昨年の3月、難病の心臓病で主人を亡くしました。 1年間入院したままでした。 年は越せない、桜は見れないと言われながら、3月半ばまで生きてくれました。 今も尚、悲しくて淋しくて、なぜ私を置いて1人だけ逝ったのかと涙が溢れます。 最後の数時間、どうにかして欲しい、と繰り返す主人が浮かんで消えません。 苦しむ姿が目に焼き付いて離れません。 きつい水分制限も、こんなに早く死が来るのなら飲ませれば良かった。 もっとマッサージもしてあげれば良かった。 もっと寄り添ってあげれば良かった。 もっと話を聞いてあげれば良かった。 もっと、もっと、と思ってしまいます。 点滴の針も入らなくなり、尿も少なくなり、身体中浮腫み、面影すらなくなりました。 こんなに苦しまなければ、人は死ねないのかと思いました。 私を、子供たちを大事にしてくれて本当に愛してくれました。 2年前、病院に泊まりこんでいたこの季節、あの日はこうしていたなぁ、 大晦日はこうだったな、お正月は、、、と次から次へと思い出します。 後悔ばかりが押し寄せます 今、どんな思いで私を見ているんでしょうか? 苦しみからは解放されているんでしょうか?
先日祖母を亡くしました。死因がコロナ関連死だったのと、火葬場の混雑により死後11日過ぎにお通夜、その翌日に葬儀を執り行う予定です。 しかし、上記のスケジュールのせいで初七日の法要ができず、また三途の川の渡賃も棺に入れられてないまま本日初七日を迎えてしまいました。 このままでは祖母は秦広王様や不動明王様から良い裁きを頂けないのではないか、三途の川をうまく渡りきれず地獄に行ってしまわないかとても心配です。 とはいえ、本日が初七日なのと自分が喪主ではないため急に法要もできず、仏壇に線香を上げるだけで良いのか、自宅や初七日を過ぎた後何かできることはないのか、不動明王様をお祀りしている寺院に行って手を合わせるのが良いか、なんとかして無事三途の川を渡り切れるようにするために何ができるのか悩んでいます。 祖母は生前大変信心深い日蓮宗の檀家だったため、可能であれば日蓮宗のやり方をご存知の方にご回答頂ければ幸いです。
相談させて頂きます。 食事が苦痛です。 また空腹に苦しむと分かりながらの一時凌ぎに、屈辱感を抱きます。 睡眠が苦痛です。 束の間の休息も、明日の苦しみを迎え入れる、忌むべき儀式に感じます。 生きることが苦痛です。 息継ぎの快楽と溺れる苦しみを強要された、水難事故のようですから。 死ぬことが苦痛です。 どんな死であれ、私にとっては最も辛い、生理的な痛みに襲われますから。 生まれたくもないのに生まれて、死にたくもないのに死ぬ。 こんな馬鹿げた地獄が一体どこにありましょうか。 学校など小学生からまともに通っておりません。 他人が学ぶ時間を使い、私は怒りに任せて欲を満たしました。 自らで自分を救えないと知れば、警察の指導を守りました。カウンセラーに相談をしました。 それらは彼らの中の私を救うもので、自らの私を救うものではありませんでした。 それでもとあがくうち、怒りの他に無力感が棲み付きました。 今では無力感は無気力を産み、怒りは破滅的殺人衝動をもたらします。 意思疎通が苦痛です。 私は理解しませんし、私を理解されないでしょうから。
僕はずっとバイトしているのですが、ずっと仕事仕事ばかりで、三連勤か四連勤しても休みはたった一日だけというのが毎回です バイト先は人手不足だからという理由なのですが、休みが一日だけなのがイヤです (就職先探すもその仕事先も大切といえばそうですが) 親は若いうちに働いとけと言いますが、やっぱり若い頃に遊んで暮らした方がいいと思います 人生はどうせ一度きり、働くことに費やすより、好きなことして遊ぶことに費やばいいと思います だって、若い頃に働いてばかりで年寄りになったら邪険にされたり邪魔者扱いされるし、身体も弱いから何一つ自由にできなくなるじゃないですか 働くより遊んでいた方が人間、楽しく人生を送っていけるんじゃないでしょうか 時々、生きて働くより死んで極楽に行く方が幸せじゃないのかなと働いている時に思うことがあります、生きるのが地獄で、死こそが天国、なんじゃないでしょうか
とある出来事が娘におきてしまい それの正当性を訴えていましたが 気づいたらこちらがわるいことに 要は権力行使と隠蔽といえば いいのでしょうか。 以前の結婚時後から突然体に異常がおき 検査をするも、不安障害 パニック障害 との診断。 気づけば鬱と診断され それでも娘のために病気に立ち向かい 回復の兆しがでてきた矢先に起きたトラブル 戦うことに疲れた。 いったい正義とは 正当性とは 法律とは 人権とは なんなのか、。 娘は言葉のツールがありません。 それをいいことにあったことを なかった と。 この世の中はいったいなんなんだ。 なにが正しいかもわからなくなり 半月もまともに食べれず なおりかけの精神の病も悪化し 1日中不安障害 強迫性障害に苛まされる日々 わたしがしんで認められるなら この命捨ててもかまわない。 わたしには時間がない。 一分一秒が地獄だ。 薬物による自死と決めた。 次の発作が、きたら、やろうと思う。 だれかに話す気力もなく ここにたどり着きまして 突然こんなはなし ごめんなさい
お世話になります。 私は一人っ子で幼少期に母親が目の前で自殺しました。 父の浮気が原因でノイローゼになってしまっての事でした。 それから40年以上、今でも年に数回は父との交流(父からの電話で安否確認程度)はありますが、私の方では知り合い程度の認識で父とは思っていませんし「お父さん」と呼んだこともありません。 そんな父も齢を重ねてあと10年生きるかどうか、ぐらいの年齢になってきました。現在、当時の浮気相手であり母の死後わずか2年で再婚し私の継母となった女の実家がある遠方で暮らしているようです。 一応私が長男なので最近その父が死んだ時のことをよく考えてしまうのですが、このまま継母の実家で亡くなった場合葬儀もそこで執り行う事になるかと思います。継母は幼少の私をそれは凄惨な方法で何年も苛め抜いた存在であり、私は継母の実家には行きたくありませんし継母の顔を見る事もしたくないのです。 つまり父が彼の地で亡くなった場合は実子であり長男である私抜きで葬儀なり好きにしてくれればよいと考えていますし、父がどこの誰の墓に入ろうがどうでもいいとも思っています。要は父の葬儀を執り行うだとか参列はしたくありません。父の仏前で手を合わせる事もないでしょうし、そもそも故人を偲ぶ値打ちもないと思っています。 これは罰当たりな事でしょうか?周りから非難されるような事でしょうか?死ねば地獄に落とされるような事でしょうか? 私の母を自身の下の欲で死に至らしめた人間の屑とも言える父だったとしても、実子である私が葬儀やら墓やら供養やらをしなければならないのでしょうか?
こんにちは。悩みがあり、お言葉を頂きたく、相談させていただきます。 先日、主人の友人(Aさん)が自死しました。まだ2週間くらいです。 もう4年くらい連絡をとっていなかったそうですが、主人の落ち込みは相当なものです。病気で身近な人を亡くしても辛いので、その悲しみは理解出来るつもりです。 しかし、それからは毎日のようにAさんのお宅を訪ねています。休日などは夕方~深夜まで帰って来ません。 Aさんのお宅には、奥様、お子さん、Aさんのお父様がいらっしゃいます。また、お墓が近くにあるにも関わらず、お骨も置いてあるそうです。 突然そのようになって、奥様や主人の悲しみは計りしれません。また、そうせざるを得なかったAさんの苦しみも計りしれません。 それは分かっているのですが、「そのようなことがあったお宅」に「お骨がまだある状態」で度々訪問するのが、気持ち悪く感じてしまいます。 そこで聞きたいことは、 49日過ぎていない状態で、(一部の宗派を除き、まだ霊的な存在と言われる状態で)何か悪いことがあるのではないか。 お清めの塩はどのようにするのが効果的なのか。 お坊さんから見て、自然死(老衰、病気など)と自死の違いは何か。 私は主人にどう声をかけ、どのように接するのが最良なのか。 の4つです。ちなみに私はAさんと奥様とは面識がありません。 長くなって申し訳ありません。お考えをお聞かせ頂ければ幸いです。
私は今、母と暮らしながら正社員として働いている28歳女性です。 本題の前にかいつまんで生い立ちを説明させてください。私の父は私が3歳の時に死に、それ以降は母と母方の祖母との3人で暮らしてきました。 父の死直後から私が成人する頃までずっと、母も祖母も薬物依存の症状がひどく、家庭は安心できる場所ではありませんでした。と言っても、外では2人とも普通の人間のように振る舞えたため、側から見たら普通の家庭だったと思います。事実、遺族年金で生計を立てていた割に余裕のある生活を送っていたため、私は周りから「恵まれている」と言われながら育ちました。私も、毎食ご飯が食べられて、大学まで通えたのでその点は恵まれていたと思います。 ただ、前述の通り、母も祖母もかなりきつい精神安定剤を常用しており、気分次第で罵倒されたり、夜寝ている時に枕元の壁を包丁でガリガリ削られたり、衣服を切り刻まれたり、生命の危険を感じる事が多かったので、私にとって家庭は安らげる場所ではありませんでした。家族で集まる夕食の時間がまるで拷問のようで、太宰治の「人間失格」に出てくる団欒シーンとまさに同じ、家に住む亡霊に祈りを捧げるために集まっているのかと錯覚するような耐え難い時間でした。 そんな育ちのため、最近まで、私は家庭を持ちたいとか、結婚したいなどと露ほども思わず生きてきました。 ですが、成人して何度か好きな人ができ(恋愛も上手くはいかないので結局振られる結末ですが)、段々と「好きな人と築くなら、家庭って幸せなものなんじゃないか」「テレビで観て嘘だと思ってた、いわゆる暖かい家庭ってもしかして現実に存在し得るのか」と思うようになってきました。 その一方で、家庭が地獄でないはずがない、という思いもあります。自分の経験は少し特殊だとわかっていますが、周りの既婚者も、なんだかんだ家庭の愚痴をこぼしているのを聞くと、やっぱり暖かい家庭って幻想なのかな、と思えます。 家庭ってふつう、どういうものなんでしょうか。 世の中の人は皆、口に出さないだけで地獄に耐えて生きてるんでしょうか。 私が上手く対処できなかっただけで、そういう地獄にも上手に対処して維持されるべきものが家庭なんでしょうか。 それとも、むしろ率先してその家に帰りたいと思える家庭も、中にはあるのでしょうか。 とりとめのない質問で恐縮ですが、教えていただけると助かります。
駄文につき失礼致します。 私は大学生です。 様々なストレスが重なりうつ病を発症しました。目下治療中です。 薬を飲み始めてからは落ち着きましたが、昔は希死念慮がよくありました。漠然と死んでしまいたいと思うことがよくありました。 投薬による治療や、様々な死生観等に関する書籍を読むうちに次のような価値観が形成されました。 死んでしまっては選択肢がなくなる。 生きているうちは選択肢が無数にある。 生きる事に行き詰まって選択肢がなくなってしまったと思ったら、死ぬことを考えよう。 これは今私が生きている理由の一つですが、この考えは一見生きることに前向きなようで死ぬことを否定していないのです。 言い換えれば、いつでも死ねると言う風にも捉えられます。 私は今のところ死ぬことは勿体無いと考え自殺を踏みとどまっていますが、自殺を否定する理由は未だに見つけられていません。 生きている限りいつかは死が訪れるものであり、やがては受け入れなくてはいけないものだと考えていますが、自ら死に近づく行為はいけない事なのでしょうか? 確かに、人が皆自殺を礼讃するようになれば人間社会は成り立たなくなってしまいます。 しかしながら生きることが権利ならば死ぬこともまた同様なのではないかとも考えてしまいます。 どなたかお力添え頂ければ幸いです。
介護の仕事をしています。 そして家では相棒の20歳の猫が弱っていく様を目のあたりのして、 人間も動物も歳をとり身体が思うように動かなくなり肉体的にも精神的にも痛く辛い思いをするように思います。 なぜかはわからないけれど命には寿命があって、皆いずれ死なねばならない。なのになぜ命は、わざわざ苦しみやすく出来ているのか、 脳ミソが、老いて寿命が近くなったら自動的に幸せホルモンのようななにか痛みを緩和させて穏やかになるような麻薬物質でも分泌すればよかったのに(そういうものがあるかもわかりませんが)、なぜそのように進化せず、やはり苦しみがちになるのだろうかと疑問に思っているのです。 また、相棒の猫は確かに20年いっしょに暮らしてきた家族だけれど、言葉を通してなにをしてほしいか、なにが食べたいかを迅速に伝えられない訳だから、きっとひとりぼっちで寂しくて、体も痛かろう、初めて老いて初めて死に向かうのに淋しかろうと、100%助けてあげられなくてすまなくて悲しくて眠れません。 やはり施設で暮らす高齢者の方々も寂しい思いで暮らしているだろうと思います。猫と比べるなと言われるかもしれませんが、同じように思ってしまいます。 道元禅師の生死の巻で、薪と灰の話、 前後裁断があったかと思いましたが、 今の私には死はやはり老いた先にあるもののように思えてなりません。身体の細胞ひとつひとつが活動できなくなった先にある死で、やはり苦しまずにはいられないんじゃないかと感じてしまいます。 あのお話だったか、生と滅にそれぞれ“さきありのちあり”とあった気もしますが、なにか私が今目の前にしているものの解釈のヒントになりそうなのに、いまいち理解ができません。 わかりにくい質問で申し訳ないのですが、ようは、なぜ命は苦しまなければいけないのか、なぜ苦しむのに生まれてくるのか、そしてそれをずっと繰り返してきたはずなのに、脳ミソが苦しみを除外するよう進化しなかったということはやはり必要があっての苦しみなのかしらと素人考えをしているわけです。かといって私の相棒の猫さんが死に向かって1人老いて苦しむのは切ない事です。。。それらが不思議で切なくてならないのです。 自然の摂理だから仕方がない事なのでしょうか?
遠方の家族が危篤状態です。会いにいった方がいいのかもしれませんが、死が目前の人と会うのが怖く、また帰省して沈んでいる他の家族と過ごすのも辛いと思ってしまいます。 自分の心を守るためには遠くから安らかに過ごせることを祈っていた方がいいと思います。こんなことを考える自分が最低だと思いながら、かなり気持ちが滅入っています。どうしたらいいのかわかりません。
先日、急遽家を空けることになり、2歳のハムスターを1週間放置してしまいました。以前も1週間留守番させたことがあったのですが、大丈夫だった為、今回も大丈夫だろうと思いました。ですが、2歳という高齢だったこと、1歳半を過ぎた辺りから、腫瘍が出来出血していた為もあり、帰宅したら亡くなっていました。餌を充分与えたつもりでいましたが、足りなかったのが一番の原因です。 このハムちゃんは、なつくことはありませんでしたが、とても生命力が強く、元気があり、腫瘍ができても一生懸命生きていました。ですが、なつかなかったことで時折目が行き届かないこともあり、結果的に私が死なせてしまいました。帰ってきたときに、餌は全て無くなり、うんちもきちんとしていた為、まだまだ生きれたと思います。 もっともっと生きたかっただろうと思うと、本当にかわいそうなことをしてしまいました。きっとハムちゃんは私を恨んでいると思います。腫瘍も、ストレスが原因でなってしまったみたいです。 ハムちゃんは私なんかに飼われて不幸だったと思いますが、どのように弔ってあげればよろしいでしょうか? 私は一生ハムちゃんに恨まれ、地獄にいきますか?? 教えてください。
片割れのような存在だった彼が自死して、ちょうど四十九日になりました。 職場も昨年末まで同じで、仕事をする上での価値観や、好きな食べ物や音楽、笑いのツボなどとにかくフィーリングが合う人でした。 他の誰と居るよりも楽しく、本当に輝いた時間を過ごしていました。 ただ、出会った時からずっと大きな闇を持っていました。 ◯月には死ぬ、◯歳には死ぬ、などの宣言はよくありました。 でも、精神科も変えたばかりだし、カウンセリングも真面目に通っていて、本当に頑張っていたと思います。 将来の話もたくさんしていましたし、それに嘘はなかったと思います。 きっと、生きたいという希望と死にたいという希望、本当にずっと半分半分だったんだと思います。 でも、まさか、こんなに早く死を選んじゃうなんて。。 まだまだ2人の未来があると思い込んでいました。信じたくないですし、悲しすぎて言葉になりません。 ただ、会って抱きしめたいだけなんです。 大好きだと伝えたい、最後に会った日の自分の態度を謝りたい。 彼のいない世界では、生きる意味がないと思います。 死んだら会えるかもしれないから、というより、この世で生きることに価値を見出せず、わたしも早くあの世に帰りたいという気持ちです。日に日に強くなります。 焦燥感があり、心臓のバクバクが止まらなくなります。 締め付けられて息をするのも痛いです。 涙が止まらない時もあれば、現実だと思えずに涙すら出ない時もあります。 彼もずっとこんな気持ちだったのだと、やっと理解しました。 彼の死をきっかけに、周囲からの愛もたくさん受け取りました。すごく感謝しています。ただ、どう頑張っても彼の存在1人分に満たないのです。 なぜこんな試練が与えられるのでしょうか。 彼のした決断は尊重したいですが、なぜこんな生き地獄を味わう必要があるのでしょうか。 わたしが死を選ぶための道筋なのかとすら思えてきます。 これから先、どうしたらいいのでしょうか。自死はいけないと頭でわかっていても、心が止まりません。
明けましておめでとうございます。 昨年は色々とありがとうございました。 新年になり、ふと思い出したことがあるので二つ質問です。 一つ目はある私の大嫌いなパンクな僧侶が、 『門松は冥土の旅の一里塚めでたくもあり めでたくもなし』 という歌を残して、正月に京の街をシャレコウベを持って『ご用心なさい』と言って練り歩いたという逸話があります。 最初は、死に近づいてるのだから有難がるなよ、髑髏のような死体になるから気を付けなさい、という意味かと思っておりました。 しかし最近は、『寂滅為楽の涅槃に近づいた。めでたいな。でもまだ涅槃への道は遠い、めでたくないな(浮かれてはいられないな)。用心してしっかり行かないと』 と考えるようになりました。皆様の解釈はいかがでしょうか。 (死や死に向かっていく事に対してはめでたいも、めでたくもないのですが) 二つ目は、婆子焼庵という公案です。 内容は以下転載です。 『ある老婆が、一人の修行僧のために草庵を建て、 衣食住の一切を世話をして20年が過ぎた。 そこで「そろそろ いいか」と、娘を世話する ことにした。すると 修行僧は「枯れた木が 寒い岩に立つように、私の心は燃えない」と 言って、娘の誘いをはねのけた。 娘からその報告を聞いた老婆は「20年も世話 してきて、まだ こんな生臭さか!」と怒り、 修行僧を追い出し、庵も焼き払ってしまった。 さて「婆さんの真意はいかに」というもの』 私なら、何故私を気に入ったかを聞いて顔や身体です、とか言われたら返事を翌日まで保留にして、そのまま旅に出ます。 性根や内面が気に入った、とか言われたら、一緒に出家しようと誘います。 片方が顔や身体を気に入って、もう片方の人が内面とか言われたら内面が良いと言ってきた人を出家に誘って、庵を出ていきます。 皆様はどんな解釈や回答になりますか? (作麼生・説破の使い方が違うのはお許しください)
自殺した後の死後の世界のことが気になっています。また、お釈迦様は死んだ者の死に方、死にぎわを問わないとは本当でしょうか?仏教の法典?について色々と調べてみて、お釈迦様が自殺したら地獄に落ちると言っていないことや、自殺を否定していないこと、それら全ては人間の善悪の価値感であることがわかったのですが、サイトや書籍によって若干のバラツキがあったので本職であるお坊様にお聞きしました。じゃないと何か未練のようなものが残りそうで… また、人間は死んだらどうしても輪廻転生をしなければならないのでしょうか?私は今まで生きてきて、もう生まれ変わるのはこりごりだ、無になるか世界をただ傍観するだけの存在になりたいと思いました。そういうものになる方法はあるのでしょうか? あとこれは個人的なことなのですが、人間は肉体を離れて霊や魂だけになったら性別や年を超えて姿を変えられるのでしょうか? 以上、よろしくお願いします。
12歳の女子です。 私は最近死がすごく怖いです。いろいろと死後の世界について質問があります。 ・宇宙や人類が滅亡したら天国はどうなるのか、輪廻転生はそこで終わりなのか ・あの世はどうやってできたか、魂はどうやって生まれたのか ・あの世に終わりはあるか ・輪廻転生卒業後どうなるのか ・死んだら今の家族とは何も関係が無くなり、転生したらもう2度と会えないのか ・魂の死はあるか ・死んだあとこの世に様子を見に行くことはできるか ・天国ではテレパシーでつながっていて会いたい人にはすぐ会えると聞いた事があるが本当か などです。私は家族が大好きなので離れたくないです。一緒にいる時間が限られていると思うと本当に辛くて呼吸困難になります。 それに死ぬのも怖いしずっと生きてるのも怖いです。 本当にしんどいです。 助けてください。
こんにちは、はじめまして。 私は静岡に住む、今年23歳になる女です。 私は、人と関わる事がひどく虚しいことだと感じ苦しいです。 昔の話ですが、私がまだ小学生の頃、母と実父はよく激しい喧嘩をしていました。 実父が出ていき、暫く母から精神的虐待を受けました。 母の苦しみも理解できたので、家のことは小学校では内緒にし、一生懸命努力してきました。 2年後に母は再婚しました。新しい父に慣れるようまた頑張りました。 中学3年になり、パニック障害を患い地獄の日々が始まりました。 病気のことはなるべく友人に隠しましたが、本当に頻繁に過呼吸になるので、常にポケットや鞄に発作止め薬を入れて生活しました。 私は気づいた時から浮いている事が多かったです。今も友達はいません。 後にHSPと診断されましたが、本当に敏感に色々なことを感じ取ります。 人が多い場所は多くの人の気持ちを身に受け取り、頭の中がごちゃつきます。 反対に、読書や自然など静かなものは好きです。 母は私が22になった時、急に不倫?で失踪しました。そこから私は義父とその家族と暮らしています。 信頼していた友人に、母が失踪した話をしましたが「暗い話はつまらない、私の家は仲良いからわからない」と言われショックでした。 意を決して義祖父にも悩みを相談した所、「暗い話はつまらないから聞きたくない」と言われました。 友人の愚痴も祖父の愚痴もたくさん親身に聞いたのにです。 昔から、自分の努力が及ぶ範囲でならなるべく人を傷つけたくない・尊重したいと思って生きてきました。 人から辛く当たられるのも自分の至らぬ部分があるからだと思い、たくさん本を読み、不快な思いをさせないよう心を律してきました。 パニック障害で薬なしで外に出られないのなら、尚更自分や他人への理解が必要だと思ったからです。 私は人を傷つけたくありません。 失敗することもありますが、周りの人を尊重し生きていきたいです。仲良くしたいです。 それなのに周りはそうはしてくれないのです。 理不尽だと思いますが、やり返そうと思えません。私が弱い立場なので、仕方のないことです。 死んでしまえば全て一つになり、心が癒される気がしています。 最近は毎日死に救いを求めています。仕事も就けません。 一言でも良いので、至らぬ私にお言葉を頂けますと嬉しいです。
20年以上昔ですが、死のうと思い沢山薬を飲みました。 気がつくと暗い暗い真っ暗な1畳もない狭いところにいて、何も見えないんです。 自殺した罪で、ここに何十年も身動き取れず地縛霊になるか、これまでの人生よりずっと辛いけど現世に戻るかと、閻魔さまに聞かれて、 泣きながら、こんな暗い誰もいない怖いとこにいるぐらいなら現世に戻ると言いました。 結果、現世に戻ってきて生きています。 辛いことも方が多いけど、良いこともたまーにありました。嫌なことばかりではなかったです。 死のうとした原因は、ある人達に騙されて、絶望したからです。 今、思うと、別の解決法があったのに、無駄に大変怖い思いをしたと後悔してます。治療費もかかりました。治療費より弁護士にお金を払って解決したほうが、怖い思いも、時間を無駄にすることもなかったのになあと今になってはそう思います。 死のうと思っている方々へ。 自殺するより、他に絶対解決策があります。 まず、誰でもいいので「助けて!」のサインを出してください。 きっと、なにか解決策はあります。 話、戻りますが、 辛いことがあると「死のうとした罰なのかな」と落ち込みます。単に、あの恐ろしい体験は、幻覚とか夢だったのでしょうか。それとも地獄の閻魔様だったのでしょうか。 自殺したら、真っ暗な1畳しかない箱みたいな地下室のようなところで地縛霊になって苦しむのでしょうか? 人を自殺に追い込んだ人たちが地獄にいくべきなのに、間違った判断だったかもしれないけど自死してしまった人が、さらに苦しまないといけないのか凄く不条理でなりません。 私の場合は、その当時若くて判断力がなく、弁護士に相談することもできませんでした。 死ぬぐらいなら誰かに相談して欲しい。死ぬんだったら、福祉受けても生き延びて欲しいと、私は痛烈に感じます。 最近、嫌なこと続きで、もしかして自殺の罰なのかと落ち込んでいます。罰なんてあるのでしょうか? 思い出して怖くなります。あと、心を落ち着かせる考え方があったら教えてください。
現在、大学4回生です 中学生の時、突然に「死んだらどうなるんだ?」ということに気が付いて恐怖のあまり嗚咽が止まらなくなったのを覚えています。親に相談しようにも、タブーに触れるようで出来ませんでした。 その時は考えに考えて結局わからないということで放置していたのですが、ここ最近になってまたその考えがまたやってきました。 地元の信仰が浄土真宗本願寺派だったのでその考えに基づき、死生観を考えていたのですが、納得できませんでした。 納得というか、信じきれてないというのが現状なのかもしれません。 真に信仰が出来ていたらそもそもこの質問が出ないことになりますから。 どうしても考え方に疑いを持ってしまうのです。「ホンマかいな」と。この「ホンマかいな」自体が信仰に対する冒涜、罪なんでしょうか。 化学に詳しいわけではないのですが、どうもその前提に結び付けてしまします。(無知なのは重々承知しています)生きている状態なのになぜ人の死後が説けるのか?とか。脳がないのに意識は死後存在し続けるのか?、お浄土は本当にあるの?などです 臨死体験も結局は死に切れてないですし、死後の見解が地域、信仰、人によってそれぞれ違うのも疑問です かといって「死後は無なんだよ」「意識はただの脳内の電気信号なんだよ」と言われればとんでもないくらいの恐怖にのたうち回ります。死後、体も感覚も思考も、自分自身も消えてなくなり、二度と目覚めることはない。そんな状態が永遠に続くと思うと... 様々な文献、記事を読み漁っても「そういう考え方もあるのか」程度にしかとれず合点がいきません。 今を生きることこそが大切、もっと他にすることがあるんじゃないの?と言われそうですが、そうではないんです。死後が知りたいのです。 利己的な見解ばかりで申し訳ありません 自分自身でも、どう質問してよいか漠然としててわからないのです 僕以上に、もっとつらい思いをしている人がいる中で... ここまでの人生、たった21年の短い人生ですが、何不自由なく生かされてきました。両親、祖父母そして周りの人々には感謝しきれません。これから、家族やお世話になる人達にいっぱい自分の受けたモノをお返ししていきたいです。 故に死の恐怖にここから先の人生を邪魔されたくありません。 どうか僕に納得できるようなお考えを教えてください。
仏教でいう六道とはなんですか? 教えてください。