ああ…なんて 青空 と 二階のトイレに座って ぼーっと 見上げていると 何も考えていないのに 涙が出てくる ここから 身体を 投げ出せば 今この 苦痛だけは 終わらせる ことが できるんだろうな と 網戸を 開けてみた 絶え間なく ドアを叩く音と 母親の怒声 「いつまでみんなに迷惑かける気!? あんたさえ学校に行けばみんな幸せになれるの!もう18なんだよ!? もう疲れた!!あたしには一生あんたの世話してよぼよぼになっていく自分の姿が目に浮かぶ!」 この苦痛から 逃れたい その方法が死しかない 逃げ場など どこにもない 疲れた疲れた疲れた疲れた 疲れた疲れた疲れた疲れた もうやめたい
僕は母、父が死んでしまったりするのが怖いんです。 世界まる見えであった人を人工的によみがえらせる方法、日本にも来るでしょうか… お母さん、お父さん、僕の死ぬ前にその技術を使って死にたくないです 僕はどうすればいいですか? 怖くてお腹がいたいです…( ;´・ω・`) 回答をお願いします 火葬した人のされる前とされた後の違いを見て怖くなったからです
死について考えてばかりいます。 ちゃんと仕事に行き、普通に毎日を過ごしていますが、頭の片隅にはいつも『死』が居座っています。楽しいこともするし、おいしいものも食べる。でも『死』を考えないことはないのです。 積極的に死のうとは思わないのですが、親が生きている間は死ねないなぁと思っています。昨年の夏父が亡くなりましたが、死んでからどこへ行くのだろうと考えます。あの世なんてあるのかな、そんなものあるわけないとか、考えは逡巡します。 死について初めて考えたのは小学生の頃だと記憶しています。自分が死んだ後も世界は回っていくんだ、今死んだら明日起こることは自分にはわからないんだと気づいて恐ろしくなりました。 死にたい(というか消えたい)思いと、親や夫、子どものことを考えると死ねないと言う思い、振り子のようにこの2つの思いの間を行ったり来たりしています。 今の自分の意識がなくなることが恐ろしいのかな。考えたりしている自分がいなくなる。それがこわいのかな。あの世なんてあるのかな。死んだらどこへ行くのかな。 そんなことを考えながら何食わぬ顔で普通に生活している自分に疲れてしまい、休日はほぼ寝たきりで過ごしています。 どうか死について教えてください。 よろしくお願いします。
12年前に父が病気で他界しました。いま、私自身が病気を患い、諸事情により家を無くしたため帰りたくても退院させてもらえない状況です。1人でベッドの横で座っていると両親のことを思い出し、お父さんに会いたい、お母さんに会いたいと泣いてしまって余計にメンタルが悪くなるという状況です。 父は酒飲み家系で肝臓を悪くしていたのですが、塗装業という仕事柄有機溶剤によりますます肝臓を傷め、何度も入退院を繰り返したにもかかわらずお酒によって肝臓を患い死にました。 父は亡くなる少し前に動脈瘤が破裂して血圧が上がると出血が増えるからと絶食になっており、死の前日に病院から電話が来た時にICUで父に会った時はお腹すいたお腹すいたと言っていて、それでも血圧の関係で食べさせてあげることが出来なくて、たまたま母が持っていた飴をあげることしか出来ず、それが心残りで。 私は勉強が好きではなく父方の従姉妹のように早稲田大学に行くような頭も(無く、父が好きなように生きたらいいと言ってくれたからと好きに生きてきました。父は私に何も期待してくれていなかったのでしょうね。 しかし、ありがたいことに父を看取ることができ、帰りたい帰りたいと言っていた故郷にお骨になってからですが帰してあげることが出来ただけでも良かったのだろうかと思いはします。 ただ、気持ちが整理できず分骨して仏壇に居てもらってますが。 これで良かったんでしょうか。 ただ、やはり父は幸せだっただろうかと思ってしまいますし、もっとしてあげられることがあったんじゃないかと思ってしまいます。 母は父の亡くなる2年ほど前に怪我による脳内出血で左半身麻痺を患いました。 父が亡くなったため母の介護は私一人でやりました。 私が仕事や出かける時に家にいてと言っても出てしまったり、食事を摂ってくれないということがあり、母を手にかけてしまう前にと介護サービス付きのマンションに入れました。 母には小さい頃から殴られたり蹴られたりされ、まともに褒めてもらった事もなく、恨んで来ました。そして私自身病気になり半分動かなくなり、父を助けることが出来ず母を手放したバチが当たったのだろうかと自己嫌悪する毎日です。どうすれば楽になるでしょうか。
自分の性格は心配症です。 例えば車を運転していたら、この角から人が飛び出してくるかな?自転車に乗った人が急に来るかも?反対車線の渋滞した車の間から人が出てくるかも?と心配になります。 本題は、自分の親がもし病気になったら、亡くなったら耐えられないと、不安に襲われることです。 いま現在、両親はありがたいことに健康で生きていますが、急に病気にかかるかもしれない、急に亡くなるかもしれないと考えると、不安で仕方ないです。 歳を取ったことによる両親の体の不調が、もしかしたら大病(がん、心臓や脳の病気等)かもしれないと、急に不安で心配でたまらなくなります。 心配し出したらきりがないですが、最近はとても不安でたまりません。 もちろんいつか人間は亡くなりますが、自分が両親の病や死の時を迎える時、耐えられるのか、どう対処したらいいのか、分からずにいます。 大切に育ててくれた両親がいつまでも健康で長生きしてほしいですが、いつかはやってくる別れの時を想像すると、不安で仕方がありません。 どのような心構えでいるべきか、不安に襲われた時はどう対処したらいいか、教えていただけないでしょうか。
このタイトルの質問は多くたくさんは拝見するのですが、少し私は考えが違うかもしれませんので、投稿させていただきます。長文御容赦ください。 私は死について考え出したのは小学6年生の時でした。 そのときは、死んでしまうともうこの世には帰ってこれないし、今楽しいと思うことはもう二度とできない。といったものでした。 そして、考え方は年々変化しました。 今は以下のことを考え、夜になると吐き気をもよおすこともあります。 ・死んだらどんな姿になるのか ・姿が変わっても親や妻、夫に会えるのか、また後から来る人にも会えるのか ・生まれ変わるというが、今実際前世何かだったという記憶も多分ありません… ・あの世でも老化ということがあるのか?あればどのくらい前の人まで会えるのか?なければ老けない姿でどうやって会いたい人を探すのか? ・なんといっても向こうでも働くのか?食べるのか?ずっと活動するのか? といったことがこれでも一部ですが、考えてしまいます… 誰も死に逢ったことはないし、わからないものです。 ですが、かといってこういうふうな捉え方をするなと言われてもできそうにはありません… ありがたきお言葉をお待ちしております……
前回と似た内容で、申し訳ありません。 親の二の舞を演じるのが明白なのに、生きていく意味があるのでしょうか? 生まれてから今日に至るまでの現実体験を踏まえれば、DNA(遺伝子)の問題であるのは、間違いありません。 具体例を1つ。 「歯茎が、お父ちゃんと同じやなぁ・・・」 初診時に、現在も通院しているかかりつけの歯科医から、言われたセリフです。父も診てもらっていたので、事実なのでしょう。 今、上の前歯がぐらついて、いつ抜けるかわからない状態です。私の歯と歯茎の状態は、その歯科医の「予想した通り」の経過をたどっています。 その他、親の二の舞の具体例には、枚挙にいとまがありません。 ところで、2019年の参議院議員選挙(比例代表)で、政治団体「安楽死を考える日本の会(安楽会)」が、候補者を立てていました。 結果は、得票数26万9,051票(得票率0.54%)で、議席獲得はなりませんでした。昨年(2022年)の同選挙では、安楽会は候補者を立てていませんでした。 日本では、安楽死の問題を議論する雰囲気は、「微塵もない」ようです。 生き方を熱く語る著名人・有識者は、星の数ほどいますが、「死に方」を論じる著名人・有識者は、私の知る限りでは「皆無」ですね。人は、いつか必ず死ぬというのに・・・。 前回の質問文中にも書きましたが、読売新聞社あてに出した投書は、ことごとく「無視」されました。 とっくの昔に、心は折れてます。 体が思うように動きません。 体のあちこちが痛みます。 もともと弱かった心臓も、さらに悪化しています。 身も心もボロボロです。 お金もありません。 何かあった時に、助けてくれる人もいません。 死んでも、白骨化するまで、誰にも発見されないでしょう。 父の七回忌までは、まだ生きている意味もありますが、それが済めば、本当に終わりです。これらを踏まえれば、やはり「安楽死所望」です。 今後の予測がついているのに、それでも、生き続けなければならないのでしょうか?
はじめまして、よろしくお願いします 母がこの度進行癌になり、余命がある程度わかる状況です 母60代、私30代の男性ですが、仲は良く 同居しながら自営で仕事をしていた矢先です 質問としては、母の死を意識すると 私の命までそこで終わってしまうかのような 恐怖感が強く、これは異常なことなのじゃないかと 仏教、浄土、愛別離苦、色々な見方から 自分も、強く生き抜きたいですが、 どうにも気持ちが生死から離れません 母をしっかり見送り、先を過ごせるよう 何か教えをいただけませんでしょうか。
こんにちは。 私は父を亡くし、母と暮らしています。母はすでに80歳をこえて、持病もあります。 私は現在ひきこもりのようになっており、親しく話せる友達もいません。小さい頃から女ですがマザコンといえるくらい母が好きで、友達のようにいろいろ話したりしてきました。 親の年齢が年齢なのでどうしても最期を考えてしまい、毎日気が重く苦しくなっています。いざそのときが来たら私は気絶でもするのではないか、してももう誰も助けてくれる人はいない、などどんどん悲観的になってしまいます。 母は定期的に病院に通っており、本人は楽しく明るく毎日を過ごしています。こうして母が毎日楽しく過ごせるのは私にとっても嬉しいですし、親に私が先にいく不幸を絶対味わってほしくはないですが、こんな歳なのに親が死ぬのがとても恐ろしいです。 これからどういう心構えでいけば多少なりとも心が強くなれるでしょうか?
仏教では親よりも先に死ぬと地獄へ行き、賽の河原で永遠に石をつまされると聞きました。 もし自衛官や消防士などの危険な職の人が任務中、多くの人を救うために親よりも先に死んでしまった場合もそうなってしまうのでしょうか?
親が僕を生んでくれてここまで育ててくれたことはとても尊敬しているし、感謝しています。 僕は都内の学生なのですが、昨年髪が大量に抜け落ちるほどストレスを抱えてしまい、身辺整理したら死のうと思っています。そのあとの親や兄弟の気持ちを考えると、苦労ばっかりかけてきて最後まで申し訳ないと思ってます。ですが、自分で生きていく自身が持てなく、家にいると自責してただ無性に涙を流してしまいます。 あと数日の間に出来る限り恩返ししていこうと思うのですが、こういう時に思いつくあてもないです。お金に困ってるわけではないありません。今の僕にできる限りの恩返しを一緒に考えてほしいです。お願いします
死に対して気持ちが動きません。 父親の死は両親の離婚後何年も会っていなかったので他人事のように感じました。もう1つの理由に離婚前より母親から父親の悪口ばかりしか聞かず私なりの判断ができるほどの交流もなかったため父親像というものが母親からの話だけで固まってしまった事です。ですが長年可愛がっていたペットが亡くなった時もその瞬間は涙が出ましたが悲しみは長く続きませんでした。母親への感情も薄く扱い難い人なので死んでも悲しまないだろうと感じてしまう自分が嫌です。人として未熟なのでしょうか。
私は今年33歳になる社会人男です。 現在は今年61歳になる父と二人で借家に住んでいます。 兄弟はいません。 母は私が高校生の時に離婚しています。原因は母の借金です。 精神病を患っており、今は施設で過ごしています。 また離婚はしていますが月1回、父は母のもとを訪れて、食事をしたりしています。 私も3ヶ月に一回ほど、会っています。 そんな訳で、高校生くらいから父と二人で暮らしてきました。 父は母の借金を返しながら私のために、大学まで出してくれて、自分は家も買えませんでした。 食事も毎日お総菜などですが、買ってきてくれています。 最近は私がつくることで、少しでも楽をさせてあげたいと思っています。 昨年父と母が60歳になり、ふとテレビなどで70代で亡くなる方のお話を聞いていると後10年で70歳になってしまうのか・・・ 父や母がそんなに早くいなくなってしまったら、自分は一人で寂しくて辛いのだろうなと思ってしまいました。また、祖父が昨年90歳で亡くなってしまったことも、原因の一つであると考えています。 それからは毎日、そんなことを考えてしまいます。 仕方がないことだとわかってはいるのですが、どうしても考えてしまいます。 特に兄弟もおらず、悲しみを分かち合える人がいないことも原因のひとつです。 こんなことを親に話すわけにもいかず、どうしたらよいのかわかりません。 お坊様の方々にどのように考えるのがよいのか、お話をお伺いしたいと思い、質問致しました。 長くなってしまいましたが、よろしくお願い致します。
母親が大腸ガンになりました。父は他界して8年がたとうとしています。妹が重度の障害をもってます。とても辛く母親がいなくなったら私は生きていく自信がありません。父の死で親の死は辛いということを嫌という程知り、母がいなくなることの不安、恐怖におしつぶされそうです。逃げて先に死にたいかもと思いネットで調べたりもしてしまいました。私の夫は借金をして脳卒中にもなりお金もありません。治療費のことも不安です。今の状況をどう整理すればよいかわかりません
幼稚園の頃でしょうか、祖父の死に接して、死ぬってどういうことなの? と眠られぬ夜を過ごしたと親から聞かされたことがあります。 中学高校の頃になると死ぬこと、無ということが恐ろしいと埒のあかない煩悶に苦しみ、そのうち、そもそも目の前に見える、知覚する世界の存在だって何の保証もない気がしてきて、そもそも懐疑論者というよりは病的に存在とか認識の作用自体確信がもてない、と不安にさいなまれていただけなので建設的でも哲学的でもなかったです。 「虚無」というのも言語や人間の思考の生み出した幻でしかないのでしょうか。 分析哲学みたいに考えればそもそもそんな思考のおよび得ないことは哲学の扱う領分ではないし、人が考える意味もないことなのかもしれないと最近は思って気もしました。 それに存在に懐疑するなら虚無だって懐疑すべきで…。 こんがらかってしまいます(笑)。 そもそもそういうことを考えてみたとて幸せに結びつくのかとも思います。
こんにちわ。 以前個人的な質問をさせていただき、2度目の質問になります。 以前は大変貴重な回答を頂き非常に感謝しています。 さて、表題の質問になりますが、 小学生の頃「死」について考えたことがあり、その時は・・・ 死んだら考えることすらできなくなってしまう。 死んだらこうやって「死」について考えることもできない。 自分という存在はどこへ行くのか。 と、怖くなって夜寝られなくなってしまった思い出があります。 葉隠の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉の意味を調べたり、 100歳を越えてもなお現役の医師を続けていらっしゃる日野原重明さんのコラムなどを読んでから、私は「死」という概念は、 抗うものではなく受け入れるもの。 そしていずれ来る死をどのように受け入れるか。 が大事なのではと思うようになりました。 私は仏教には詳しくありませんが、仏教にも輪廻転生や極楽浄土など死後の魂の行方や考えがあると思います。 よろしければ、仏教的観点でも宗派的観点でもご回答くださる方の個人的な観点でもよいので、「死」についての考えをお聞かせ願えないでしょうか。 宜しくお願いいたします。
親が親の義務を果たしていないと最近知りました。 私は未成年なので何をするのにも親の了解などがいります。親は今私が16になったから「親の責任は果たした私は私の人生を生きる」と学校にいってます。 しかしテストが忙しいと何もしてくれません。いつもテストです。 私は学校に通いやすいように一人暮らしをしようと思いました。おかあさんは好きにすればいいといったので契約をしあとはお母さんの印鑑証明を出せば行ける所まで行ったのですがおかあさんは「テストで忙しいから市役所に行けない」といって作ってくれません。 ならば印鑑さえくれれば市役所で書類貰ってくるからそれ書いてといってもあの人からすれば印鑑渡す数秒で「私の睡眠時間を削る気かあんたは何もわかってない。私はテストで忙しい」です。だったら市役所いってとループ状態です。 私は今学校に行けてません。なんでかわかんないけど行けません。なんとかして行きたいから学校の近くにいえをかりたらいけるかなーとか考えました。親とはこんなものなのでしょうか?私がおかしいのでしょうか? 学費はバイトで稼いでます。お母さんが育児放棄した犬2匹も私が育ててます。わたしがお母さんと住んでる時は(いまはにげておばあちゃんちにいます)よるお母さんが帰ってくるまで水も食料もありませんでした。もちろん機嫌損ねるとご飯なしです。 いまはただ学校に行きたいです。ならば行けばいいと思うでしょうが分からないのです。環境変わったら行けるかなって思ったけど親がこんな感じです。相談できるとこもここしかなくなりました。死のうにも私には愛する娘が2匹います。あの子達には罪はないのです。 親友に相談したら訴えられると聞きました。最後にお坊さんのご意見お聞かせください。
小学生2年生の娘が 死ぬことに対して恐怖を抱いているようです。また、生きてるのかということについても考えて、不安になっている様子です。 思い返すとここ数年で ペット(熱帯魚)が死んでしまったり、娘にとっての曽祖母が亡くなったり、死について考える事は何回かあったのですが、曽祖母は娘自身は会ったこともほとんどない近しい関係ではなかったので、それほどショックを受けるような感じではなかったです。 それでも、人が亡くなったらお葬式をして、お骨になるという事は少しショッキングだったのかもしれません。 私はいつ死ぬの? 死んだらどうなるの? 私は本当に生きてるの? 「まだ死なないから大丈夫だよ。 あなたが死ぬのは、ひいおばあちゃんぐらいの年齢になってからだと思うよ。」 「たくさんいい事をすると天国に行けるみたいだよ。」 などとも話してみたりもしましたが、なかなか不安は解消されないみたいです。 明日死んじゃうかもしれないと泣き始めることもあります。 生きてることについては うまく説明もできず 「自分が生きてるのかを今考えられてるってことはあなたが生きてるってことなんだよ。」と 「我思う故に我あり」のような事を伝えてみたりしても、小学生には、まだ上手く伝わりません。 死への恐怖 死後の話 生きてること どのように話してあげればいいでしょうか?
はじめてご相談させて頂きます。</br> 以前、父が遺伝性、且つ予後不良の神経難病を発症し、 現在は死を待つだけの状態となってしまいました。 そのため、私と妹は遺伝子の検査を実施したのですが、 私に父と同じ遺伝子が存在することがわかりました。</br> 父と同じ病気になる可能性があるとわかった私は、 母に「私が死んでもちゃんと生きてくれ」と話したのですが、 母は、妹と二人の孫がいるにもかかわらず、「それはできない」、 「私が死ねば自分も死ぬ」と泣きながら答えていました。</br> 私は、本人が最期に幸せだと思えればよい人生であると考えております。 父が病気となり亡くなることは、とても悲しくありますが、 父は最期まで幸せであったと信じられるため、耐えられなくはありません。 母に関しても同じで、病気、事故で亡くなってしまった場合、 その時点では幸せであったと信じることができると思います。</br> しかし、私が死んだ後、自死を選んでしまうのであれば、 母の最期は不幸なものではないかと考えてしまいます。</br> 子供に先立たれれば、自分も一緒に死のうと考える親は多いのかと思います。 ですが、実際に実行するかは別であり、時間や周囲の存在が少しでも心の傷を 癒してくれるのでしょう。 それでも、そう思えるのにも関わらず、病気になっていないにも関わらず、 自分が死んだ後、母が前を向いて生きてくれることを信じることができず、 母が後を追ってしまうのではないかとずっと考えてしまい、とても怖いです。 </br> そんな起こってもいないことを心配するような私に、 アドバイスを頂ければ幸いです。
現在高校3年生です 受験を一通り終え人生の節目に立ったことと、時間がとても余っていて暇なこともあってか、ここ数日死について考えてしまいます。受験とコロナという状況も相まって自室という閉塞的な場所に長期間いて家族以外とあまり会えず精神状態が不安定なのかもしれません。 僕は今までとても幸せな生活を送ってきてこれまでの人生に後悔はありません。 だからこそ、いつか来る終わりが怖くて仕方ありません。 死については科学や宗教など色んな立場の人が色んな意見を出し合っていると思います。 今この世に生きている以上結局死後のことは何も分からないことも分かっています。 けれどあれこれ考えてしまいます。 もう大学生ですし結婚願望もあるので親と一緒に過ごせる時間やそして必ず来る親の死、自分の寿命が尽きた時の自我の消滅などを考えると怖くて仕方ありません。 僕としては自分が死んだら、親や兄弟、ペットとまた幸せに暮らしながら、自分の子孫などを見守り、時が来たらその子とも暮らしたりという、あの世での永遠を望んでいます。 これはとても都合のいい考えだと分かっていますが、こうでも考えないとおかしくなってしまいそうです。 もちろん死ぬまでは精一杯生きるつもりですが皆さんの考えを是非お聞かせ頂きたいです。