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「老病死」を含む問答(Q&A)一覧

おばあちゃんとおかあさんとわたし

おかあさんは ずっとずっとずーっと 「わたしもあんなふうになりたい」 といってきた なぜなら おかあさんのおかあさんのおばあちゃんが わがままほうだい いいたいほうだい すきほうだい かってきままにいきているようにみえていたからで でもその 「わたしもあんなふうになりたい」 とおもっていたおかあさんのおかあさんのおばあちゃんが いっきにぼけて いじわるになって がんこになって びょうきになって たおれて きゅうきゅうしゃではこばれて にゅういんして いえにもかえれなくなって ゆいいつのたのしみだった しょくじもろくにとれなくなって といれにもいけなくなって おむつになって ・・・ そうしたら さいきん 「わたしはあんなふうになりたくない」 というようになった あんなに おかあさんのおかあさんにあこがれて うらやましくて うらやましくて 「わたしもあんなふうになりたい」 そういっていたのに さいきん ずっとずっとずーっと 「わたしはあんなふうになりたくない」 そういっている わたしのだーいすきなおばあちゃん こどもがえりしたおばあちゃん かわいいおばあちゃん おかあさんのおかあさんのおばあちゃんは おかあさんのあこがれであり おかあさんのもくひょうであり ついくらべてしまうあいてであり もっともおおきなそんざいなんだな そんなことを 「わたしはあんなふうになりたくない」 という さいきんのおかあさんのくちぐせから おもうようになった わたしはまだわかい おかあさんよりわかいし おばあちゃんよりわかい これから おかあさんのとしになっていき おばあちゃんのとしになっていく そのとき わたしはどうおもうのだろうか? 「わたしもあんなふうになりたい」 「わたしはあんなふうになりたくない」 いまのわたしには まだまだわからないけれど きっと どちらのきもちもけいけんするのだろう それが いきていくということであり おいていということであり だれにもとめられない ときのながれというものなんだろう そんなことを おかあさんと おかあさんのおかあさんのおばあちゃんから わたしはいま おしえてもらっている これがしぜんというもの?

有り難し有り難し 3
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祖母が亡くなりました。

私は父母私の3人家族で私は現在32歳独身です。 8年前に父方の祖母と祖母の家で同居することになりました。 同居して少しした頃から祖母は認知症になり始めはデイサービスで通いで老人ホームに行っていたのですが、ここ何年かは泊まりでずっと施設にいてお正月お盆などそういったときに家に帰ってきていました。 私は祖母と暮らすことを楽しみにしていて、同居し始めた時は毎日お話をしてたまにどこか出かけたり仲良く過ごしていました。 しかし私の母とは嫁姑のよくあるいざこざがあり、特に祖母は素直に感謝することがあまりできないのでそれがだんだん母にとってストレスとなり同居が母の負担になっていました。 私は母をすごく大事に思っていて仲も良いので、母に攻撃する祖母がだんだん嫌になってきました。 認知症のせいか私にも嫌がることをしてきて、祖母に対してきつくあたったりもしてしまったこともありました。 一緒に暮らすのも窮屈になり、祖母がデイサービス 泊まりの施設利用をすることで家族のストレスが軽減したのが事実です。 内心ホッとしたのも事実ですが、老後に施設に預けられて祖母は生きていて幸せなのかと考えるようにもなりました。 私は心のどこかで今日までずっと罪悪感がありました。 あのときなんであんなにきつくあたってしまったのだろう、もうちょっと優しくできなかったのかな?と。 施設にもあまり会いに行かず、最近ではお正月に少し顔をみたくらいでほとんど会うこともなくなっておりました。 そんな祖母が今朝息を引き取りました。 数週間前から施設であまり喋らなくなり食欲もなくなっていて、介護ができる病院に移って割とすぐに他界してしまいました。 亡くなる前に私も病院へ行き意識がなく呼吸の荒い祖母に声をかけずっと手を握っていました。 手が冷たく血圧も低く、このまま目を開けることなく亡くなるのかもしれないと思うとだんだん悲しくなり涙が止まりませんでした。 今日の今日までこんな薄情な孫だったのに涙を流すなんて私に悲しむ資格があるのかと思いました。 過去の楽しかった出来事が込み上げてきてより悲しくなり、過去に私が祖母にきつく当たってしまったことを思い出し後悔し、私の心の中は悲しみと罪悪感でいっぱいです。 どう気持ちを整理すれば分からずここに質問させていただきました。 乱文ですみません。よろしくお願い申し上げます。

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彼氏に「がん」が見つかりました。

こんばんは。 またご相談させて下さい。 先日、半年ほど付き合った彼に「がん」だと明かされました。 旅行から帰ってきて2週間後に伝えられ、もう一緒にいない方が良いと言われました。 まだ結果が出る前だったのでステージなど詳細は聞いていません。 ですが、彼の気持ちを思うといたたまれませんでした。 離れることは私としては何か違うのではないかと思ったので、離れるつもりはないことを話しましたが、 彼は私に「いつまで治療がかかるか分からないこの今の暗い状況で一緒にいて、仮に治っても曰く付きの人間と生涯を共にするとかそんな人生は選ばない方が良い」と言っていました。 治療に専念したいし、病気の人と離れる事は他人が言うと差別になるから当事者の僕やからこそ言える事だと言いました。 私の将来を背負うのは遠慮しておくと。 どういった気持ちでこんなことを話してくれたのだろうと思うとつらくてたまりません。 私に何もできないことが本当に本当に悔しいです。 どうしたらいいのでしょうか。 彼はまだ30代半ばです。 私は病気は治ると信じているし、独りでいる事はとても辛いと思うから一緒に戦いたいです。 家族に反対されてもいいです。 私は将来時に妻になって全てを知って支えになりたいです。 私が何を言っても彼は拒むと思います。 でも強がりでそう言っているようにもみえています。 本当に優しい彼にいつも救われてきました。今度は私が助けたいと、彼と「がん」と共に歩むことを覚悟しています。 彼の優しさを察して身を引くべきなのでしょうか。 ここへ相談している時点で私には覚悟が足りないのでしょうか。 彼にとって私のしようとしている行動は迷惑な話なのでしょうか。

有り難し有り難し 14
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1歳9ヶ月の娘が亡くなりました

初めて質問させていただきます。 先日、大切な一人娘が、1歳9ヶ月で亡くなりました。 娘は持病も無く、予防接種も全て受けていて、亡くなる前日は家族でお花見をして走り回っていました。 お花見をした当日の夜に一度吐き、その後すぐ眠りにつきました。 鼻水も出ていた為、風邪だと思い次の日耳鼻科へ連れて行きました。 痰が絡み息苦しそうだった為、気管支を広げる貼付剤を頂き、そのお薬はお風呂の後に貼るもので、貼ってから5時間程で効いてくるとの事で、早めに軽くお風呂に入り、薬を貼りました。 しかしその後どんどん病態が悪くなり、何度も吐いてしまいましたが、私は薬が効いてきたら苦しさも楽になるだろうと思い込んでしまいました。 娘は夜中起きる度に小さな声で「ママ」と呼んでくれました。 その都度抱っこするとすぐに寝ていたので、私もいつの間にか隣で眠ってしまいました。 それからどれ位経ったか分かりませんが、娘の様子が気になり目を覚ますと、娘は息をしていませんでした。 必死で人工呼吸をし、救急車を呼びましたが、娘の呼吸は戻ることはありませんでした。 娘と先生方が頑張って下さったお陰で、心臓は辛うじて動きを取り戻しましたが、それも5日後には止まり、娘は天国へ行ってしまいました。 周りは私のせいではないから自分を責めないでと言ってくれますが、どうしても自分のせいで死なせてしまったとしか思えません。 連れて行った病院が耳鼻科という判断で本当に合っていたのか 何度も吐いて唇まで紫色になっていたのに何故救急に電話しなかったのか 無い力を振り絞って私に助けを求めてくれていたのに何故私は隣で寝てしまったのか 色々な事が毎日頭を回り、眠れません。 葬儀を担当してくださったご住職は、 「魂は因果関係の深い所にまた来るため、お母さんのところに必ずまたやってきます」 と言って下さいました。 しかし私は娘のSOSにも気付けない母親です。 そんな母親の所に本当にまた娘は来てくれるのでしょうか。 私はまた子供を育てる資格などあるのでしょうか。 私も毎日死んでしまいたい気持ちでいっぱいですが、自殺すると天国に行けないという話を聞いた事があるので、それでは娘に会えないから意味がないという理由だけで死ぬことを堪えている状態です。 これからどのように生きていけばいいのか、生きる意味はあるのか教えて下さい。

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夫の死ぬ死ぬ騒ぎに疲れました

味覚障害なので死ぬそうです。 警察、病院、医師などに相談したのですが、夫の自殺をとめるにはどうすればいいでしょうか? 警察にもお世話になりました。自殺すると飛び出していったので、警察に連絡して保護してもらいました。 なんどもお坊さんにも相談しましたが、「味覚障害で自殺」という心理が私には理解できないのです。 自分も子供のころ風邪をひいて味覚障害に1か月ぐらいなった記憶があります。 そのうち治るという言葉を信じていたらそのうち治りました。ケーキの味が苦くて悲しかった記憶はありますが、死にたいとは思わなかったです。 舌癌、さらなる癌、でも闘病がんばっている女優さんもいるのに、うちの夫は味覚障害で死ぬ死ぬと毎日うるさい。 何件も病院に行きましたが、お医者さんも「はいはいはい」という対応です。 きっと医者も困っているんですね。 上顎洞がんかもしれないので、医者に内視鏡で診ますからと言われても、内視鏡は痛いからやだ。 もしも癌でほかに移転したら、死ぬほど痛いんじゃないかと思うんですが。 それも耐えられないほどの痛みで血もでるんじゃないかと。 夫は仕事も辞めてしまいました。 ほとほと疲れました。 そんなに自分の母親のいるところに逝きたいのでしょうか? ほんとう姑に申し訳ないです。せっかく育ててた息子が自殺で命落とすとは、姑も成仏できないと思います。 そう正しても夫はわからないみたいです。 今日も、いつもの死ぬ死ぬ騒ぎ発動で(私が)医者に電話したり、早退して会社から戻ってきました。

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突然の自死、苦しく辛いです。

内縁の夫が自死しました。 20年余り夫婦の様に生活をしてきました。夫は既婚者でしたが、知り合った時は、別居中でした。 夫は経営していた会社の借金の為、自宅を抵当に入れていたので、奥様から抵当を抜かない限り、離婚はできなと言われ結局離婚出来ないままになりました。 その夫が、先月末に突然自死致しました。 理由が分からず、いつも明るく、優しい人で亡くなる4日前には私の母、娘家族(婿、子供2人)と自宅で夕食会をし、翌日は東京に行きました。(仕事の関係で月の半分は東京に行っていました)翌週の土曜日には花見行こうと約束をしていたのに。 突然朝方4時頃に夫から、お別れのメールが届いていました。 その日は東京に居てるはずでした。 私が気付いたのは朝の9時頃で、そのメールを見てすぐに電話、メールを送りましたが、返事は有りませんでした。 不安で仕方なく、地元の警察に連絡し事情を説明し、確認して頂く様にお願いしましたが、私達は戸籍上親族ではないので、先方(奥様)に確認して対応しますのと事でした。 全くの蚊帳の外で、私達には安否は教えられないとの事でした。 何とか、安否が知りたく、仕事関係や私の分かりうる全てに連絡し、 海に転落し亡くなったと分かりました。 警察では事故と処理されました。 私はメールが送られていたので、事故じゃなく自死だと思っています。 メールには私の事が気がかりだと、すまないと、詫びる言葉がありました。死を選ぶ程の夫の苦悩は何だったのか、呑気に甘え放題で夫の苦しみに気付く事も出来なく、私ってなんてバカなんだろう。 今は朝、目が覚めた時に、夫が居ない現実が一日始まると思うだけで、絶望で胸が張り裂けそうです。なんで私だけ生きているのだろう。 年老いた母にはこれ以上、悲しく辛い思いはさせる事は出来ません。 娘達にも、これ以上の苦しみを与える事は出来ません。 だから、夫の後を追う事は出来ませんが、生きる希望・目的が無く、ただただ一日をやり過ごす無意味な人生になりました。 夫に会いたいです。夫の魂を感じたい。 苦しく辛いです。助けて下さい。 自死の魂はいつまでも苦しむのでしょうか。 写経は徳を積めると聞き、写経の「為」に夫の名前を書いて納めています。少しでも夫の魂が安らかな場所に行ける供養をしたいので 教えてください。遺骨も何もありませんが。

有り難し有り難し 14
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最愛の彼が他界して、気持ちがついていかないです

最愛の彼が他界しました。1月中旬に体調不良をうったえ、病院に行ったところ、そのまま入院となり、2か月間の闘病のすえ、残念ながら、3月末に亡くなりました。 17年ともに暮らし、亡くなる3日前には病室でプロポーズをしてもらいました。 彼は、いつもそばで支えてくれて、ともに笑い、涙し、一緒に夢を描いていました。 純粋で、穏やかで、優しくて、ユーモアがあって、強くて、とっても愛がある彼はたくさんの人に愛されて、可愛がれていました。 辛くて、不安で、こわい闘病中も、周りを気遣い、冗談を常に言い、病棟でも看護師さんたちの人気者でした。 入院中は家族のみの面会でしたが、特別に許可をもらい、毎日病院に通い、時間をともに過ごしました。わたしの訪問をいつも楽しみに待っていてくれました。遠方にお住まいのご家族はなかなか病院に来ることもできず、親友にも会うことができず、、、 最期の最期まで、絶対に復活することを信じて、辛くても、苦しくても「大丈夫、大丈夫」「OK、OK」「想定ない」と常に強気に言っていました。 一緒にこれからも生きることを描いて、一日、一日、必死に生きていました。病床では、退院したら、あれをしよう、これをしようといつも話していました。残念ながら、ひとつも叶えることができず、この世を去りました。 本当に死の直前まで、彼は生きることしか考えておらず、、、彼の想いを考えると、涙が溢れて、とまりません。 彼の仲間から、「たくさんの人に愛されて、趣味に生きて、最期は1番大切なあなたに看取ってもらえて、彼は『楽しい人生だった!』と絶対に言ってるよ」と言葉をかけてもらうのですが、彼はいまも悔しさでいっぱいなのでは?と思い、本当に苦しいです。 また友達から、「唯一の心残りは、あなたのことだから、ずっとそばにいて、見守っているよ」、とも言ってもらえるのですが、明後日はもう四十九日の法要です。彼はわたしのそばを離れていってしまうのでしょうか。 彼の人徳のおかげで、わたしの友達だけでなく、彼の友達もわたしを心配して、気にかけてくれて、いろいろ支えてくれています。 また坐禅を何度か試みたのですが、彼への想いが強くなり、涙がとめどとなく溢れてきます。 彼はいま何を想い、何をしたいのでしょうか。 どうやって2人の想いを整理して、前を向けばいいのでしょうか。 まとまりがなく、すみません。

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死は存在しない

もう10年以上も前になりますが、母の命日が近付くと、色々と考えます。 不治の病を宣告された母。いわゆる「手かざし系宗教」の信者である叔母(母の妹)から勧誘され、藁にもすがる思いで行った本山で「あなたには助からない相が出ている」などと訳知り顔で告げられた母。 同行した父親も勧誘されましたが、断ったとの事。 (父も母も、元々は徹底した無宗教、無神論の人でした) 母は闘病中も死の間際も、「私が死んだら○○を宜しく」 なんて言葉は一言も言いませんでした。 私は、人の思考は死を思う為には出来ていないと考えます。 脳はあくまで、身体を効率よく動かし合理的に生き延びる為に、進化の過程で生物が獲得した器官であり、「死」なんて抽象的な思考を弄ぶ為のものではないと思うんです。 死んで肉体の機能が停止すれば、感覚器官(眼や耳、肌など)も停止し、仮に死後が存在するにしても、想像を絶する世界を見て、感じるはずです。軽々と「死後の世界」なんて言えるはずが無いです。 生物の脳も身体も、ひたすら生きる為に作られています。死ぬためにつくられてる訳じゃないです。だからこの脳、この身体で死について考えること自体ナンセンスで、飛ぶ為に作られていない私の手で、鳥のように空を飛ぼうとするようなものです。 お釈迦さまが死後を無記とした真意は… 私は、死後が浄土であれ輪廻であれ、あるいは本当に恐ろしい事ですが正真正銘の「無」であっても、仏教の救いに変わりはないと言う事ではないかと考えます。 人は死なないです。死の間際でも、風邪をひいたように、一晩明ければケロリと治ってると心の奥底では信じて最後の日まで生き続けるのではないでしょうか。 母は死の間際まで死を考えませんでした。少なくとも、口には全く出しませんでした。何かを悟っていたのか、一片の悟りもなく生にしがみついていたのか今では分かりません。 ただ、母の姿を思うと私も生の続く限り全力で生きたいと思うばかりです。 「生きてる時は死んでいない、死んだら生は無い、だから死は存在しない。死を恐れず、生を全うせよ」と言ったギリシアの哲人に、私は賛成です。 こーゆー考えもまた、妄想でしょうか? 「これだけ問答を重ねて、君はまだ何も分かってない」とお叱りは覚悟の上です。 日々、人の死と向き合っているお坊様方の実感を聞かせて頂ければ嬉しいです。

有り難し有り難し 12
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祖母の人生と私の人生についてです。

私は、幼い頃から母子家庭で 共に歩んできた母をも中学生の時に自殺で無くしました。その後、祖母と伯父に育ててもらい20歳になりました。母が私に託してくれた遺産で母と約束したとおりに留学をして大学へと進学しました。伯父への恩返しとして、伯父が務めている塾で講師としてのアルバイトもしています。 長年、共にしてきた祖母なのですが近頃は体調が優れないことも多く少し心配です。そんな祖母も83歳になりました。祖母は曾孫を見るまで生きるんだ、長生きするんだと言ってくれています。 ここで、相談なんですが私は家族の生活のためにしているアルバイトと大学の兼ね合いで平日は外に出ているため祖母を家に1人にしています。ふとした時に、寂しいなあと祖母が言っているのを聞いて、私は自分が何をしたらいいのか分からなくなってきました。祖母は、毎日近くのスーパーへ買い物に行き昼寝をして食事を作ってテレビを見て愛猫と戯れるの繰り返しで寂しいのかな、私が家にいないせいかなと自分をどうしても責めてしまいます。 もう、そんなに先が長くないというのも分かってるんですが、この先私が就職をして結婚をしたらもっと祖母が寂しくなるのではと思ったら何だか自分の人生に前向きになれません。どうか、何かアドバイスなどありましたら教えてください。

有り難し有り難し 18
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単なる「8050問題」ではない

こちらhasunohaには何度か書かせていただいた通り 私はここにいないことになっています また両親は私=精神障害者という現実を受け入れられないまま隠し続けています 両親は団塊世代であり 私は団塊ジュニア世代 まさに今社会問題となっている「8050問題」に差し掛かりつつある状態です では「8050問題」とは何なのか? 簡潔に言えば80の老いた年金生活の親と50の引きこもりの無職の子が同居し生活苦の中でさらに孤立を深めていくという社会問題 で 私と言えば精神疾患は長く患っているけれども 精神障害者認定を受けて障害者年金を受給し始めて只今3年目になります そうせざるを得ないと思ったのはやはり年金生活を送る両親の負担軽減の為 で 私が今思っていることは 私は単なる「引きこもり」じゃない!ということ 障害者年金の中から税金や生活費を支払いながら病気と闘っている最中である!ということ 私は決して隠れているのではなく 引きこもりたくて引きこもっているのではなく 両親が私の存在を隠したがるから仕方なく息を潜めて生きているだけのこと だから私は「引きこもり」じゃない! 「うちは深刻な8050問題に直面している!」という両親の考え方は筋違いというもの 自分たちが娘を「引きこもらせている」という事実を忘れてしまっているのではないか?と思うのです 「現実逃避」「障害者偏見」がたまたま「8050問題」とシンクロしてしまった状態が今の私の真の家族の問題ではないでしょうか? 中高年の引きこもりは確かに大きな社会問題となっていることでしょう それは分かります 何とかしなければならない問題だと私も思います でも私の家族の問題とは少し違うのではないでしょうか? 私は家族親族の冠婚葬祭に参加したこともありません たった1人の兄の結婚式にも参列できませんでしたし 祖父母や親戚のお葬式にも参列できませんでした 精神障害者の私を近親者には会わせたくない 恥ずかしい みっともない 世間体が保てない 自分たちは完璧で理想的な家族と思われたい 「8050問題」のニュースや新聞記事を視ながら嘆く親の姿を見ていると 何だか問題が摩り替えられているような気がしてしまうのですが… それでも私は「8050問題」の「引きこもり」だと思われますか?

有り難し有り難し 11
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死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 62
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病気の痛みに耐えたけどもう限界です

この歳になって色々考えさせられました。自分が老いていく事等。今までに必死に生きてきた。人が大っ嫌いだった。子供も3人。上の2人は私を知らん顔で出ていき1人残った子はまだ中学3。今の旦那は再婚でまた子供を殴る人。また失敗した。 私は現在、未破裂脳動脈瘤3mmいつ破裂するかわからない時限爆弾と、子宮頸がん異形成。いつガンになるかわからない。そして、心臓神経症であちこち痛くて寝るのままならない状態でうつ病再発。占いの人に今年は入院するとか、手術するとか言われて余計に不安になった。旦那と7年、5年前から家庭内別居、面倒見てくれてるのは子供。可哀想で。 でも、私は何もできない。体が痛くて時々死にたくなる。いつも子供が傍で見てくれてる。旦那はうつ病に金かかると。私がしっかりしたいのに何も出来ない。何故こんな理由のわからない病気ばかり。いつ死ぬかばかり考えて怖くなる。生きたい。でも、痛みで死にたい。仏様やご先祖さまに怒られる。早くに亡くなったお父さん。お父さんの愛情だけ知ってます。今は兄妹との連絡も繋がらない。母との連絡も取れない。友達はいない。孤独だ。子供しかいない。孤独だ。 誰も答えてくれない…… なんだよ……もういいよ さよなら

有り難し有り難し 58
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