昨年の秋頃に、NHKのドキュメンタリー『ありのままの最期 末期がんの“看取り医師”死までの450日』が放送されました。医師で僧侶の田中雅博さんが、末期がんとなり亡くなるまでを記録した番組です。 田中さんは「死ぬのは怖くない。看取った患者から死に方を学んだ。」と語っておられました。 とはいえ、現実には思い通りにはいかないこともあり、言葉を失うくらい壮絶な内容でした。 私にも一応、理想の最期のイメージはありました。誰でもいつかは死ぬのだからじたばたしても仕方ない、自分らしく生き、寿命が来たらそれはそれで受け入れるだけだなと。 でも、実際にそれを間近に感じた時には不安だらけ。じたばたしまくり。私はこんなに弱かったのかと愕然としました。 この時は単なる体調不良でしたが、現実は自分が死ぬなんてそんなに簡単に割りきれるものではないことを経験し、分からなくなりました。 「死に行く者の死に方から学べ」と田中さんはおっしゃったそうです。 “人の生き死には思い通りにはいかない。それでも、なるべく冷静に過ごすにはどうすればいいだろう” 今度は慌ててしまわないようにと、以来ずっと考えていますがまだ答えが出ていません。 お坊さんはたくさんの方の最期に向かい合っておられるので、ご自身に関しても既にイメージがあるのではないかと思います。 例えば病気で余命宣告されたとしたら、暫くの間は痛みや不安など心身の変化に耐えることになりますよね。 今回お尋ねしたいのは「最期の、耐えて待つ生き方」です。どのような心境で、どのように過ごしながらその時を迎えようと思いますか? お坊さんとして、でもいいですし、一個人としての思いがあれば教えていただきたいです。参考にします。 よろしくお願いします。
いつもお世話になっております。 私は昨年まで自分の価値を見出せずに、なんとなく適当な人生を歩み、幸せも感じていませんでした。 自分だけが良ければいい。陰で様々な人の悪口を言いふらすような暮らしでした。 昨年末より自分の運命を変えられるような本を読んだり、セミナーを見て学びました。 特に信じられると感じた先生に、自分の夢を実現するカウンセリングを受けました。 周りの方への感謝、陰口を言わないように心がけました。 しかしながら、願いは叶わないどころか、運が悪くなることばかり続きました。 希望や期待を大きく持ちすぎたせいで、現在の自分との乖離が大きく、時よりこんな人生なら死んで楽になったほうが良いと考えることが多くなりました。 叶わない夢ならば期待しないほうが良いと考えているものの、一度期待してしまったものは頭から離れません。 時間はかかるかもしれませんが、もう2度と期待せずに、前の生活のように適当に生き、自分だけが良ければいい生活に戻ったほうが良いか、一度死でリセットしたほうが良いのかアドバイスをいただければと思います。
49という数字がやたらと目につきます。 ふと見た電子時計の数時、TVの時計の数時、 広告の値段や、色々ありますが49といあ数時ばかり目につきます。 ネットで調べるとエンジェルナンバーでは49という数時は良いいみらしいのですのが、エンジェルナンバーは海外の考えなので日本人の私にはあまり関係しないような気がします。 どうしても49>死を意識してしまいます。 考えによって49>良くと考える人もいますが、 私にはどうしても死と考えてしまいます。 49数時ばかりめにしてから2年くらいたちました。何か悪いとこが起きる前触れとか誰か死ぬとかの虫のしらせなのでしょうか?気にしないほうがいいのですが、気にしてしまいます。
死について最近よく考えます。 飛び降りたい、死にたい、消えたい、悲しい、寂しい、いなくなりたい、さようならと、頻繁に思います。 衝動的な感情ではなく、死ぬという選択肢もアリかと思うのです。 不幸な人生を過ごすより、どれだけマシかと。 決して、精神病ではないです。狂気でもないです。 沢山努力して、頑張ってきた、必死に精一杯生きてきた。 それだからもういい、後悔はない、死ぬんでいいんだ、、、と思うのです。 死ぬのは怖い、苦しい、悲しいだけではなく、死は安らぎ、静穏、慰め、新たなスタート、でもあるように思ったのです。 新たに生まれ変わって、新しい命を生きるのも良いのではないかと。
私は長く高齢者施設で働いています。施設では医療行為は行えず、死を待つだけ。 昔は床の間の畳の上で看取りをしていましたよね、施設とは云え同じように職員が看取っていくのです。 人の生きる姿を見るときは、死はまだまだ遠い先に見えるものなのです。しかし死へ向かう姿を見るときは目先に見えるものです。私たちはどのように送り出せばよいのか、心を痛める瞬間が多いです。何もできない。わずかな時間手を握ることそれだけです。それ以外の時間は業務です、体を拭いて・点滴をして・清潔な環境・シーツ交換・栄養補給…。 私は人の死に向かって生きる姿・死を前にされている方にどんな手が差し伸べられるでしょうか。
父親のDVの中で生きてきて、4.5年前に別居しました。同居時代から心のバランスはギリギリでした。 もとから余裕のある暮らしではないのですが、いま私は奨学金を借りながら、アルバイトをかけもちしながら、年額102万の学費を払って、自分の必要経費や趣味に使うお金を捻出しています。 中学時代、人間関係に失敗し、親友だと思っていた子からずいぶんな言葉で(思い出すのも苦しいです)関係を絶たれてから、ギリギリだった心のバランスを崩しました。 誰にも相談できずに摂食障害になり(高校時代は拒食、いまは過食です)、大学受験も第一志望に数点足らずで落ち、気落ちしていたところに母からも「受験費用を返せ」「学費は自分で払え」と言われ、夜中に声を殺して泣く日々でした。 いまは、バイトで疲れて(母が同じ仕事先なので辞めるに辞められない)必修科目の単位を落とし続けていて、留年が決定しました。 母になんと伝えたら罵倒されずにすむかで悩んでいます。 母は性格がキツイ人で、手始めに人格否定から入ることもままある人です。 精神科にかかれば保険証で母にバレ、罵倒は逃れられません。 どなたかに話そうにも、大学のカウンセラーだと恐らく母に伝わります。そうなると罵倒は逃れられません。 友人には、関係を絶たれてからトラウマで話すことができません。 将来のゆめもあるので、勉強は続けたいのですが、もう心が限界の状態です。 やるべきことができず、やりたいことも少ししか出来なくて、自分がいやでたまらないのです。 希死念慮も強くて、死んでしまえればと考えない日のほうが少ないです。
10年前 私が20代半ばの頃です。約2年半程 交際していた方が自ら命を絶ちました。当時は 悲嘆に暮れ 絶望感と今までに経験したことのない喪失感でいっぱいでした。 私の言動や行動が 彼を追いつめたのではないかと思い自責の念にも苛まれました。 彼に対して 『何故、どうして?』という気持ちがいっぱいで溢れそうになり 時にはそれが『なぜ私をこんなに悲しませるの』と、怒りになることもありました。 彼がいなくなってからも 私の日常は変わらずにあり 泣いてばかりもいられませんでした。半年も経てば 彼がいない生活にも慣れてしまいました。亡くなってからの一年間は 周りに心配をかけまいと 必死に毎日を過ごしていたように思います。楽しいことがあれば普通に笑えたし、その一方では 死にたいと考えてしまう自分がいたり。今思えば、 常に両極端な緊張感の中にいるようでした。結果 糸がプッつり切れてしまい休職するに至りました。 『時間が経てば癒される』と よく言いますが、三回忌を過ぎた頃からは 彼がいないことに対して寂しくて泣くことは少なくなりました。あんなに毎日の様に彼のことを考えていたのに 自分のやるべきことに追われ忙しい日常にいると すっかり彼のことは忘れていましたし、それでいいのだとも思っていました。しかし そう簡単に割り切れる訳もなく、 少し疲れていたりすると 決まって彼のことを思い出しては悔やんでいる自分がいたのも確かです。 七回忌が終わった頃には 私自身も 歳を重ね 彼の自殺の原因を考えるより 彼が亡くなった意味に想いを巡らせる様になりました。 歳月が流れて 私の気持ちにも沢山の変化がありました。時間はかかってしまいましたが 私なりには彼の自死を消化してきたつもりです。しかし、10年が経とうという今でも あの当時の喪失感だけは拭えません。新しい誰かと未だに向き合えない自分がいます。 また、物にも あまり執着しないようになり、とにかく身軽でいたいと年々 思うようになりました。彼以外にも この数年に大切な家族を立て続けに亡くしたことも かなり堪えています。 すっかり 自分の進むべき道を見失ってしまいました。生きることに執着がない自分自身にも とても不安になります。何か新しく手に入れたり 出会いが生まれれば、そこから貪欲になれるのでしょうか?
はじめて質問させていただきます。 私は今年18歳になる、高校3年生の女です。 通信制高校に通っています。 ここ2、3ヶ月の悩みなのですが、私は自分や家族の死、老いに恐怖を感じています。 あるニュースを見てから、突然感じるようになりました。そのことで体調を崩し、今は心療内科に通院しています。 自分の老いへの恐怖。そして死ぬ時はどんな感じなのか、その後はどうなるのか。考えても考えても当然ですが答えは出ません。恐ろしいです。家族(特に母親)が老いていき、いつか…それを想像するだけで涙が出ます。 誰にでも来るもの。それは十分に理解しています。 だから、今を大事に生きていくしかない…ということも頭では分かっているのです。 ですが、どうしても怖くていられません。 不安でいっぱいで、ずっと体調を崩したままです。泣くことも多いです。 ずっとこの気持ちを抱えたまま生きていくのか…。 心も体も、とてもとても辛いです。 私はどうすれば良いのでしょうか?教えてください。 よろしくお願い致します。
お世話になります。 今すぐに死にたい、ということではないのですが、 私は、かねてから「自殺してはいけない理由」が分かりません。 遺族や他人に迷惑をかけるから、というのは理解できます。 しかし、生きているほうが周りに迷惑をかけてしまう者もあると思うのです。 私は同性愛者で、家族や伴侶はおらず、 将来、いわゆる無縁死や孤独死を迎えるのは、 ほぼ間違いないと考えています。 交通事故に遭うなどすれば別ですが、 そうそう都合よく、ぽっくりとは死ねないでしょうから、 体力が衰え、あるいは何かしら病を患うようになった頃からは、 例えば地域の民生委員や、市の高齢福祉課などに、 多少なりとお世話になってしまうでしょう。 そのような方々の手を煩わせ、 また、一般の方々が収めた税金を費やすべき価値が、 私の死にあろうはずが無いのです。 さらに、私は低所得者で、蓄えもございません。 つまり、死を迎える年齢の頃には、 金は無いわ身寄りは無いわ、 ただただ扱いづらいだけの年寄りになるのは、目に見えています。 これで認知症を患おうものなら、さらに厄介な存在となるでしょう。 だから、まだ体や頭が動くうちに、 無価値な自分自身に、落とし前をつけたいと考えてきました。 こちらの相談サイトで、 自殺を肯定するアドバイスなど頂けないのだろうと思います。 では、こんなクズでも生きていかねばならない理由を、 私に教えて頂けますでしょうか。 宜しくお願いします。
周囲から善人と言われている人も、殺される人は殺されるべき因縁があるんですか? [不慮の死]は殺された人に落ち度はないのですか? 恐怖と痛み、苦しみの中で殺されていった人は永遠に苦しみますか?
正直な所、私が殺してしまったようなものです。 幼い頃から犬が欲しくて、小学生の頃にようやく飼うことができました。 犬がシニアになった頃から大きな病気をいくつも患うようになり、この子の為になるように勉強し、動物病院に勤めました。 犬の体調が悪い時は同伴出勤し、入院した時も長く一緒にいられるように8時に出勤・22時過ぎに帰宅したり、特別に医療機器を持ち帰り自宅でも治療をしておりました。 ですが、勤務先でなくかかりつけ病院で大手術を受け見た目が大きく変わった為、職場の方に根掘り葉掘り聞かれるのが嫌で、その後同伴出勤することはなくなりました。 1番苦しいのはこの子なのに、向き合うのが嫌で家に帰るのが辛くなり、夜遅くまで帰らなかった時期もありました。 ある日の朝、犬の食欲が無く体調が悪そうだったのですが、仕事から帰宅後の様子次第でかかりつけ病院へ行こう考えておりました。 深刻さは理解しておりましたが、今までも何度かあったしきっと大丈夫だと思い出勤しました。 この時に職場の人の目を気にせず同伴出勤するべきだったと後悔しています。 まもなく定時になるという頃に、家から職場に連絡が入り、犬が亡くなっていたと知らされました。 家族は仕事や学校でしたので、犬は最後の瞬間もひとりでした。 家には粗相の跡があり、体も汚れ食餌もできていない状態。 孤独で苦痛に耐えていたのかと思うと苦しい気持ちになります。 家族が帰宅し犬を見つけた時、最後の力を振り絞ったのか、一声だけ鳴いたとのことです。 私は連絡を受けた後直ぐに帰宅しましたが、最後の瞬間に立ち会うことはできませんでした。 死後硬直しかけている少し温かい感触を覚えています。 やりたいことを全て楽しんでから後を追おうと考えていましたが、来年も花火を見たいなど欲が出てしまい、後を追うことをやめ数年が経ちました。 ここまて長々と書き連ねましたが、結局は「私はこれだけ頑張った」とアピールしたいだけ。 誰かに「あなたのせいじゃない」と言って欲しいだけなのかと思います。 最愛の愛犬を殺しておいて、自分だけ救われたいだけです。 犬の死にどう向き合い、自分の気持ちにどう折り合いをつけるのが正解なのでしょうか。 いつか、また犬を飼うことは許されるのでしょうか。 貴重な時間を割き、最後までお読み下さいましてありがとうございました。
昨日、入居者の方がお亡くなりになりました。状態は良かったのです 関係ないと思いますが定期回診で医師からの指示で採血を行なった直後から 容体が少しずつ悪くなり翌日には飲食が出来なくなりました。懸命に生きようとしている姿を見て何も出来ずに見守る事しか出来ない歯がゆかったです 定期的に呼吸の確認をして口腔スポンジで唇を湿らす、舌が傷ついていたので 看護師からの指示でワセリンを塗布したり‥それくらいしか出来ませんでした その方は食事が一部介助ですが自力でほぼ召し上がって頂けていました。食べ終わった物を下膳すると「すみません、ありがとうございます」満面の笑顔で仰ってくれていました。昨日、その方の近くに座っている方の食事介助をしている時に容体が悪くなる前は当たり前のようにいてくれたのにいないことに感情が抑えきれず涙が止まりませんでした。今までもお亡くなりになった方を見てきましたが今回はどうしても蘇ってくるあの日の採血さえなければいてくれたと思ってしまうのです。結果論に過ぎない事は分かっています。人には寿命があるのですが 突然すぎて自分の心が付いていけません。ここまで自分が抑えきれなくなるなんて思っていませんでした。もう、あの笑顔に会えません。お見送りの時は逃げたくなりましたが他のスタッフが「お見送りしてあげよう」と背中を押してくれ 最期を見送れました。今も涙が溢れそうです。何故、今回だけこんなに悲しいのか分かりません。ご家族様にお気に入りのひざ掛けを渡して棺に入れられるようでしたらお願いしますと伝えました。数日後には新しい入居者の方が来ます 今の精神状態で受け入れることが出来るのか‥どうしたら私は今の状態から抜け出せますか?ここまで拘ってしまうのはどうしてですか? 立て続けに最期に当たってしまうのは私の日頃の行動が悪いからですか? どうしても今回の死は私の人生に深く残りそうです。初めての経験で戸惑っています。
漠然とした質問です。 人は誰でも必ず死を迎えます。死ぬことは、やむを得ないですが(頭では解っていても)精神的に苦しくない穏やかな最期の迎え方をするには、どのような生活を心掛ければよろしいでしょうか?
愛する人を亡くしました。 進行の早い病気で、でも希望を捨てたくなかったので、治療がうまくいく前提でしか話をしていませんでしたが、結局は…。 こんなことになるなら、もっと彼に対する感謝の気持ちを伝えたかったという後悔の思いばかりです。 私は、魂とか輪廻転生というようなことを信じています。 人は亡くなった後、49日までは魂がこの世にいるのですよね。だとしたら彼の魂は家族のところにいるのでしょうか? 私は彼の家族ではありません。 彼は天国に行けるでしょうか。 家族を大切にしている人でしたが裏切っていたことには変わりないので、それは“悪いこと”であり、天国には行けないのでしょうか…。 また、愛する人の死を“乗り越える”とはどういうことなのでしょうか。 彼が亡くなって以来、頭ではわかっているものの、気持ちがついていけません。それでも私は普通の生活を送るしかなく、自分は何をしているのだろうという気持ちになったりして、どうしたらいいのかわかりません。
現在大学生四年生です。ふとした瞬間に人は死んだらどうなるのかなと考え込んでしまいます。 死んでしまったら、今のわたしの意識は消えてしまいますよね。だとしたら今頑張っていることも、それを感じる意識がないのですから無駄なことになるのではないでしょうか。 わたしは、わたしが消えてしまうことがとてもこわいです。最近こんなことを考えてばかりで、がんばろう!と思っても、すぐ「頑張っても死んだら関係ないよなあ」と思ってしまい、怖くなって何もできなくなってしまいます。 恥ずかしいことに現在就活がうまくいっておらず、本当ならもっと努力をしなければならないのに、無意識にそこから逃避しようとしてこんなことを考えてしまうのかもしれません。 今考えなくていいことを考えてしまい頑張れない自分が情けないです。この悩みに区切りをつけて、また頑張れるようになりたいです。 破茶滅茶な文になってしまいすみません。
中学のころ、親しくしていただいた友人が亡くなったと先ほど共通の友人を通じて知らされました。中学の時にはかなり救われていた相手であったこともあり、かなり衝撃的ではあったと思います。 しかし卒業してからは疎遠になってたこともあり、どこかぼんやりとした気持ちで泣く友人から報告を受けました。 その上で通話が終わってから気づいたのですが自分は泣く気配が全くないのです。 かなり疎遠だったからなのでしょうか、それともそんな私は冷血なのでしょうか。かなり救われた相手だったはずの友人の死に何も感じてないようで自分の事ながら信じられません。涙を流せない自分がわからないです。 どうして泣けないのでしょうか?お坊さん方のご意見をお聞かせ願えたらと思います。厳しいご意見も是非お聞きしたいです。
5月に父親を亡くしました。 普通の生活に戻った今頃になって 自分が死んでしまう事に恐怖を感じるようになってきました。 結局死んでしまうのになぜ人は生まれ、生きなくてはならないんだろうと毎晩考え、いつか訪れる自分自身の死に対して怖くてたまらなくなります。 死にたいと言う訳ではなく死ぬ事が怖いです。
度々いろんなお坊様のいろんなご意見を読んでは参考にさせていただいています。 一つ最初に私はあまり信心深くなく、こんな時だけお坊様や仏様の慈悲にすがる浅ましさをお許しください。 かれこれ15年、「死ぬのが怖い」発作に苦しんでいます。 きっかけは祖母の死でした。 当時中学生になりたての絶賛反抗期で、親ともうまくいかず、勉強もうまくできず、何をやってもむなしい、いいことも何もないし死にたいと思っている最中の出来事でした。 自分がいかに死を簡単に考えていたかを身に沁みて理解しました。 悲しみよりもずっと大きく、死んだらどうなるのかという恐怖と、自分が自分でなくなり消えていく恐怖が襲いました。 悲しみよりも我が身の可愛さが先に来た自分が情けなく思いましたが、その恐怖は今もなお私を苦しめます。 必死にその恐怖を押し込めて、忘れ去ろうとすることしかできません。 親には相談できませんでした。 当時の憔悴しきった様子から、自分が何か心配をかけるような真似はできないと思いました。反抗する回数も少し減ったと思います。 その時に適切に恐怖心を処理しなかった代償か、今もふとした瞬間に目の前が真っ暗になり、足元からさーっと冷気が這い上がるような恐怖で吐き気がすることがあります。 お風呂に入っているときが一番その発作が起こりやすく、全くお風呂が安らげる場ではなくなってしまいました。 かといって人間皆いずれは死ぬのに、怖がっていることが恥ずかしく、心療内科の先生(以前適応障害を患い通っていました)にもカウンセリングの先生にもうまく伝えることができませんでした。 とにかく自分が自分でなくなり、何もわからない世界に行ってしまうことが怖くてたまりません。 そして私がいなくなった後も永遠に時間が続き、地球が滅び、宇宙が滅んでいくと考えると、手足の先が氷のように冷たくなって正気を保てなくなります。 お坊様達のご意見が聞きたいです。 お坊様達の世界の捉え方、仏様の世界を知れば、この恐怖から解放され、無事に死んでいけるのでしょうか。 親(二人とも60前後でまだ元気ですが、)が死ぬことも最近は毎日のように頭をよぎり、人間が物言わぬモノになっていくことが悲しく苦しくてたまりません。 身勝手な相談で申し訳ありませんが、どうか少しでも死ぬまでに心やすらかに人生を送れるようなヒントを頂けますと幸いです。
初めまして。中学3年生、受験生です。 勉強、入学、就職と進んで行っても、 結局「死」にたどり着くと思うと脱力感がぬけません。 動物たちを見ていても 別の魂に生まれ変わるのだと信じられないのです。 日々どんなふうに過ごしてゆけばいいのでしょうか。
私の祖母は、昨年の今頃、家で転んでしまい、足の骨を折ったきり寝たきりで入院しています。もう一年以上、入院生活を送る祖母はもともとボケていましたが、今やほとんどなにもわからなくなってしまいました。そんな祖母ですが、お見舞いに顔を出すと、ここから出してくれ助けてくれと最近言うようになりました。 たとえボケているとはいえ、やはり入院しつづけるのは辛い精神状態の様です。今では鼻から栄養入れている状態で、たぶんこのまま家には帰れないと思いながらも大丈夫だからここにいて休んでねと声をかけるのはとても辛いです。 それを見ていたら生きるってこんなに辛いんだなぁと思いました。死ぬ事も辛く怖い事ですが、生き続けることもまた辛いのではないでしょうか。なんだか生きることも死ぬこともすごく怖いような気がしてしまい、私自身もなんとも言えぬ恐怖感を感じるようになってしまいました。祖母になんと声をかけてあげると良いか、死と生きることへの恐怖の乗り越え方などアドバイスしていただければ幸いです。