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hasunoha 問答検索結果 : 「私 死 」
検索結果: 5461件
2022/03/23

死期に近づいていく親との向き合い方

肺がんで闘病していた父に転移性脳腫瘍が見つかり、もって2年だろうというお話を医師の先生から教えていただきました。 父方の祖母も同じ道を辿りましたから、肺がんになったと聞いたときから、いつかはこんな日が来るかもしれないという覚悟はしてきたつもりだったのですが、全然足りませんでした。 父がいなくなる日が怖くて仕方ありません。でも、できれば長く一緒に過ごしたい、という想いも父を苦しめてしまいそうで怖いのです。 先のことがどうなるか、それは誰にもわからなりません。だから数年後も一緒にいる想定で過ごすつもりでいたい気持ちもありますが、父のために私のすることを見て、優しい父の心に”申し訳ない”、”もう十分だ”のような負担がかかるのは辛いことです。 だからといって、父のさいごの日が近づくのを受け入れるように日々を過ごすことはあまりにも寂しく思うのです。 父にさいごのひまで幸せであってほしいのに、感謝と親愛を伝えたいのに、私のこれからすること全てが、父を傷つける、負荷をかけるようなものに思えてならない。 そうして私が悩んで顔を曇らせることも、きっと父は望まないでしょう。晴れやかであるべきだと思うのに、それがどうしても難しい。日に日に自分の覚悟が揺らいでいくのを感じます。 身近な人との貴重な時間を、どう受け止めて、共に過ごすのが、より相手の気持ちに寄り添って負担をかけずに済むのか、どうかご教授いただけないでしょうか。 取り留めのない話で申し訳ありません。 本当に、父のことが大好きなんです。

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母が他界しました。

母が他界しました。63歳でした。 3年半闘病しました。2年間は食べる事も飲む事もできませんでした。 旅行が好きな母でした。私が社会人になってからはいろんな所へいきました。 最後の旅行の時「あなたと後何回いろんなところへ行けるかな。」とポロっと言われました。その時は「何言ってるのー?」と笑って返しましたが、その旅行が最後の旅行になりました。何故こんな事を言ったのかずっと心に突き刺さっています。 亡くなる3日前に急に体調が悪くなり、肺炎でした。施設に預けていましたが、亡くなる前日少し状態が良くなり、付き添いを止め、私も自宅に帰りましたが、夜中に1人で逝ってしまいました。 「付き添いをしてあげればよかった」「仕事で忙しいと言わずに時間を作ってもっと会いに行ってあげれば良かった」いろんな感情がぐるぐる回っています。3年半も頑張ってくれて、もう辛くないんだから前を向かなきゃと思いますが、どれだけ泣いてもふっと気を抜くと涙が止まりません。 そばにいて貰いたくて、分骨したいと思い骨壷ペンダントを買いましたが、家族に言えずにしまっています。 分骨も悪い事ではないとインターネットで見ましたが、やはり身内にお願いできません。また遺骨を砕く勇気も私がありません。身体が鉛のようで何もできないです。 このままじゃ母が心配しそうです。

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美人でないと幸せになれないのに、不細工はどうしたらいいですか

自分の顔が嫌いでたまりません。額が広くて目が細くて鼻が低く、まるで品がなくて化粧しても変わりません(化粧で変わるのは元がいい人だけです) そのせいで昔から人に嫌われます。「性格はいいけど顔でダメ」と昔好きな人に言われたこともあります。 就職も希望していたメーカーにはいけず、今は自分に全く合わない接客を嫌々しています。お客もブスに応対されたくないのか私に冷たいです。(嫌々が態度に出ているのでは?と言われるかもしれませんが、同僚がなんであの人あんなに怒るのかな?と不思議がるので態度には出ていないと思います) 恋愛もできずお見合いは全て写真で会う前に断られ、この年までひとりぼっち。男性は見た目を重視しますからと仲人に言われて絶望しました。人はまず美人でないと中身を見てもらえません。 両親は不仲で兄弟もいないため、将来孤独死がほぼ確定しています。 毎日なんで美人に産んでくれなかったのかと心の中で親を罵倒しています。美人だったらなんの苦労も要らないのに。 美人だって大変だよ、と言う人もいますが絶対に嘘です。人が寄ってきて選ぶのが大変なのと、誰も寄ってこない辛さを同列で語るな、死んでしまえと思います。 もう誰も彼もが影で私を笑っている気がします。死にたい。なんでこんな姿で産まれたのか。一生美人の残りかすをちょうだいして生きないといけない不細工なんかこの世に要らないのに。町を歩きたくない、引きこもって暮らしたい。 こんな不細工に生きる意味はあるか、ととうたらお坊さんはどう答えをくださるでしょうか。 人間顔じゃない、一生懸命やればいいことあるから、ただいることが素晴らしいというつまらない理想論ならがっかりですが。

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母の余命が僅かです

80歳を迎えた母が、先月、癌に侵され余命半年と宣告されました。 母1人で私と弟を育ててくれたシングルマザーです。 苦労ばかりしてきて、やっと今母自身が望む生き方ができています。 今私は母と同じマンションの違う階に1人で住んでおり、子供もおらず生活の為に働くことも必要ではありません。 母の弟である叔父が母の生活費や、私自身持病を持っている為、私の生活費等の面倒を見てくれている為です。その面では叔父にとても感謝しています。 叔父と母は9歳の歳の差があり、祖父祖母共に早く亡くなったので、叔父からしても私の母は叔父の母代わりでもあるからです。 母は孤高にして慈愛に満ちた女性です。しかし孤高であるが故に在宅医療を選び、自宅で最後を迎える事を選びました。 側について支えているつもりですが、正直私が母に諭される事が多く、母の前では泣くまいと思っても涙を見せてしまいます。 今後母の最後のその時まで寄り添うつもりですが、その後母の存在が召された後、自分がどう生きていけば良いのかわかりません。 いっそのこと一緒に召されたいとさえ思ってしまいます。 母は芯の強い女性です。誰にも愚痴など言わず、誰にも何も求めず、ただ静かに愛情を分け与える女性です。 私など足元にさえ及ばない孤高で慈愛に満ちた女性です。 そんな母の無償の愛情を今更ながら感じ、感謝している反面、母の死後どうやって生きていけば良いのかわかりません。 共依存しているのは分かっていますが…。 先にお伝えした通り、私には持病もあり、働くこともままなりません。 何を生き甲斐にしていけば良いのかすらわかりません。 自身の身体の不調にも腹が立ちます。 どうか母の死後にも強く生きられる心構えをご教示して頂けますようお願い致します。

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「幸せなのに死にたい」の原因を知りたい

長文です。大丈夫な方はお目通し下さると嬉しいです。 自分は今以下の条件通りの「幸せなのに死にたい」状態です。 ・「一般的に恵まれている」でなく、「自身が実際幸せを感じられている」状態の幸せである。楽しい事も多い。 ・家族、友人、職場、恋人に恵まれ、適切で信頼出来る関係を相互で築けており、少なくとも自分は満足している。 ・職や他者への不満は特に無く、基本的に感謝して過ごしている。 ・セクシュアリティや趣味趣向、興味分野でマイノリティだが、周りは皆受け入れてくれており、将来への視野もそこそこ拓けている。 ・自身に不満は無く、性格の悪い所と同じくらい良い所が好き。 他者評価はあまり気にならず、過去のトラウマは火葬くらい。自分には幸福が許されないといった考えも無い。 ・金銭面は過去現在共に苦労していない。 ・死ぬのが怖いので死にたくない。また、「幸せなまま死にたい」という気持ちや、有終の美的な考えは一切持っていない。 ・不幸にはなりたくないが、かといって幸せになりたくて生きている訳ではない。 不幸でも幸せでもない中間または無でも、充分足る。 この環境条件下で何故死にたいとなるのか。その理由の検討がつかず、己と異なる知見を持った方々なら一体どう見るのだろうと相談させて頂く事にしました。 「幸せなのに死にたい」と調べると、多くの方の談を拝読する事が出来ます。 しかし、「周りの人(一般)から見て恵まれている」けど不足を覚えており消えたい……といった内容である場合が多く見受けられ、どうにも自分に近いニュアンスの例を見つけられませんでした。 「今の恵まれた環境を失うのが怖い」という可能性も考えたのですが、物事の変遷は特別でもなく、 極論幸せが抑自分にとって良い事なのか悪い事なのか判断を下せない為、理由としてしっくり来ませんでした。 最近変わった事といえば、 幼少期からの墓執着が遂に睡眠障害を引き起こしたので、初有給を使って添い寝用に墓石1つ目を購入した事くらいです。 墓はかなりポジティブなものとして認識していて、皆さんが一生物のぬいぐるみを買うのと恐らく同じ感触ではないかと思っています。僕より重いけど可愛い竿石が届く予定です。 こういう状態で「死にたい」と考えるに至る理由に検討がつく方、いらっしゃいましたら教えて頂きたいです。

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自分自身、身内の人生がおかしくなるのは、因果なのでしょうか?

お坊様方の親身な解答を見て、私も質問させて頂くことにしました。 まず、私個人は幼い頃から、育児放棄、虐待、などを受け、今となって考えれば躾らしい躾を受けずに、成人しました。 成人してからは色々ありましたが、結婚もし、毎日食事もでき、子どもはできませんでしたが、小さいながらも、それなりの幸せを手に入れました。 そこには、友人知人などの助け、そして自分自身の努力も多少あったと思います。 昨年、老後に備えて、借金をして教育支援業で起業いたしました。 教育支援業を選んだ理由は、幼い頃自分は辛い思いをしてきた。 だから、少しでも同じような思いをしている子どもがいたら、助けてあげたいという気持ちからです。 しかし業績は一向に伸びず、生活をする資金も無い、借金も返せない状況になってきました。 もう、すぐにでも畳まなければならない状態です。 そうなった原因は、起業に対する私の勉強不足が一番だと思いますが、それ以外にも、不思議な出来事が多々あります。 例えば、「死」をイメージさせるような、不可解な現象が起きたり。 知人のアドバイスを素直に実行しても、周りが不思議に思うほど反応が無かったり。 アルバイトをして、なんとか凌ごうと思っても、全て面接で落ちたり。 何をやっても、良くなる気配がありません。 私の父も、事業で失敗し、親戚一同夜逃げするような事態を起こしました。 その後も2回ほど起業しましたが、いずれも失敗し、最近では金銭トラブルで離婚するとかの騒ぎになっております。 弟も、数年前…数百万の借金を作り、当時私が弁護士費用とか工面しましたが、結果がわからぬまま、行方不明になりました。 話は少しずれますが、父は私達が成人してから、籍を婿養子という形に直しております。 私も子どもがいません。 弟も、結婚はしておりませんので、やはり子どもはいません。 従兄弟も結婚していなかったり、子どもができなかったりで、 結果的には、次の世代に「血」を残すことすらできなくなっております。 こうなってくると、因果とかしか思えなくなり、正直…生きていく意味さえ無いように感じてきます。 ぜひ、解決の糸口になるような助言を頂ければ、幸いです。 長文失礼いたしました。

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友人の魂はどこにいるのでしょうか?

1ヶ月前に大切な10年来の友人が亡くなりました。 それを知ったのは昨日のことです。 高校生の時からの大切な友人でしたが、私と友人は2年ほど連絡を取っていませんでした、というのも私は友人の些細な一言で怒ってしまい、連絡を取ることを一旦やめてしまっていたからです。 1月に急に友人からメッセージが届きました。 「いろいろなことがあってパニックになってる、たくさん話したいことがある、また前みたいに遊びたい」と言われて私はまだその気になれない、と回答をしました。いつかまた友人の言葉を許せたら遊びに誘えばいいと思っていました。 私の回答を聞いた友人はとても反省していて、これからは連絡とらない方がいいよねと返信をくれました。 私はその返信について何も答えられず、悩んで返信をしないままでいました。 そして昨日、その子の母親から彼女が2月に死去したという旨のメッセージをもらいました。 肝臓がんでした。 まだ連絡とりたくないとは言ったけど、またいずれ遊びたいと思っていたし、またいつか会えるものだと思っていて、すぐに返信を返さなかったことを強く後悔しました。 彼女に嫌な事を言われたり、うんざりすることもあったけど、友達をやめたいなんて思っていないし一緒にいるのは本当に楽しくて彼女のことは大好きだった。 この気持ちをどうにかして彼女に伝えたいです。 自己満足になってしまうけれど、これだけはわかって欲しくて。 49日までは、亡くなった方の魂は現世?にとどまる、という様な話を聞いたことがあります。 彼女のお仏壇はなく、お墓があると彼女の母親から聞きました。 すぐにお墓にいってこの話をしたら彼女に聞いてもらえるでしょうか? ほかに伝える方法はあるのでしょうか? 教えてください。 長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。 どうかよろしくお願い致します。

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自分を見つめ直す為にお寺で働きたい

初めて相談させていただきます。 就活中の大学生です。 在学中にアルバイトも兼ねてお寺で住み込みで働きたいと考えているのですが、その心構えについての是非を伺いたく、相談させて頂きました。 とても個人的な話で長くなりますが、最後までお読みいただければ幸いです。 私は将来、海上自衛隊で働きたいという夢を持っています。 大学で体育連盟の部活を行っていたため体力的には問題ないのですが、日本を守るという仕事で必要になる強い責任感や精神力、人を引っ張る力というものが自分にあるのか、とても不安です。 強いリーダーシップのある方はみな自分の軸をしっかり持っている人なのだと思っています。私も自分の軸を見つける、または構築するために、自分を見つめ直すことが必要だと思い、様々なことを考えた結果たどり着いた結論は仏教の考え方によく似ているところがありました。 大学生のうちに仏教の世界で生きている方々の近くで生活し対話することで、自分の考えをさらに醸成し、ぶれない軸が作れるのではないか、これからの人生の指針が少しでも定まるのではないかと思い、住み込みで働けるお寺でのアルバイトを探しているところです。 また、死を覚悟することもある職場で働くことになりますので、お坊さんのお話をできるだけ沢山聞いて、自分なりの死生観を獲得したいと考えています。 長文、散文になってしまい申し訳ありません。お寺で働きたいと考えた理由は上記の通りです。 質問は以下の内容になります。 ①-1 学生アルバイトで住み込みで働けるお寺はあるのか ①-2 働ける場所がある場合、女性でも大丈夫か ②自分の軸を見つめ直したいという個人的な理由だけでお寺で働きたいというのは、お坊さんとしては浅はかだと思うか、また仏教の考え方に大きく外れてはいないか ③お寺で働ける場合、お坊さんのお話を聞ける機会はあるか 長文になりましたが、読んでいただきありがとうございました。 相談に乗っていただければ幸いです。 よろしくお願いします。

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愛猫とのお別れ

初めてご相談させて頂きます。 先日、14年一緒だった最愛の猫を看取りました。 1月に具合が悪そうにしていたので病院に駆け込んだ所 末期の腎臓病と診断されました。 獣医さんからは、 もって2.3日、頑張って1カ月と 診断されました。 治療するよりも、自宅でゆっくりと過ごすか、安楽死の二択だと診断され 家族みんなで相談し合い、自宅療養を選びました。 それからは、 病気の事、これからどう体調の変化があるのか、どの様に過ごさせればベストなのか、最後はどうすれば良いのかと、獣医さんや人に聞いたり相談したり調べたり沢山しました。 変な話し、終活じゃないですが ペット霊園にも話を聞きに行きました。 しかし、お別れの時は来てしまいました。 余命宣告を受けてから、きっちり3カ月目の4月16日、夜中の2時半前 最愛の猫は、号泣する家族みんなに見守られ、沢山声を掛けて名前を呼んで、沢山撫でてもらいながら旅立ちました。 眠る様にとはいきませんでしたが 穏やかに旅立って行ったと思います。 そこからは、散々調べ尽くしたお陰なのか エンジェルケアも、思ったより手際良く済ませ 朝には、お花を買いに行きました。 ペット霊園にも電話をし、 自分で運転し、最後に一緒にドライブしているかの様な気持ちで向かいました。 霊園に到着したら、 お経もあげて頂き、火葬用の炉の中に綺麗に入れてもらい、一緒に持っていった、おもちゃやご飯等を、涙が止まらなく鼻水を垂らしている私に入れさせてくれました。 分骨を希望していたので 数時間後、再度伺うと 遺骨が綺麗に並べてありました。 その姿をみた瞬間 あぁ… 全部終わっちゃったんだなぁ… と、妙に冷静になってました。 自分の性格上 きっと、寂しくて悲しくて 泣いて泣いて仕方ない位に落ち込むと思っていました。 ですが、家族や親友が、後から酷く落ち込むのではないかと心配するくらい落ち着いているんです。 確かに、思い出しては涙も出ます。寂しいし、姿を探してもしまいます。 初めて看取る経験をしたのに 私の心が、おかしいのでしょうか?薄情なのでしょうか?? 周りが言う様に、後から酷く落ち込むのでしょうか?? この様な経験が無いので 何か、お答えやアドバイス頂けると幸いです。

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優しく出来ない。

1年前に母の肺癌が見つかり、ステージ4で手術は出来ないと言われました。 今日まで休む事なく抗がん剤、放射線の治療を続けています。 母は激しい運動をしないかぎり、日常生活に支障はありません。 ですが、母は自分の身の回りの事もほとんどしてくれません。 私は病気がわかってから、仕事も休職し、自宅に帰りたくても、週末ぐらいしか帰れません。 母はいろんな事を言ってくるので、そのたびに私なりに考えて提案してるんですが、何もかも全否定されてしまいます。 そんな母を最近イライラして私のほうが気が狂いそうになります。 私なりに、こうしてみよう!これが駄目なら次はこうしてみよう!とか私自身駄目なところがあるのかな…と考えながらやって来たのですが、毎日がしんどくて仕方ありません。 最近は会話するのもおっくになってしまって、私からの会話もすくなくなってます。 これから、どう気持ちを頑張れるようにしたらいい解らなくなってます。 母の一日は食べる、寝る、スマホでゲームです。 出来る事しないで、ゲームばかりしている母を見てるとイライラが酷くなります。 いろんな事を犠牲にして母の傍に居てるのがアホらしくなってしまいます。 毎日を笑って、楽しく過ごしたいのに…… 頑張る気力もなくなってしまいそうです。

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非合理的に感じる労働環境とその心構え

こんにちは。初めて質問させて頂きます。 私はこの国の多くの労働環境が正常じゃないと感じています。 顧客からどんなに理不尽なクレームを受けてもまず組織を代表して謝罪を強要させられ(例え自分の非じゃないにしても)、上司や顧客の言うことにはどんなに間違っているように感じても、絶対服従を強いられ反対や意見を許されない。毎年過労死やパワハラによる自殺者が出ても経営責任者に課されるのは交通事故以下の比較的軽い刑罰のみ(個人的には間接的な殺人だと思っていますし、もっと刑罰を重くして重大な人権侵害だという認識が広げない限りは大幅な改善は期待できないと思っています)。 無論、全ての職場がこうでないことは知ってますし、労働者の権利をきちんと守っている職場があることも知ってますが、余りにもこうしたブラックな環境が多すぎるように感じるのです。 経済誌を見ますと他国と日本を比較した記事がいっぱいありますが、特に欧州の先進国では終業時間をきちんと守り、労働法が厳しく定められているので日本ほどブラックな労働環境は少ないというような記事も見ます(実際に目で見て体験しているわけではないので、鵜呑みにしてはいけないと思いますが、コロナ禍前にフランスへ旅行し、現地のスーパーがどこも19:00や20:00に完全閉店しているのを見たことがあるので、ある程度は真実だと思っています)。また議論して当たり前の環境なので(あくまで欧州や北米などですが)、日本と異なり自分の意見を言うことを歓迎されるとも聞いています。 ここで質問なのですが、どこの国もある程度はそういうもんだと割り切ってしまうべきなのか、コロナが収束したら海外に出てこの目で事実を確かめて海外での就業など他の道を模索すべきなのか(海外といっても欧州、北米、アジアなど多くの違う地域と国がある中で決して一括りに考えてはいけないと思いますが。また海外での就業は語学や労働ビザなど国内での就職よりはるかに敷居が高いことも承知しています。)、どう思いますか?ご意見を聞かせて頂きたいのです。

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親との関係悪化でうつに…

今年大学4年生になるものです。 少し前から体の不調が続き、大学から勧められた病院に行ったところうつということが分かりました。 原因は大方見当がついています。 母親との関係悪化があるのではないかと感じています。 昔から母はいわゆる毒親と言われるような人でした。しかし、親を悪く言ってはいけない、親のせいにしてしまうのはダメだと思い母を毒親だと思わないよう過ごしてきました。 しかし、母との関係が悪化していくと同時に目に見える形で体の不調が出てしまうのです。 今現在、大学は実家から遠い距離にあるため一人暮らしです。病院に行くことが出来たのも1人だったためです。以前にも母に不調を訴え、病院に連れていって欲しいと頼みましたが、心療内科、精神科のような病院は人をダメにすると言われ連れていってもらえませんでした。 恐らく、その頃から患っていたはずなのに放置してしまったため悪化し、今では日常生活が困難、希死念慮すら出てきてしまう始末です。 今年から就活も始まってしまいます。 母は実家に帰ってくるよう求め、一緒に暮らすように言っておりますが、私は関東のほうで就職したいと考えております。 ですが、このまま不調が続けば就活はおろか、大学卒業すら出来ないかもしれません。うつのことも母に話すのが怖く伝えておりません。 こうなってしまったのは母のせいだと思ってしまう一方、ここまで育ててくれた人に対してなんてことを思っているんだ、こうなったのは自分のせいだという自責の念に板挟みになっていて非常に辛いです。 どうしたらいいのでしょうか。何かお言葉をいただきたいです。

有り難し有り難し 49
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2023/12/14

生きていることが恐いです

今年の夏は、異常でした。でもあれは、今年の夏だけの異常さではないと思います。 今、南半球では、異常な夏が訪れています。私たちの住む北半球でも、30度を超える冬、魚の大量死など、異常な冬の訪れを告げるニュースがあちこちで流れています。 地球が壊れかけています。異常な暑さと、環境の変化による食糧不足、水不足、それらを起因とした人々の争い。これから先の未来を考えると、恐ろししか感じません。 そんな世界に子供を産んでしまったことが、申し訳なくて仕方がありません。自分はもう死んでしまいたいと、こんな怖ろしい世界にいるくらいなら、もういいと思います。でも、そんな恐ろしい世界に親もなく残された小さな子供たちのことを考えると、苦しくてたまりません。 必死で生きてきました。仕事も見つけ、色々ありながらも、家族を養える程度には何とかなっています。でも、これからの大きな変化の中では、そんなもの何もなりません…… 逃げ場はないですし、それでも生きていくしかないと頭ではわかっています。でも、恐怖は、変えられません……。 化石燃料を無駄に使う人を、憎む気持ちすら浮かびます。こんなもの、なくていいじゃないかと、エネルギーの無駄ではないかと思うものを見るたびに、落ち着かない気持ちになります。でも、ヒトが生きていくには、時に「無駄」に見えるものが重要なことも知っています。 こんな状況で戦争なんて、何をやっているんだと思います。個人でできることを必死で探してやろうとはしています。でも、そんなもの何もならないことも、やはり頭ではわかってしまうのです。 こうした不安を、エコ不安というようです。世界でも増えているようですが、無理からぬことだと思います。出口のない、ないことを知ってしまっている、苦しさがエコ不安の難しさだと感じています。 出口がないのなら、しのごの考えずやるべきことだけをやる。分かってはいるつもりですが……苦しいです。

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