小さい頃、「三途の川を渡ると死んだ人の世界」(うろ覚え)という話を聞いて以来、「三途」という言葉自体が怖いものだと思っていました 曽祖母の法事などでも小さい頃は「三途の黒闇ひらくなり」という部分が近づくと耳を塞いで目を閉じていました 大人になって、黒闇を開くのだからむしろ怖くないのでは? と思うようになりました。でも気づくまでその部分のお経を唱えられずにいました それ以来大好きだった曽祖母に対して今までひどいことをしていたような感覚が消えずにいます。(友人が出版した本を「絶対買うね! 応援してる!」といいつつ実際は買わずにいたことに気づいたようなそんな感覚です) どうしたらいいでしょうか
ブッダの教えを一言でまとめると何ですか? hasunohaや本で読んでもイマイチピンとこないというか、分かりづらいというか、自分でまとめてもモヤモヤするので質問してみました。
(質問:ブッダの教えの追記) (https://gendai.ismedia.jp/articles/-/47023?page=1)より ここに書かれている内容は、本当に正しい事なのですか?
日々、お仏壇を拝むときに義父と息子の法名と、ご先祖様の追善増進菩提を拝んでいます。 拝みながら、ふと思ったのですが自死で先に逝ってしまった息子も、先に亡くなった事で、ご先祖様になるのでしょうか? また、ご先祖様と言っても、昔の写真を見た記憶の大祖父は想像できるのですが、それ以上は想像計り知れずわかりません。 こんな気持ちで拝んでいてもいいでしょうか? あと、不束な事をお聞きしますが毎日お経を読んでいても 仕事で拝めない時などは南無阿弥陀仏を唱えるだけでいいでしょうか?
お坊さんは、暇なときどう過ごしていますか?
最近 お寺にいきました そのときの寺が浄土宗だったのですが、そのときに、本当に地獄があるのかなと思いました 仏様は優しいときいていたのですがなんか矛盾しているなぁと思いました
苦しみが抜けた状態とは、どのような状態ですか?自分はまだ苦しんでいるのかいないのか、よく分かりません。
生まれ持ったスペックの中で、いかに楽しく幸せに暮らしていくのか工夫して生きていこうとするのが仏教というアドバイスをいただきました。 私は、楽しむ事が出来ません。 またプラスでそのスペックのせいで苦しみが永続的に続いています。 それらは例えば価値観に対する苦しみもあります 価値観や考えを変えれば変わる価値観もあります、今の大半のハスノハの悩みはそうでしょう。 でも今現在を苦しめさせる何かでもあります。障がいとか、やりたくない仕事とか、仕事のストレス、後悔やら、攻撃的な人間関係やら(イジメとか)、身体の苦痛やら。 それらって楽しむとか以前に一緒に共存したりできないし価値観を変えても苦しいのは苦しく仏教でどうこう出来るものじゃないと思うのです。 そんな中でこういう苦しみは仏教的にはどうやって対処してるのですか? 思考を変えて身体の苦痛やらも改善できるほどのものなのですか? 貴方は選択ミスで、今からお坊さんを辞めて毎日ウンコ食べる仕事をしてくださいと言われてそれを永続的に繰り返さなきゃならないです、ウンコを食べる仕事は辛いです。 ウンコを食べる仕事は性格上向いてないです。 周りのウンコ食べてる同僚達はフルシカトで人間関係でも苦しんでいます、ウンコ食べる仕事はかっこ悪いし恋人もできないです、ウンコ食べる仕事をしていることに後悔を感じています、全部選択ミスで起きた仕事選択です。詰将棋の状況です。 ウンコ食べる仕事をするのに無駄に学歴が高いですあんなに勉強したのに、高い学費払ったのに。 辞めたら履歴書が汚れて、下痢を食べる仕事しか残ってないです。 私はウンコを毎日食べています。 価値観を変えたら幸せなのですか? そんな中で毎日価値観を変えるだけで幸福になるんですか?
私はお経の事を、私らにはわからない言葉で、亡くなった人がいるところの偉いさんか誰かに、ご先祖さんが極楽へ行けるように言っているって思っています。 伝わりにくいかもしれないですが、私はお経について外国語で何かを言っている感じと捉えています。 その事について、本当のことを教えてください。 また、お経は何のために、誰に何を伝えているのか教えてください。 プラス、お経に日本語訳みたいなのがあるなら 「女もキャービロしゃなばかもだらーまにあんばらばり〜〜〜〜」 みたいな部分を何言っているか教えてください。 気になります!!!
私はお坊さんのお葬式でお経を唱えたり仏様の前で修業したり、滝業、座禅をしているイメージです。これを毎日している事でしょうか? 1、お坊さんは運動はするのでしょうか? 2、お坊さんは暇な時はゴロゴロしているのでしょうか? 3、お坊さんはスーパーやコンビニ等で買い物はするのでしょうか? 4、お坊さんは車の免許は持っているのでしょうか? 5、料理は自分で作ってるのでしょうか? 色々と気になるので質問しました。
初めまして、よろしくお願いいたします。 家は三代にわたり浄土系の檀家です。そして坐禅が好きです。 もし、浄土系の方で坐禅のような行があり一般にも開放しているなら 参加したと思いますが、そのような催しは無さそうでした。 ですので、近所の曹洞宗のお寺に通っています。 いずれ得度しないか?と誘って頂いております。 浄土系のご住職は悪い感じはしない方ですが、 会う度に(施餓鬼や法事の時くらいしか会わない)お布施ばかりで 正直嫌気が差しております。 お布施の額は相場の上限というところです。 檀家百件くらいのお寺なので、墓地経営しようとしたところ ブローカーに騙されてしまったようです。 そのしわ寄せが檀家に…といった具合です。 このような状態が続くと、離壇も考えてしまいます。 我が家の墓地はお寺の敷地にはないので、離壇についても そう複雑ではないのかもしれません。 ですがとりあえず、ご住職に曹洞宗の坐禅会に出ていることを言うべきか迷っています。 アドバイス宜しくお願い致します。
地元のお寺や築地本願寺で聞法に通っております。 いまいち腹落ちしない部分はあるのですが、帰敬式を受けるべきでしょうか。 親鸞聖人の教え自体は非常に合理的で分かりやすく、真宗門徒として生きていきたい気持ちはあります。 が、教義とはあまり関係ないところ(政治的主張)で教団に賛同しかねるところはまだあります。 義務ではないから帰敬式を受けなくても良いのでしょうけども…
いつもお世話になっております。 常々考えていたことなのですが、阿弥陀様やお不動様も 悲しみや悔しさなどの感情により涙をお流しになる、 ということはあるんでしょうか? たとえばチベットのターラー菩薩様などは、 観音様が、どんなに頑張っても一切の衆生を救いきれないことに 悲しみ、また悔しさのあまりポトリとこぼした涙から お産まれになったと言いますし… 最近など、 「お不動様の顔って、あれは怒ってるんじゃなくて 実は我慢している、また悲しんでおられる顔なんじゃ?」 などと思い始めています。 どうなんでしょうか…? ご意見お待ちしております。
家庭の問題や仕事の問題で精神に苦しい状態ですが、御サイトにてアドバイスを頂戴したり、同様の質問に対してのアドバイスで助けられております。 ありがとうございます。 その中で、お釈迦様の教え、仏教について非常に助けられておりますので、もっと知りたいと思います。 そしてお釈迦様の教え、仏教について学びたいと思いました。 お釈迦様の教え、仏教について学ぶ方法をご教示頂ければと思います。 市販の書籍や仏教系大学の通信課程、近隣のお寺等で学べますでしょうか? 市販の書籍についてはおススメの著者、書籍がありましたらご紹介頂きたくお願い致します。
家には立派なな仏壇がありました。そんなある日、父と母は喧嘩をし私以外の兄妹は家を出ていきました。元々喧嘩が絶えなく家を出るのも珍しくはなかったのですがあの日は父は自分の業で仏壇を破壊し何度も何度も仏なんぞいないなどの暴言を吐きまくりました。数年がたった頃私の母の叔母が亡くなり母は叔母が作った数個の仏様の木彫りなどを遺留品として持って帰ってきました。その遺留品の1つを仏壇の所に飾り仏飯するようになりました。 ある日、また、父と母は喧嘩をしました。そして父はまた暴言とともに仏壇(?)を暴言とともに破壊しました。 母は私と私からしたの姉妹を連れて家を出る。私から上の姉兄はバイトなどの事情で家にいて家にいる姉兄を使って帰ってきてくれなど言わし母は言わされてるのは分かっているけど姉兄が心配で家に戻るそれが何度も何年も続き今あるのは、首の折れた仏様の彫り物1つです。 何度も母は父と離婚をしようとしたのですが、父はその度に私達子供のことを出しては母を脅すのです。 人が一生懸命作った彫り物の仏様を何度も壊し暴言を吐き、少し日にちが経つと都合よくその事は忘れ、母が持って帰ってきた彫り物の仏壇に飾り都合よく仏様の事を語るのです。 そんな父に家族はうんざりしてます。 そんな家に仏様はいるのでしょうか。 どうしたらこんな人間と別れることが出来るのでしょうか。 最後に聞いていただきたいのですが、私の家は居酒屋をしています。が、今年の7月に父と母はまた喧嘩をして、8月まで私からしたの姉妹は母と共に家を出ていました。 父はその日を気に居酒屋を閉めたらしいです。それから私達が出ている間は、酒を飲んでは寝の繰り返しだだっそうです。家に戻る数日前にまた姉兄を使って電話をしてきたのです。当然母は言わされていると分かっていても姉兄が心配で私達は家に帰りました。今も居酒屋を閉めたままで家の収入はなく兄と姉の仕事のお金で今はしのいでいます。父は外にでて働く気はなく、母がパートを探すと言っても父はその間に家のことが出来るだろと言って働きに行かせてくれません。その癖俺はこの家のボスなどとほざくのです。この家を今支えてるのは誰かと考えて欲しいぐらいです。何かあることに都合よく逆ギレして暴言を吐く私はそんな父に疲れたんです。はっきり言って殺すか自分が死にたいぐらいです。長文と共にごめんなさい。これは私自身の愚痴です。
お寺と縁もゆかりもない自分ですが、最近仏教の教えを知り、僧侶になりたいと思うようになりました。 ですが、自分の家は無宗教で菩提寺もないです。こんな状況で、自分は僧侶になれるのでしょうか?意見と見解をください。おねがいします。
私達夫婦は、後継者がいないため、 樹木葬で永代供養をしていただく予定です。 50年経ったら、自動的に合祀され、引き続き永代供養を していただけるので、コチラは心配していません。 でも、 位牌をつくらないと、どうなってしまうのですか? 特に「形ある物」が残っていると、 余計な気を使わせてしまうと思います。 今更ながら、基本的な質問でスミマセン。 よろしくお願い致します。
1、全国のお坊さんはみんな扇子を持ってらっしゃいます。私は、「お坊さんは何故扇子を持っているのだろう?」。数珠と扇子を持つ意味は何かあるのでしょうか? 2、仏教は怒る事は煩悩で自分の身を滅ぼすものと教えられています。 私は、子育てや学校、社会等々怒る必要があるのだろうか?と考えています。 子育ては子供が悪い事をしたら親が怒るのは当然になっています。社会も、例えば、部下がとんでもないミスを犯し上の者に叱られるとかです。 学校も怒る事もありますよね。 仏教の教えは怒らない事をしていますが、怒る必要があるのかどっちが正しいのでしょうか? 難しいですが、教えてもらえませんでしょうか? ちなみに私は詐欺師が許せない気持ちはありますが怒りも少しあります。でも、詐欺師を救いたい気持ちで志を成し遂げてみようと思います。 私は基本的に怒りませんので、いつも冷静を保っています。
こんにちは。 いつも御回答ありがとうございます。 ここで読んで下さる方、それに回答して下さる方に本当に感謝しています。 単刀直入ではあるのですが、私は1人になったり似たような嫌な事をされると過去にされた同じようなことを思い出してしまいます。 ある日人がウチヘ訪ねてきて、インターホンを鳴らされ応答したのは私でした。 その方は営業の方で父に用があったらしいので父に言うと断るように言われ、丁重にお断りしました。するとその人は、インターホン越しでは「わかりました、ありがとうございます!」と言っておられて、終わるかと思えば帰り際にその営業の人は2人でこられたのですが『「ガキが出やがった!」て言われてんぞ』と父が私に言いました。 その瞬間私は、すごく心が痛んで、父に「なんでそんなことゆわれないかんの?」と聞きましたがいつも通り、向こうの肩を持ちます。 一年前くらいの話なのですが思い出して今すごく苦しいです。 中学の時も、友達に好きな人を無理やり聞かれて答えると、友達AはAの彼氏に、私の好きな人になりすまして手紙を書かせ、私は本人から来たと思い返事を書くと、実は彼氏に書かせてた!とか言って笑ってました。私が書いた好きな人への返事は渡しといてあげるといって、あとで読んで捨てたそうです。後から本人たちから聞かされました。それに呆れていると、「そんなんでキレてんの?ホンマ短期。」とかゆわれました。 私は父親にも、姉だから我慢しろ。兄弟と喧嘩しても、訳も聞かずに私を怒ります。 家のリフォームも父がやってくれなくて、私がバイトで稼いでやっているのですか(ガスもつかなかったり...)中にはいい人もおられるのですが、担当する人が、自分より年下だとおもうとナメた口調で話されたりします。 こんなこともあって、なかなか好きだと言われても、また裏で何かあるのではとか、表の顔は良さそうだけど、この前の営業の人たちみたいに傷つくことを言われるかもしれないと思ってしまいます。 新しく出会う男の人が、その人たちとは違うのは承知しているのですがなかなか私が過去の出来事から、プラスに考えることができません。 もっと苦しんでいる人はいるのに私はこんなこと質問するなんて甘えですよね。 どうか私に御回答よろしくおねがいします。 ご精読ありがとうございました。
はじめまして、トシと申します。 私の人生の中の元凶はギャンブル依存性です。 今まで何度も挫折しそうになり、その都度周りに助けられ、その好意を無駄にして来ました。 現在、極端と思われるかもしれないですが自殺か出家の選択で悩んでいます。 私としては、出家し修行する中で精神を鍛え直し残りの人生を全うしたい気持ちの方が強いです。 先日、仕事を辞めて行動に移せる状況です。 この様な考えの私でも受け入れて頂ける処が在るでしょうか?もしくは心当たりがある方がいらっしゃいましたら、宜しくお願いします。