輪廻があるなら、私は天界も地獄も見て来たのでしょうか?
こんにちは。
前回質問で、輪廻思想がどうも腑に落ちない、と主張した者です。
ただ、輪廻に限らず、事物が「ある」とも「無い」とも断定するのは中道の教えに反すると感じるので、輪廻思想の側からも質問させてください。
輪廻転生があるなら、私は六道あらゆる世界を見て、生きて来た事になりますよね。何しろ仏教の宇宙観は無数劫の時間スケールで成り立ってるのですから。
また、私は、いわゆる地球外生命というものも、必ずどこかの惑星で誕生し生を営んでいると信じています。
そうなると、私の魂(?)は天上界のめくるめく壮麗な世界も体験して来たし、地獄の底の恐ろしい責め苦も受けて来た事になりますよね?
また想像を絶するような異星の光景も目の当たりにしてきたのではないでしょうか?
輪廻転生が教えているものって、
「そういう一切合切の有情は、別個に生きているのでなく、過去、現在通して、物質から魂のレベルまで、密接に繋がって生きてるんや。天人も地獄の衆生も、あらゆる命も決して他人事じゃおまへんで。なにせアンタがそれ自身だったんだからな。」
と言っているようにも思えるんです。なぜか関西弁ですが。
そういう所から、いわゆる慈悲って生まれるのでは無いでしょうか?
生前や死後を無記とするのは「智慧」ですが、また輪廻をわが事として受け止めるのは「慈悲」の根源なのかな?とも思います。
この2つの考えは矛盾するものではないとも、私には思えます。
お坊様方は輪廻と言うものをどのように受け止めてるのか、気になったので再び質問させて頂きます。
お考えを聞かせて頂ければ嬉しいです。

有り難し 28

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