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問答一覧

回答は、各僧侶の個人的な意見のため公共性を帯びたものではなく、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
検索結果: 239件
2016/02/14

かけがえのない母の死、「死」について

長年病と闘い、手術を繰り返しながらも頑張って生きてきた母が昨年4月に亡くなりました。  やはり長年病に苦しみ寝たきりだった父の介護を私と二人で必死にやって日中は一人で一生懸命やってくれました。私が帰るとたくさん話しかけられたのに言葉を発することのできない父に話しかけることに必死で母とは少ししか話せませんでした。  父が亡くなり母をこれから楽しませてあげようと思っていた矢先に毎週手術の繰り返しになり、退院後は一人で怪我したため朝母を送って残業後の夜までデイサービスを受けることになりました。  毎日忙しく人見知りするのにと申し訳なく思っていましたが、施設の人達は母をとても可愛がってくれて母も嬉しそうな顔をしていたのが唯一の希望でしたが、私の迎えも楽しみにして嬉しそうな顔をしていたのが可哀想で胸が痛かったです。  そんな母が入院して病院にも泊まれず、私が帰る時の淋しそうな顔は忘れられません。  母は病院や施設を転々とした後に最後の病院は、最期は介護施設と同等の病院だからと医療措置を取ってもらえず転院も断られ、胃ろうや点滴を止められて餓死するような状態で亡くなりました。  私は母が可哀想で可哀想で何であの病院に預けたのかと、普通の施設や病院であれば父のように最期まで医療措置を取ってもらえたのにと悔やまれてしようがありませんでした。    そして今回自分が手術を受け、自分や配偶者、両親の死について考えてしまいました。  生前母は、家に一人で言語障害の父と残されて娘は父の介護であまり話してくれず、自分は手術の繰り返しで殺してくれと叫んだ程の苦しみ、退院後は人見知りが激しいのに施設に預けれられ朝と晩しか娘といれない、入院後は娘と少ししか会えず自分の死が近くなり病院は措置してくれず自分の死に娘は間に合わず看取ってもらえなかったなど、どんなに淋しくて心細かったかと思うと母が可哀想で可哀想で胸が張り裂けそうです。  自分の術後の痛みや再発の不安、母への申し訳なさでパニック障害と不安症になってしまいました。  父母の死を経て「死」について納得していたつもりですが、この年齢なのに今回混乱してしまい分からなくなってしまいました。  今後どのような気持ちで日々過ごしていったらいいか、「死」についてどのように捉えて行けばよいのか、どうかご教示をお願いいたします。

有り難し有り難し 90
回答数回答 2
2019/04/13

死は存在しない

もう10年以上も前になりますが、母の命日が近付くと、色々と考えます。 不治の病を宣告された母。いわゆる「手かざし系宗教」の信者である叔母(母の妹)から勧誘され、藁にもすがる思いで行った本山で「あなたには助からない相が出ている」などと訳知り顔で告げられた母。 同行した父親も勧誘されましたが、断ったとの事。 (父も母も、元々は徹底した無宗教、無神論の人でした) 母は闘病中も死の間際も、「私が死んだら○○を宜しく」 なんて言葉は一言も言いませんでした。 私は、人の思考は死を思う為には出来ていないと考えます。 脳はあくまで、身体を効率よく動かし合理的に生き延びる為に、進化の過程で生物が獲得した器官であり、「死」なんて抽象的な思考を弄ぶ為のものではないと思うんです。 死んで肉体の機能が停止すれば、感覚器官(眼や耳、肌など)も停止し、仮に死後が存在するにしても、想像を絶する世界を見て、感じるはずです。軽々と「死後の世界」なんて言えるはずが無いです。 生物の脳も身体も、ひたすら生きる為に作られています。死ぬためにつくられてる訳じゃないです。だからこの脳、この身体で死について考えること自体ナンセンスで、飛ぶ為に作られていない私の手で、鳥のように空を飛ぼうとするようなものです。 お釈迦さまが死後を無記とした真意は… 私は、死後が浄土であれ輪廻であれ、あるいは本当に恐ろしい事ですが正真正銘の「無」であっても、仏教の救いに変わりはないと言う事ではないかと考えます。 人は死なないです。死の間際でも、風邪をひいたように、一晩明ければケロリと治ってると心の奥底では信じて最後の日まで生き続けるのではないでしょうか。 母は死の間際まで死を考えませんでした。少なくとも、口には全く出しませんでした。何かを悟っていたのか、一片の悟りもなく生にしがみついていたのか今では分かりません。 ただ、母の姿を思うと私も生の続く限り全力で生きたいと思うばかりです。 「生きてる時は死んでいない、死んだら生は無い、だから死は存在しない。死を恐れず、生を全うせよ」と言ったギリシアの哲人に、私は賛成です。 こーゆー考えもまた、妄想でしょうか? 「これだけ問答を重ねて、君はまだ何も分かってない」とお叱りは覚悟の上です。 日々、人の死と向き合っているお坊様方の実感を聞かせて頂ければ嬉しいです。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1
2016/04/27

ペットの死について

私はお付き合いしてる人と数ヶ月前からペットを飼っています。 以前から飼いたいと思っていて、ペットショップで胸を打たれてしまい、2週間後にお家にお迎えしました。 とても可愛くて、大事に大事に育てています。 しかし、あることがたまに心にひっかかり苦しくなります。 それは死についてです。 ペットは私たち人間より寿命が短いので、成長していくたびに嬉しい反面悲しい気持ちにもなります。 私が飼っているペットは平均寿命が8年といわれています。 そんな悲しいこと考えてしまうと、ペットにも失礼だとわかってはいるのですが、ずっといっしょにいられないんだと辛くなります。 彼はペットが幸せを全うすればいいんだよとアドバイスをしてくれますが、 幼い頃に大事にしていたペットが亡くなった時のショックが今でも忘れられません。 そんなにトラウマなら飼わなければいいのにと言われますが、ペットといっしょにいると人間にはない癒しがあります。 今飼っている子を幸せにしたいから飼いました。 死について、後ろ向きに考えてしまいます。 死についてお坊さんからお話していただけたらと思います。 お返事よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 78
回答数回答 2
2017/08/10

息子の死

今年の2月に長男を病気で亡くしました。 数日後に迎える初盆をどういった気持ちで迎えたら良いのか分かりません。 1歳半の時に体調不良が治らず、夜中に痙攣を起こして初めて脳腫瘍が発覚しました。 頭から腰あたりまで脳腫瘍に侵されているのが分かり、その日のうちに手術〜生死を彷徨った息子 命は取り留めたものの全身に障害が残りました。 そのごも2度〜3度心肺停止。 何度も病院に呼び出され死の覚悟をしてきました。 治療の甲斐あって腫瘍自体も小さくなって元気を取り戻していました。 再発したらもう手の施しようがないと言われていたので 毎日覚悟しながら頑張っている息子を側で見守ってきました。 2歳〜3歳に成長して、言葉も発せず身体も自由に出来ずそれでも生きていてくれることがすごく嬉しかった。 外に外出して家族で出かけたりも沢山しました。 昨年は次男を授かり出産したのもあり なかなか息子に手をかけてあげられないことも増えました。 今年に入って容態が急変、腫瘍が再発してしまいました。 いつか来るとは思っていましたが、あまりにも早く毎日息子の弱っていく姿を見ているのが辛かった。 息子が息を引き取り、気持ちの整理をする暇もなく、葬儀の準備や末っ子の世話、慌ただしく時間が過ぎて行きました。 息子を想わない訳ではなかったのですが、周りが心配する中自分でも不思議なくらい冷静になって息子の死をすんなり受け入れてしまっていました。 なにより毎日の介護から解放されホッとした自分がいて嫌になりました。 なんで病気が発覚する前に、息子が苦しむ前に、一番近くに居た自分がもっと早く気付いてあげられなかったのかとか そんな事ばかり悔やまれます。 ちゃんと息子を好きでいてあげられていたかな? ちゃんと母親できていたのかな? 息子はママのこと好きでいてくれていたかな? 病気に気付いてあげられなくて怒っていないかな? 今は痛い・苦しい思いをしていないかな? 沢山不安に思う気持ちがあります。 今はお墓に入っている息子。 お盆に迎えに行って、家に帰ってきてくれるのかな?とか ちゃんと成仏出来てなかったらどうしようとか 不安に思います。 初盆どんな気持ちで迎えたら良いでしょうか?

有り難し有り難し 13
回答数回答 1
2017/05/02

病気、人の死、自分の死が怖いです

今から約8年前、自分が高校生のとき 事故で急に姉を亡くしました とても仲が良く友達みたいな姉妹でした。 それからなのか人の死がとても怖くなり 家族が家に帰ってくるのが遅いと 事故にあったんじゃないかどっかで 倒れてるんじゃないかとか 異常なくらい心配になります。 また体のどっか気になることが あったりテレビで色々な病気の ドキュメンタリーを見るたび 自分もそーかもしれないと思い込み 病気になった気分になり 病気=死を連想してしまいます 少しどーかあると気になって気になって 色々検索してしまったり 今は卵巣に小さな奇形種があると 言われていてそれが気になってしまい 先生は経過を見ていくしかないと いう風に言ってくれてるのに それで大丈夫なのかとか色々 深く考えてしまいます。 もし病気が進行して手遅れに なってしまったらとか なんか病気だったらとか 考えるとキリがないです。 家族と笑いあってるとそのときは 楽しいのにいつかこの楽しさも なくなるのかなとか 誰かまた亡くなったらとか 考えると悲しくて仕方ないです。 今年は結婚もし赤ちゃんも10月に 産まれる予定です。 嬉しい事が続いてると余計色々 怖くなってしまって どーしたらいいか分からないです。

有り難し有り難し 33
回答数回答 2
2016/02/21

家族の死

最近、家族の死について考えてしまいます。特に祖父母のことについてです。 私の親は共働きなので、保育園と小学生のときはよく祖父母の家に預けられていました。保育園のお迎えはおばあちゃんがしてくれました。買い物はいつも一緒に行きました。風邪を引いたらおじいちゃんが病院に連れて行ってくれました。旅行も数えられないほど行きました。 このときの祖父母とは親よりも一緒に過ごす時間が多かったかもしれません。そのためか今でも祖父母のことが大好きです。 この間、久しぶりに旅行に行ったとき、祖父母よりも背が高くなっていました。耳も遠くなっていました。2人とも80近いので当たり前なのでしょう。でもやっぱり時の流れを感じると切なくなってしまいました。 最近は「いつ死ぬかわからない」とか「もう先は長くないから」などと言っています。でもそんなこと言ってほしくありません。ずっとずっと元気でいてほしいんです。永遠なんて無いとは知っています。でも大好きな祖父母が死んでしまったらと考えると涙が止まらないんです。 恩返しもまだしていません。何をすればいいのかもわかりません。 この恐怖がどうしたら落ち着くのかもわかりません。 どうか教えてください。

有り難し有り難し 32
回答数回答 2
2019/02/24

親の死

母親の死で後悔というか懺悔したい事がありすぎて どうしたらいいか分からないです。 母は病気だったのですが 母が一番苦しんでいる時に寄り添ってあげなかった むしろ、私は母が一番不安な時に冷たかった・・ 断れなくて苦しんでいる母を置いて初詣に行ったり パソコンしたり・・ 母との最後の時間を大事にしなかった事、最後に優しくしなかった事 申し訳なくて懺悔の思いでいっぱいです。 どうしてか、寄り添えてあげなかったのか分からない・・ あんなに苦しんでたのに、危機感というかなくて、まだ大丈夫・・ 何を根拠に思ったのか、そう思ってました 結局、自分の用事を優先して、母の事を後回しにしてた 初詣もパソコンも母との時間に比べたら今となってはどうでもいい事で 私は何をしてたんだろう・・と 母は優しい人で、いつも私に負担がかからないよう、気遣ってくれて そんな母に恩返しどころか、冷たい態度をとって何もしなかった 自分が許せない日々が続いています。 結局、母が病気になってから寄り添ってたつもりだったけれど、振り返ってみると結局、私は自分を優先して母を後回しにしてたんだろうと思います だからこんな事になったんだろうと思います

有り難し有り難し 40
回答数回答 1
2018/01/08

孤独死しかない

もう年齢的に結婚は無理だと思うし貯金が全くなくて借金だけあります。若い頃、好きになった男性が無職で私が働いていたのでカードローンなどして破産まではいかなかったのですが裁判所で返済の手続きをしたので現在でもローンを組んだりが出来ず必要な物は現金でしか買えません!その時の男性は別の女性と結婚して幸せに暮らして居ます。自分の責任と分かっていても悔しくて憎いです。私には借金があるだけで子供も居ないし借金が返し終わる頃には幸せなんて遠くて1人です。おしまいです。生命保険には入ってるので何とか借金は返せて火葬代だけはあると思います。私の生まれた意味なんてないです。世間では必ず生きてる意味があるとか言いますが辛い事だらけ人の幸せとか嬉しい事を聞いても素直に喜んであげれません。私って最低ですね!仕事は看護師をしていますが、こんな私に看護される患者さんは不幸です。でも、この仕事しか私には出来ないし今の給料だから返済も出来ています、だから仕事も辞めれない。急に自分が病気になったりしたらなど考えると不安で辛いです。両親は年金生活なので負担をかけたり迷惑だけはかけれないです。その為に貯金と思うのですが現状無理です。毎日、不安だらけで心が辛いです。どうしたら少しは軽くなりますか?

有り難し有り難し 26
回答数回答 1
2016/12/11

祖母の死

先日祖母が亡くなりました。両親共働きだった私は幼少時から同居の祖母に面倒を見てもらっていて、筋金入りのおばあちゃん子でした。 せっかくおばあちゃんが99才まで長生きしてくれたにもかかわらず、生涯を通じて十分な恩返し、特に結婚して実家を離れてから10年ほどの晩年期は何一つおばあちゃん孝行しないまま、老衰で亡くなってしまいました。 孝行できなかったのではなく、孝行しようと思えば時間もお金もあったのに、なぜか、しなかったのです。実際におばあちゃんを亡くしてみてようやくことの重大さに気づき、底なしの恐怖と後悔を感じ涙が止まりません。 出来たことといえば、私が20代~30台前半のころに合計3回ほどおばあちゃんを短い旅行に連れて行ったこと、また嫁さんを紹介できたこと、ひ孫を見せられたこと、たまに顔を見せにだけ実家に行っていたことぐらいです。本当にそれだけです。生涯を通じて、おばあちゃんに感謝を伝えることはおろか、語り合うようなレベルの会話は一度もしませんでした。 40才前後にもなって、また実際に祖母を亡くしてみて初めて、このような重大なことに気が付くような大馬鹿愚か者の自分に嫌悪の極みです。 子供のころはおばあちゃんを大切にしなければと強く意識していて、おばあちゃんが死んだりしたらどうしよう大変だと子供心に恐怖していて、その気持ち自体は持ち続けていたつもりなのに、今思えばどうでもよい仕事や付き合い、自分の楽しみなどを優先し続けてしまったこと、また老いが深まっていくおばあちゃんを見ても、死を間近にしたおばあちゃんを見てさえも、本当に死ぬこととなぜか結び付けられていなかった自分の馬鹿さ間抜けさ加減に、本当に自己嫌悪しかありません。 後悔したところで文字通り取り返しがつかないこと、他の質問を参照して、おばあちゃんにできなかった恩返しを両親や身近な人にしていくしかないことも理解しているつもりですが、心が散り散りすぎて思わずこちらに記載させていただいている状況です。 質問になっておらず申し訳ありません。

有り難し有り難し 13
回答数回答 2
2018/03/13

祖母の死

二ヶ月半前の一月一日に祖母がなくなりました。叔父と同居していたのにいきなり独りで逝ってしまいました。 私は母とは折り合いが悪くまた母も祖母との折り合いが悪く敵の敵は味方ではないですが祖母と私は仲良くやっていました。 小さい時はいつも面倒をみてくれていて怖いし厳しいけど大好きだったんです。事情があり海外に住んでいるのですが一年半ごとくらいに帰国しては近況を知らせたりして孫の中では一番気にかけていたと自負しています。 祖母の知らせを聞いたのは一日の夜でした。 急いで飛行機のチケットをとって帰ったのですが二人の妹は母が航空券を払わなかったのと仕事を休みたくないとの理由で帰りませんでした。一つ下の子は祖母にとても可愛がられ祖母はいつも妹の話をし、私に面倒を見るようにと言っていたのになぜあの子は最後のお別れすらいってあげなかったのだろうと未だに憤っています。 もっと妹にあわせてあげたかった。もっといろんなとこに連れて行ってあげたかった。この夏に帰る予定なのでまた帰国した時にいないことを自覚するのが怖くてたまりません。そうでなくっても祖母の写真を部屋に飾っているのでさえ悲しくて涙が出てきてしまうんです。 75歳。あと10年は大丈夫だろうと思ってましたしあと10年たてば私もまともな大人になりたくさんの恩返しができたと思うと辛くてたまらないのです。 他の家族はなんだかんだ立ち直って楽しくやっているようで私だけ毎日泣いている気がしてでも寂しがりやの祖母だからこそ私独りでも祖母のことを思って泣いてもいいのではないかと混乱しています。 寂しいです。一番大切な家族がいなくなってしまってどう立ち直っていいのかわかりません。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1
2018/01/10

自分以外の者の死

私は物心ついた頃から「死ぬのが怖い」とよく泣く子供でした。それは自分の死に対してではなく、家族の死に対してです。 せっかく家族で旅行をして楽しい気持ちになっているのに「でもいつかこんな事も出来なくなる…」など余計なことまで考えて気分を台無しにしてしまいます。楽しい事をただ楽しいと感じたいだけなのに、死への恐怖1つでいろんな事を台無しにされてる気がします。 私は今小さな喫茶店で働いており、喫茶店で働く事は好きなのですが、お客さんは本当にお年寄りばかりで、 お年寄りのする会話は基本『寿命』と『病気』の話で、昔から死への恐怖が人一倍な私には苦痛でしかない内容です。 さらにお客さんにはよく「若い人は良いわね、私なんかもう働く事すら出来ないわ」などと言う事をよく言われます、最初はそう言われても嫌な気分も何もしませんでしたが、最近はそんな言葉に怒りさえ覚えてしまいます。 今の私は若い事が嬉しくないんです。 早く歳をとって死んでしまいたいとさえ思ってしまいます。 大切な人が先にいなくなってしまうくらいなら長生きなんかしたくないです。 大切な人の死を見るくらいなら誰よりも先に死にたいです。 ですが自分がとても恵まれた環境にいて、幸せであるのに最終的に早死にを望んでいる弱くて自分を守る事しか考えてない自分もすごく嫌です。 申し訳なくて親には口が裂けても言えません。 少しでも命と向き合うにはどう考えていかなければならないのでしょうか。

有り難し有り難し 16
回答数回答 2
2016/10/23

愛犬の死

初めて質問します。長文失礼致します。 先日18歳だった実家の愛犬を亡くしました。生まれて間もない愛犬を私が4歳の時にもらって共に生活をしていました。愛犬がよくいた場所を見たり、思い出しただけで涙が溢れます。 両親は仕事で最期は誰も看取ることなく、まだ温かかった愛犬を仕事から帰ってきた母が見つけました。 私は大学のある県外に2日前に帰ったばかりで、「2日間まだ実家に居ていれば手を握って抱きしめながら最期を看取れたのではないか」と悔やむばかりです。 とんぼ返りで帰省し、不思議なことにちょうど親戚が多く集まっていたため皆で葬儀をあげて供養しました。 生まれた時から吠えることも少なく穏やかな性格でしたが、18歳ということで目はほぼ見えず歩くこともできず痴呆もありました。また、辛そうに泣くこともあり、すぐに気づいてあげられない時もありました。本当に頑張ってくれました。 5年前からはほぼリビングにいましたが、私が中・高校生で習い事や部活で忙しく、両親も仕事が多忙だった時は小屋で窮屈な思いをさせました。 幼くやんちゃだった私の後ろを着いてきてくれた姿や県外での一人暮らしや友達関係が上手くいかず帰省し疲れ果てて寝ていた私にいつの間にか寄り添ってくれていた姿、反抗期で両親と喧嘩ばかりだったのですが愛犬が居てくれたことでコミュニケーションを取ることができ、本当にたくさん助けられました。 また、私は一人っ子でそれで嫌な言葉を言う人達がいましたが、愛犬が居たことで弟ができたように家族で可愛がり、私も救われました。優しく可愛く親戚など皆から愛されていました。私もそんな愛犬が大好きでした。 何もかも思い出し悲しくなります。 無口でぶっきらぼうで当初犬嫌いだった父も涙して撫でていました。 「もっと〜してあげれば良かった」と色んなことを考えて悔やみますし、こんなに私がくよくよしていては犬も旅立てないとは分かっているのですが「もう会えない」「撫でてあげれない」ということを考えるだけで悲しく辛くなります。全く無くならないこの気持ちをどう収めたら良いのでしょうか。 アドバイスやお言葉をいただければと思います。宜しくお願いします。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1
2018/10/02

死を受け入れられない。

私は3年前まで介護福祉士として地元の老人ホームで6年半働いていました。 辞めるきっかけは母方の祖父が認知症になり、祖母に暴力を振るうようになり、SOSの電話が毎日かかってくるようにはなり、ある日、出勤前に電話がきて、両親は出かけていたため急きょ仕事を休み、祖父母の家に行くと祖父に蹴られ、踏みつけられ、挙げ句植木鉢を足に落とされて息がつけなくなっている祖母が茶の間に倒れていました。すぐ救急車を呼び病院へ搬送されました。 その時に入院した病院で末期の胃ガン、B型肝炎に感染していると判明しました。 余命は2か月。祖母には私の他に孫が3人いますが、私が一番可愛い孫だといつも言ってくれ、仕事で悩んでいたりした時に話を聞いてくれたり、お金に困った時も助けてくれたりと、一番可愛がってもらっていたので、今までの恩返しを込めて入院生活を余儀なくされた祖母の介護をしたいと思い、仕事を辞めました。 余命2か月と告知されていましたが、8か月生きてくれました。 亡くなる前日まで会話出来ていたのですが、いきなり急変し、吐血し意識不明になりました。 そんな状況でもうわ言で私の名前を呼び、必死で生きようとしてくれました。2回目に吐血した時にもう助からないと医師に聞かされ、家族で泣きました。集まった親戚は頑張って生きてと言っていました。でも私はもう充分頑張ったんだから、頑張らなくていいよと言いました。それから間もなく亡くなりました。 祖母が亡くなってから半年になりますが、亡くなった実感が未だになく、私も頑張ってと言えばもう少し長く生きれたのかと毎日思っています。仕事は介護の仕事だと祖母を思い出して辛くなるので、全く違う仕事をしています。 毎日それなりに充実していますが、最期にかけるべき言葉は何が良かったのか、自問自答の日々です。亡くなった祖母に会いたいと涙してまうこともあります。 どうしたら、祖母が亡くなったという事実を受け入れる事が出来るでしょうか?

有り難し有り難し 9
回答数回答 1
2019/01/13

祖父の死について(あまり立ち直れていません)

昨年の1月に母方の祖父を、9月に父方の祖母を亡くしました。 どちらも本州なので遠隔地ではありましたが葬儀には無事いけました。 今月、母方の祖父のほうの一周忌の法要がありました。幼い頃は本州に住んでいたため、祖父母の家へよく遊びにいきましたし、とても可愛がってくれていたのを覚えています。就職した時もとても喜んでくれて、電話もしてくれました。 葬儀の時はショックすぎたのか、あまり泣けませんでした。冷たい人間かと思われるかもしれませんが、葬儀や法要といった場は緊張してしまいうまく感情が出せないです。火葬・収骨の時はなんかテレビドラマを見ているようでした。 葬儀ではロクに泣かなかったくせに、今現在、一人になったり気が抜けるとすごい泣いてしまいます。昨日法要が終わってすぐ飛行機で北海道に帰り、両親が暮らす札幌にいたのですが、昨日はずっと泣いてて頭が痛くなりました。 今年は転職をしようかな、と考えていたこともあり、考え事が重なってしまったのかもしれません。 それに向けて予定を立てていましたが、まともに考えることができず予定をキャンセルしてしまいました。 1年も経つというか、だいぶ時間が経ったと思ったのに未だに辛くてたまりません、むしろ1年経って実感したのかもしれません。いつまでも泣いてばかりで亡くなった祖父にも申し訳ないです。 落ち込んで頑張れない、弱い自分が嫌になります。それでも勝手に涙がでてくるし、何かやろう!と思っても気が乗らないです。それでまた自己嫌悪に陥ってしまいます。 だめな状態の自分をなんだか許せないです。情けなくなってしまいます。 受け入れるべきなんでしょうけど…。 やはり家族や話せる人に話した方が良いのでしょうか。一人でずっと抱え込んでいるのは良くないなと感じてます。 1年経ってようやく実感が湧いて落ち込んでるのは、おかしいことでしょうか。 ただ、母には遠慮してしまいます。 母も父親である祖父を失って私よりもっと辛いんだろうと思うとどうも二の足を踏んでしまいます。 気持ちの整理の方法や元気になる方法などありましたら教えていただければ幸いです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 15
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