死、そして今週急変し、持ち直したものの、もうそんなに長くはないという状況になりました。 もう80だし、この8年間施設でずっと暮らしてきた父には早く来世を楽しんでほしいという思いと、別れの時間が近づいてきている寂しさで毎日が辛いです。 覚悟を決めているつもりですが、涙が止まりません。 親の死への考え方、ご教授頂きたいです。
子供の頃から虚弱体質で、疲れやすく無理ができない体質でした。中学生の時には原因不明の頭痛が続き、髄液までとって精密検査しても異常が見当たらず、自律神経失調症と診断され服薬を続けました。 成人してからもパニック障害や狭心症、子宮内膜増殖症、良性ですが乳腺の腫瘍など病気だらけの人生です。 現在も激しい頭痛や神経痛など原因不明の痛みが発作的に起こるため、いつ来るかわからない痛みに怯え、やりたいこともためらってしまいます。 あまりにひどい痛みに、時に生きていることも辛いと感じてしまいます。 苦しさのあまり死の恐怖が頭をよぎる半面、死んだらこの痛みから解放されると思う自分もいます。 仏様は病気を通じて、私達人間に何を教えたいのでしょうか? また、私は病気の不安と痛みを抱えながら、どう生きていけばよいのか。 その心構えなどをご教授いただけたら幸いです。 何卒、どうかよろしくお願いいたします。
お世話になりますm( )m カテゴリが間違っていたらスミマセンm( )m 臨死体験についてどう思われますか? これは体験した人でなければ なかなか分かってはもらえないと思うのですが 自分は1度だけあります もう25年くらい前になるのでしょうか その日はなんだか とても身体がしんどくて 自分の部屋で 横になって休んでいました するといきなり 自分の身体から魂が抜ける感じがあり ( 夢のレベルではなく、相当な衝撃でした ) 上へ上昇していきました 高さ的には3メートル位上の感覚でした 今まで自分の部屋だったところは 無限の真っ白い空間になっていて 非常に驚きました!! 色的には曇りの時の感じの少し 寂しい?感じのする白色でした 身体は無重力で すべての身体の苦しみから 解放された非常に気持ちが良く 極楽そのものでした しかし、瞬間に自分が死んだと悟って すごく怖くなり 「 まだ死にたくない!! 自分が死んだら誰もペットのお世話が出来ないから 死にたくない!! もう、死にたいとか思わないから まだ死なせないでください!! 」など とにかく焦ったというか 必死な気持ちでした すると 黒い「もや」がかかり始めて 目が開いて自分の部屋に戻って来ていました しかし、身体だけは全く感覚がなく 恐ろしい感じでした 何故か、このまま感覚が戻らなければ 『 また連れていかれる 』と 本能的に思いました 決して何か見えたわけでもなく( 死神とか ) 本能で思いました 戻って来れたのもある意味 奇跡的なような気もします 他の方の臨死体験の話のように 三途の川とか他のなくなった誰かがいたとか そこまでは見てないです 自分が臨死体験をしたのは ほんの数秒だと思います これも、そんなの嘘じゃないかとか なかなか信じてもらえないかもしれませんが 実際検索すると 同じような光景、体験をされている方が 多く本当にある世界なんだと確信しています ただ、そこに長くいた場合 どんな世界が待っているのかは 自分ではなんとなく想像することしかできません きっと何か高い( 精神的に?? ) 世界があるんだろうなあと思っています 仏教的に言うと臨死体験とは どうゆう事になるのでしょうか? よろしくお願い致しますm( )m
躁と鬱と私と共に生きる西條るじん僧侶
和歌山の駆け込み寺・中田三恵住職
「心の厄がはがれていく本」をご紹介!
教えと名言・逸話
仏教の根幹となる教え
仏教が説く8つの苦とは