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hasunoha 問答検索結果 : 「�%8」
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これからの生き方

現在勤めている職場では 道端で倒れ脳障害を患い健在の頃の一切を忘れ、名前さえも行政がつけた仮の名前。家族から見放され亡くなった後もお迎えもない方、まだ50、60代と若い年齢にもかかわらず回復が見込めず寝たきりでただ死を待つ方など そういった境遇の方々を日々お世話させて頂いています。 私は無宗教で霊感やスピリチュアル的な事には無頓着ですが 10年程前から夢枕?で不思議な事が度々あり(例えば仏壇の前に4人のお婆さんがいて物凄く怒られて゛妙゛の文字を見せてくる。横綱がつける化粧回しをした寿老人みたいな方が私の手に石を積むなど)最近では 「洞穴光明」といった言葉が眼前をチラチラ。後で調べると何かと仏教へと繋がっていきます。 今まで挫折の連続の人生でしたので自分自身に叱咤激励されてる感覚で捉えていました。しかしながら、今後 中長期的な目標や計画がなく 職業柄 将来の自分の姿が目に浮かび早めに゛他界゛したいと考えいて自制する日々です。 家庭を持てば 心境の変化があるかもしれませんが、悲観した未来を持ったまま 恋愛、婚活などをしようともおもいません。 ただ、まだやり残してる事があるような感覚、それがあるのは事実。 生き続ける上で普段からの心構え、意識の持ちようなどアドバイス頂けたら幸いです。よろしくお願いいたします。

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2023/10/10

3人目の妊娠、ネットで大批判でした

この度3人目を妊娠しました。 まだ一昨日わかったばかりで、正直、驚きました。避妊をした上で妊娠したので、避妊がうまくできていなかったのです。 ひどい人間で申し訳ないのですが、実際妊娠してみて喜びよりも不安が大きく、今なぜか、とても落ち込んでいて、落ち込んでいる自分にも苛立って、せっかくきてくれた命に申し訳ないです。2人の妊娠、出産を経て妊婦生活、そして産後がどれだけしんどいか知っているので、余計に不安です。 そして、我が家は現在とても裕福なわけでもありません。 ネットで3人目の妊娠について調べていたら、「裕福でないのに3人も4人も産む家庭は子供がかわいそう」「3人目の妊娠が不安ならなぜ性行為をしたの?気持ち悪い」「3人出産した女性が一番不幸というデータがある」「そもそも子供自体贅沢品で、裕福な人しか授かるべきではないのに3人なんて論外」という意見を沢山目にしました。読んでいて涙が止まらず、胸が痛くなり、でもそうなるのは自分もそう思っている部分があるからで、それなのに3人目も妊娠してしまって、自分がみっともなく思って仕方ありません。 今回、私も妊娠がわかった瞬間喜べず、毎日このように絶望しているので、産めないと思い、中絶を考える時もあります。主人には何度も産めないと言いましたが、せっかく授かった命だから頑張ろうと言ってくれています。 今いる2人の子供がニコニコと笑って楽しそうな姿を見て、もしかしたらこの子達にも色んな我慢をさせてしまわなければならないのかもと思うと涙が止まらず、私が妊娠したことは間違いだと思ってしまうのと同時に、お腹にいる子に本当に可哀想な考えで情けないです。 自分が情けなく実家、義実家の家族にまだ妊娠の報告はしていません。 話がまとまらず申し訳ないのですが、3人目の妊娠、出産に対してどう思われるか、もしコメントをいただけましたら幸いです。 書き終えて読み直して、改めて、自分が愚かなことは重々承知です。

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悲しみについて

一昨年前に実母が亡くなり、以来、こちらでお世話になっております。 お寺のことや、供養、お墓等のことで質問させて頂き、ご丁寧な回答を頂き、ありがとうございました。 毎日のお勤め、花やお供え、茶水を絶やさず供養させて頂いています。 長らく二人暮らしでした。 病を抱えながらも私のために家事をしてくれていました。 私は幼い頃から病弱で心配ばかりかけ、苦労させました。 ある日、突然調子が悪くなり救急車で病院へ、そして次の日から意識が無くなり、一週間後に息を引き取りました。 私はその瞬間にも立ち合うことができませんでした。 生前は、私は仕事なので一人きり。最期も一人で逝かせてしまいました。 延命処置も断ったのは私です。 今年、三回忌となりますが、未だにあの時こうしてあげれば良かった、なぜあんなこといってしまったのだろう、最期にありがとうも言えず、後悔と悲しみの毎日です。 他人からすると、ただのマザコンなのかもしれません。 毎日、成仏し、父やご先祖様と幸せに過ごしてくださいと祈ることしか出来ません。 ただただ毎日冥福を祈り、悲しみが癒える日が来るのを待つしかないのでしょうか?それともいつまでもクヨクヨ引きずっている私の精神が弱いだけなのでしょうか?

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十二因縁(縁起)を例えると…

日頃、宗教や哲学について、ネットあさりしています。 最近は仏教、特に原始仏教と呼ばれるものに興味を持っていますが、十二因縁(縁起)について、府に落ちたイメージを持つことができません。 そこで、難しい言葉や理論を使わず、現代でもわかりやすい具体的な例えを挙げていただきたいと思い、こちらに質問してみました。 なお、こういった知識(智恵でしょうか?)は、一言では語り難いものでしょうし、また言葉だけでわかったつもりになってはいけないとも思っています。でも、こうもイメージが湧かないと、日頃に意識することも難しい。 ぜひ、「なるほど💡 そんな感じなのね!」と感触を得られ、日常の中でさらに感触を深めていけるような例えを、いただきたいと思っています。 ちなみに、これまで私が掴んだ感触・知識は次の通りです。間違いや不足もあると思いますが、その部分こそ、例えで払拭したり補足したりしていただきたいです。 十二因縁(縁起)とは、 無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死の12個 「無明によって行が生じる」のように、前の物が次の因になる。 最後の「生、老死」については、「生まれることで、老いがあり死がある」ということ? では、「無明→行」「行→識」「識→名色」「名色→六処」「六処→触」「触→受」「受→愛」「愛→取」「取→有」「有→生」「老死→無明」はそれぞれ、どのような因果なのか。 現代でもわかりやすい例をあげるとすれば、どういう例が考えられるか。 仏教に疎い者でもわかりやすい例を、ぜひよろしくお願いしますm(_ _)m

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