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「老病死」を含む問答(Q&A)一覧

病気が怖くて怖くてたまりません

父のことでこのhasunohaのサイトに出会いお坊さんにいろいろとアドバイスをいただきました。 さて本日は自分のことでお話を聞いていただきたく書き込みをさせていただきます。 以前からなのですが、病気が怖くて怖くてたまりません。 何か体の不調があると、それを癌と結びつけ、夜も眠れないほどの恐怖に襲われるのです。 昨日も胸の辺りの肌が変色していたため皮膚科を受診しました。 先生ははじめは、よく分からない様子だったのですがルーペで観察をしたところタムシであるとの診断を下しお薬を処方していただきました。 しかし、帰宅後皮膚片を顕微鏡で観察しなかったことや皮膚科で使用する特殊な拡大鏡で皮膚を観察しなかったことなどから、本当はタムシでは無く皮膚癌では無いのかという思考に陥り、一晩中その事が頭の中を巡り、眠れない一夜を過ごしたのです。 このhasunohaでも父の死からも人間の命は永遠では無いことや人間には病の苦しみが付きものだと言うことは理解しているのですが、癌が怖くて怖くて仕方が無いのです。 心療内科も受診し、薬物療法とともに先生からは気分転換をしなさいと言われるのですが、時には恐怖から呼吸が苦しくなるなどの症状になることもあります。 本当に本当に弱い人間で情けない限りですが、今後どの様な対応をすれば良いのか?、アドバイスをいただければと思い書き込んだ次第です。 よろしくお願いします。

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親の衰弱

最近、私の母が熱を出しました。 50代半ばの母は病院を極端に嫌い、行くのを面倒くさがって行かずに、再び熱が出てようやく病院へ行きました。 夕方に37.4度、1時間後には39.8度と、急に熱が上がりすぎたのか意識が朦朧として、ハッキリ喋っているのに内容がしっちゃかめっちゃかで何を言っているのか分からない状態になってしまいました。 症状に関しては入院してお医者様に診て貰うので心配はしていませんが、 母の意識が混濁していて10年前と昨日の出来事をまぜこぜに話している姿を見て、涙が止まりませんでした。 ここで初めて、私は「親の死」や「介護」への不安のような、老いに通じるものへの見えない恐怖を目の当たりにしたような気がします。 翌日再び病院に荷物を持っていっても、やはり少し意識が混濁していて、話す度に少しずつ内容が変わっていて、とても見ていられない。 これが高熱による一時的なものだと信じたいのですが、もし今のまま、あるいは熱が引いても少しずつボケていってしまったら、私はこの人の面倒を見られる自信もないし、例えばコロリと死んでしまっても、乗り越えられる自信もないです。 自分一人でさえ食うや食わず程度の経済力しかなくて、不安で不安で、救急外来に行ってからまだ2日しか経っていないのに、5キロ近く体重が落ちていて、どうしようどうしようという気持ちでいっぱいなんです。 受け入れるのも、乗り越えるのも、出来るわけないじゃん お母さんだもん お願い 元気になって

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いい人が若死にする理由と大切な人を亡くした友人にできること

友人の御主人が、まだ30代という若さで病気で突然死してしまいました。 子ども達もまだ幼く、これからという時に、何故という残念な思いばかりです。 御焼香をするために葬儀に行きましたが、友人と御主人が築き上げた幸せな家族の写真がたくさん飾られており、本当に素敵な家族だったのに何故?といういたたまれない思いでいっぱいになりました。 仕事関係の写真や、別れを惜しむ参列者の多さを見ても、本当に色々な人から慕われ、ご活躍されていたのだなぁと感じられ、そんな人が何故、こんな若さで…と思います。 いい人ほど若くして亡くなるとは、よく言われますが、何故、いい人が若くして突然、天に召されなければならないのでしょうか? また大切な人を亡くした友人に対して何か出来ることはあるのでしょうか? 私が引っ越す前は、子ども同士も仲良く、とてもお世話になった方なので、何か出来ることがあれば…と思いますが、直接お会いする機会も少なく、故人のご冥福をお祈りするくらいしかできないのが現状です。 今は行事や事務手続きなどに追われて、友人も悲しむ暇がないくらいに慌ただしい日々を送っているかと思いますが、大切な御主人を亡くしてしまい、心身ともに疲れきっている友人と子ども達が心配です。 今はそっと、御主人とのお別れの時間を見守る方がいいと思っていますが、いずれ何かできれば…と思います。 今はまだ、自分に何ができるのか、どのように接するのがよいのかも分からないのですが… 大切な人を亡くした方が、やって貰って嬉しかったことや、逆に失礼にあたること、負担になることなど、具体的に分かると助かります。

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家族の余命を受け入れられません

こんばんは。 私の祖母(70代)のことなのですが、去年癌と診断され手術をしましたが全て取り切れず、その後抗がん剤治療も望みませんでした。祖母が発症した癌は希少な類のもので、進行が早く予後も極めて悪いです。退院してからしばらくは自宅で過ごしていましたが、癌による痛みもひどくなり再入院となり、さらに色んな臓器に転移していることがわかりました。 今年の元日、祖母と過ごせる最後のお正月だと思い急遽実家に帰りましたが、あまりにやつれて弱った祖母を見て唖然としてしまいました。本当は一緒にいて少しでも痛みが和らいでくれればと思っていましたが、見ているだけで涙が出てしまい何もできませんでした。痛みによりご飯も食べられず、食べては嘔吐を繰り返していました。 積極的な治療を望まないということは、こうなることだと分かっていたつもりでしたが、あまりに進行が早く自分の気持ちがついていきません。 私が今の仕事をするときに一番応援してくれていたのに、病気で苦しんでいる祖母の力になれず、何も恩返しできていない自分が無力で情けなくなります。病気で困っている人を少しでも助けたくて今の仕事をしているのに、一番大切な自分の家族に何もしてあげられないのがすごく悔しいです。自分はこのままで続けていいのだろうかと考えてしまいます。 祖母の余命はそう長くないのですが、今はまだ意識がはっきりしています。痛みに弱い人なので「死んで楽になりたい」とずっと言っているそうです。容態がどうなるかはわかりませんが、意識があるうちに何かしてあげられることはないでしょうか。 祖母を前にしたら絶対泣くと思いますが恩返しをしてあげたいです。 長くなりましたが、お返事よろしくお願いいたします。

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大好きな祖父の死

12月に風邪をこじらせ入院していた祖父が、昨日亡くなりました。 お通夜も告別式もまだ終わっていない状況ですが、気持ちを吐き出させていただくことをお許しください。 入院するまで元気いっぱいで過ごしていた祖父が、どんどん衰えていくのを見るのがつらく、お見舞いの帰りには泣いてばかりでした。しかし、こちらでも質問させていただき、後悔のないように時間のある限り病院へ足を運び、だんだん意思疎通ができなくなっても、手を握り話しかけ、後悔のないように過ごしてきました。 死に目には間に合いませんでしたが、苦しみもなく眠るようにゆっくり旅立っていったそうで、少し安心した気持ちにもなりました。 しかし、一晩明けて、やはりどうにも悲しく、気が緩むと涙が込み上げて仕方ありません。 入院中、もうこれで最後になるかもと思いながら、今までの感謝の気持ちを伝えることができませんでした。今までありがとうと言ったら、本当にお別れになってしまう気がしていました。 もっとしっかり感謝の気持ちを伝えて、元気なとき、あれもしてあげればよかった、これもしてあげればよかった、と考えます。 実家で、結婚するまでずっと一緒に暮らし、本当に可愛がってもらったので、思い出がありすぎ、あとからあとから在りし日の祖父の姿が浮かび涙が止まりません。 この世界でもう二度と祖父に会えない、話すことができないという現実に押しつぶされそうになります。 小さな息子がいるので、なるべく気丈でいたいのに、お通夜も告別式も号泣してしまいそうです。 亡くなった瞬間よりどんどん悲しみが増している気がします。気持ちの整理のつけ方を教えてください。

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63歳の母の死

約1年前に白血病前段階のような不治の病が発覚。 今年の12月に入り主治医から年内は難しいと言われ個室に入ったが極度の怖がりであること、心細さ、気を使う人なので看護師さんにお手洗いの付き添い、お下の世話を頼むのも難しいだろうと思い、また最期まで人として尊厳が保てる生活を送って欲しかったので(排泄をおむつにためたままになったりしないよう)、病院に泊まり込みで付き添い看護をしました。 人に体を触られたり、心配されたりするのがあまり得意ではない人柄の母が12月に入ってからは私にお手洗いの付き添い、おむつの交換、ポータブルトイレの清掃、をさせてくれました。 痛いときには「痛い痛い」と言ってくれました。介護する私に「最期は楽な方(鎮静剤で眠ったまま最期を迎える)選ぶけどごめんな」と言った、死にたくなるほど痛いのにそんな中でまで私を気遣った母。 お通夜お葬式はひと目をはばかることもできず参列者の前で泣き崩れ「おかあさんー」と叫びました。 今でも母の死を受け入れることができません。子供二人の前で夜な夜な泣き崩れベランダから「おかあさんー」と大声で叫ぶ始末です。 結婚して離れて住んでいたので、頻繁に会える仲ではありませんでした。今でもただ会えないだけ、と思い生きている体で、日々を過ごすのは良くないのでしょうか?母は、いまどこにいるのでしょうか?母は、今何をしているのでしょうか?どうすれば母と話ができるのでしょうか?私は、また母と同じステージで会うことがでるのでしょうか?間もなく引っ越しを控えているのですが、お盆等に母は、迷わず私の新居に来れるでしょうか?私の新居を楽しみにしておりました。母は、私の新居を見ることができるのでしょうか?実家ではもちろん炊きますが私の家でもおがらを炊いて母を迎えても良いのでしょうか?自分が何を思いたいのかどうしたいのかもわかりません。。食道楽で美味しい物が大好きでした。最後の1ヶ月は殆ど食べる事もできませんでした。今はお腹いっぱい食べれているでしょうか?今でも「▲▲食べに行こうや」と連絡が来るんじゃないかと思っています。○○ちゃん(長女)にイチゴ買うたって、お肉買うたって、クリスマスプレゼント何しよ。○○君(長男)また虫取り?と連絡が来るような気がしてなりません。母にはこれから楽しい事がたくさん待ち受けていたはずです。 母と話がしたいです。会いたいです。

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