お世話になっております。 何度かこちらに投稿させていただいたり、ネットや本で仏教のことを知るたびに、仏教の教えが自分に必要なこと、訓練しなければならないことということを知りました。 今は、お坊さんのように上手にはできないけれど、できるだけ煩悩に流されずに生きたいと思っています。 ですが、やっぱり中々うまく出来ずに「自分はダメだ」と落ちこんでしまいます。 こういうとき、僧侶の方はどのように自己否定感と向き合っているのでしょうか。 特に、自分が手放したいけど手放せない煩悩は「怒り」です。母と姉への強い怒りがあり、それを隠そうと思っても、顔を見た瞬間に怒りと憎しみの気持ちがムクムク溢れてきて、止まらなくなります。 母と姉を「許す」ための取り組みも試みましたが、未熟な私にはまだ無理のようです。 煩悩(強い怒り)に勝ち平穏に生きるために、僧侶の方がされていること、また仏教的にしたらよい取り組みがあればご教示いただきたく、よろしくお願いいたします。 (ちなみに先程イライラして、ストレス発散のためにまたコンビニで無駄買いしてしまいました。自由と安寧にはほど遠いです…。)
いつもお世話になってます。実は友人にクリスチャンの人がいるのですが、カトリック、プロテスタントも仲が悪いし、プロテスタント内でも色々な教派がありお互いに仲が悪いそうです。それに比べ、仏教は宗派に別れていても昔はともかく現在は仲がよくいい関係みたいに見える、うらやましいと言ってました。そこで質問なのですが宗派間でお話し合いとか協定?とかされているのでしょうか?
10日ほど前に父親が亡くなりました。葬儀は浄土真宗のお坊さんにお願いしました。実家には高齢の母親が1人で住んでいるため、1人でいるときに火を使うのは危ないと思い、お線香をあげないようにお願いしてしまいました。しかし、四十九日まではお線香を絶やさないように、といったものを見るとほんとうにそれでよかったのか悩んでいます。お茶や、ご飯、生前好きだったお酒などお供えして手を合わせることでも大丈夫でしょうか。またそれらを母が毎日しなくても大丈夫でしょうか。 ろうそくも危ないので、蝋燭灯を買い求めつけてくれています。 離れて暮らしている私も手を合わせることで供養になりますか。その時お念仏を唱えるのか、父に話しかけたらよいのか、どのようにしたらよいでしょうか。 父親は、生前お念仏を唱えたり、信仰があったわけではありませんが、それでも救われますでしょうか。お酒好きでわがままなところもあり、怒りやすく人に迷惑もかけたこともあったと思いますが、優しく愛情もある人だったと思います。 間違った行いをしたこともあると思いますが、それを反省したのかはわかりません。 父がどこにいくのか確かめようがありませんが、救われて欲しいと願っています。 質問が複数になってしまいすみません。どうぞよろしくお願い致します。
お世話になっております。六波羅蜜の忍辱と因果応報について、合わせてお聞きしたいことがあります。六波羅蜜の忍辱の修行は、人それぞれの解釈というか、正解があると思います。僕は忍辱は、自分の考えかたや、捉えかたを、変えることだとは思います。ですから、僕に自因自果、というか悪因悪果の報いが現象化してきた時に、「それ」をどう捉えるかということを、意識して変えようとするのですがうまくいかないです。どうしても瞬間的な怒りが湧いてきて、そのまま精神を持っていかれたりするからです。さらに言えば、悪果が理不尽なことであればあるほど、何か月も思い出すたびに相手やその出来事を恨んだりしてしまいます。これは、僕自身が因果応報を心の底から信じられないよう所為な、己の無知の所為なのかもしれないです。ということは、因果応報を心の底から信じられるように、自分の解釈を変えられたら怒りや恨みが抑えられるのかもしれません。このように、自分の信念を変えることが忍辱なんでしょうか。
私は先祖代々◯◯◯◯宗なのですが、とある和尚さんとの出会いで真言宗に興味を持ち、真言宗を勉強しています。 月一で参拝するお寺も真言宗のお寺様です。 先祖代々◯◯◯◯宗でそのうち本家の仏壇なども私が見なくてはならないのですが、私は真言宗に改宗したいと考えています。 先祖代々◯◯◯◯宗なのに私の代で真言宗に改宗することは良くないことなのでしょうか? あと改宗するにはどうしたらよいのでしょうか? お寺様に行って改宗したい旨を伝えれば改宗はできるのでしょうか?
天台宗と真言宗の違いとは、何でしょうか?
私は、罪深い人間です。 私は、人一倍欲望が強いです。 その上、頭も悪く、顔も悪く、器も小さく、喧嘩っ早く(知らない人に喧嘩売った経験あり)、ネガティブな思考で他人の不幸を喜んだり、嘘を付いたりする様な人間です。 小中学生の頃はクラスで浮いた存在になりたくなくて、優しそうな人を見つけてはその人を虐めてました。 他にもありますが今回は省きます。 こんな人間でも浄土に行く、或いは解脱は出来ますか? 地獄に堕ちる覚悟は出来てます。
私は小学5年生の頃にゲームで人を裏切りました。ギフトを送ってくれたら返すなどと言い、ギフトを送ってもらい,そのまま返さないでいました。最近はそのことを後悔し,1年前から裏切ってしまった人達に返すように努力をしました。しかし、そのゲームのアカウントが消えている方などには,お返しをすることが出来なく悔やんでいます。私が死後の世界について知ったのは裏切ってしまった後です。そのため,私は後悔し,そのアカウントで謝罪をしました。 質問です。 1そんな私は地獄に堕ちるのでしょうか 2地獄に堕ちることを避けれるのでしょうか? 3これからはどう生きていけば良いのでしょうか?
いつもお世話になっています。前から気になっていたのですが、真言密教と天台密教はどういう違いがあるのでしょうか?経典も違うと聞きましたし、主神も違うと聞きました。教義とか概念とか難しい言葉になっても良いので教えて下さいませ。 追記 なぜかまだお答えをいただいていません。お答えお願いいたします。
日々神社仏閣へ参拝に出かけたいという気持ちが強いものの、北米(保守的な土地)に住んでいるためそのような環境がありません。 中華系のお寺はいくつかありますが、あまりウェルカムな雰囲気でなかったり、何となく禍々しい雰囲気が漂っていたりして、どこも気軽に出かけられる雰囲気ではありませんでした。また、いくつか教会に出かけたこともありますが、そちらも何となく自分とは合わないと思いました。 そのような場合に家でできることなど、信仰上のおすすめの方法などがありましたら教えてください。(朝晩の勤行は数年来しています) よろしくお願いします。
真言宗の三摩耶戒についての質問です 私の手元にあります勤行次第(檀信徒常用経典)には三摩耶戒という項目があります。 密教ならではの戒律のようですが、私は結縁灌頂を受けていませんがお唱えしても大丈夫でしょうか。 (毎日、勤行次第の順番通りにお唱えしています) ネットで調べたところ「心と仏と衆生は平等一如」みたいな教えのようですが、このへんも詳しく教えて頂けたらと思います。 それと素朴な疑問なのですが、どうして普賢菩薩さまと同じご真言なんでしょうか? いつも質問ばかりですいません。 よろしくお願いいたします。
いつもお世話になっています。長年の疑問ですが、テレビや本で霊能力者とかがよくサラッと言ってる守護霊の事ですが、いまいちその存在を信じられません。私の親も信じられないと生前言ってました。がその反面、虫の知らせ的な悪い予感的なもので事故やピンチを切り抜りぬけた事もあると言ってました。しかし、即それがイコール=守護霊とは考えてませんでした。私も同じくです。仏教には守護霊という教義や概念はあるのでしょうか?難しい話になっても構いませんので詳しくお答えお願いいたします。すみませんが納得しない場合もありますので気を悪くしないでくださいませ。
こんにちは。ちょっとだけ、質問させていただきます。六波羅蜜の一つ、忍辱は具体的に、どういった修行なのでしょうか?日頃のストレスに反発せずに耐えるみたいなことであってますか
つれづれなるままに小学館 日本古典文学全集 歎異抄を読んでみました。 さすが親鸞聖人、輪廻転生をどう逃れるか、その難しさを嘆いておられます。 歎異抄は「仏教の目的」を如実に示しています。 歎異抄(現代語訳) 第一部 三 ーーーすべての煩悩を身につけているわたしたちは、どんな修行によっても、生死を重ねる迷いの境地をのがれることができないことをーーーーー 五 ーーーそのわけは、あらゆる生き物は、すべてみな、過去のいずれかの世に生まれ変わり生まれ変わりした、いずれかの時の父母や兄弟だからです。ーーーーー 九ーーー限りなく遠い過去から今まで生まれ変わり死にかわってきた、苦悩に満ちた故郷ともいってよいこの世は捨てにくく、まだ往生していない、ーーーーー
悟りについて興味があります 現在は、「今、ここを生きる」というチベットのお坊様の書かれた本に従って、一日中マインドフルでいられるように精進しています 禅の本やテーラワーダの本、チベット仏教やボン教の本まで読みましたが、実際に現場にいる僧侶の方の体験を聞いてみたいです 「認識が止む」のような、なにかしらバチっとした特殊な体験が一度だけあるのか それとも徐々に深まっていくようなものなのか 宗派を問わずご教示くださったら幸いです
1. 解脱=悟り=涅槃ですか? 2. 解脱とは実際にあることですか?なにか架空のことではないですか? 解脱がなにかわかっているわけでもなく、質問しています。 インターネットや本で調べたほうがよい内容ですが、よくわかりませんでした。
日蓮宗の信徒です。 幼少期より、朝夕の父の仏壇のお勤めを見て、方便品第二や寿量品第十六など自然と覚えておりました。 一昨年父が他界し、今は私が仏壇へのお勤めをしております。 その後、二十一、二十六、二十五、十二と徐々に読めるようになり、更に今まで知らなかった内容(意味)についてもYoutubeなどを見始めております。 二十八品全ての道のりは長いですが、敢えて順番を付けるとすると、次やその次とどのように勉強していけば良いのか、ご意見を頂けますと幸いです。 また、具体的に、次の時にはどの品を読まれているのかもご教授頂けますと幸いです。 今後、菩提寺様や久遠寺など、行事に参加する機会を増やしていきたく、その際にお上人様とご一緒に唱えられるものを増やしていければと思っています。 ・*周忌法要 ・御施餓鬼 ・立教開宗会 ・祥月命日 ・お葬式 ・その他、重要な行事 よろしくお願い申し上げます。
母がお仏壇をお祀りするにあたり、ご本尊は普通のお仏像ですが脇侍を見ていて可愛い童子型の地蔵菩薩様か観音菩薩様をお祀りしたいと考えているのですが一般的なお姿の普通のお仏像が良いのかアドバイスをよろしくお願い申し上げます。