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hasunoha 問答検索結果 : 「祖母 できない できない」
検索結果: 2480件

もう生きていても意味がありません

手もかからず、家族にとって自慢のできる娘、孫、兄弟になりたいと思っていました。 誰に言われたわけでも無く、ただなんとなく、下に兄弟がいるので1番上の自分がしっかりしなければと思ったからです。 猛勉強して進学校へ入り、なんとか名の知れた大学へも入ることができ、無事に就職して一人暮らしをして自立しました。 でも、弱い人間なので、逃げて妥協してばかりでした。 大学も就職も「もっと上を目指せるはず」と言われていたのに、自信がなくて、諦めて妥協して入学、入社しました。 親には「妥協してばかり」だと言われました。仕方ないですよね、自分がそうしてしまったのです。 自慢できるようなしっかりした人間になりたかったはずなのにこの有様。 下の兄弟は早くから自分のやりたいことをしっかりと見つけ、自分らしく自由に生きています。 とても素晴らしいと思います。同時に自分の不甲斐なさを痛感します。 家族にはそうやって迷惑をかけてばかりだし、友達という友達もいません。私が友達だと思っていても、私抜きで遊んでいたり旅行に行ったりするので友達ではないなと思いました。 今まで思い返してみれば人を傷つけることしかできないのです。 中学の時に友達を傷つけてしまい今でもとても反省して気をつけないとと思っているのにも関わらず、10年以上経った今も変わりません。 きっと、もう生きている意味はありません。そもそもこんな人間が生まれてきたことが間違いだったのだと思います。 身体を壊してしまったため、夏で今の職場を退職するのですが、転職活動をする気にもなれずにいます。 日々どうしたら死ぬことができるのか考えています。でも自殺する勇気はないのです。 どんな答えを求めてここに書いているのかもわかりません。ただただ生きているのがつらいです。 少なくともあと40年くらいは生きると考えると気が狂いそうです。

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勝手に期待して無駄な良心を働く

私は人にプレゼントすることが大大大大大好きです。 人の誕生日や、なかなか会えない人に会う時などは絶対します。 自分の好きな店やプレゼントのために新規開拓した店を回って「○さんコレ好きだったよな~」「△さんこれ欲しいって言ってたな……」「□さんこれ好きそう!」と考えに考えて選んで、受け取った時の相手の喜び具合を見るのが楽しくて自分も幸せになります。 (とはいってもそんなに重度ではなく、誕生日にはお菓子+雑貨や本、人と会う時はお菓子だけ等です) しかしそんな私にも、プレゼントするか迷う人間がいます。仲が微妙にこじれた感じのする友人です。(Aとします) Aは先生に贔屓され多数の賞も貰っており、ド底辺にいる私はすぐ嫉妬します。 私はこんなに苦労してるのに、頑張っているのに、なんでいつもダメなの……と。出さないようにしていても態度に出ているのは自分でもわかります。 その他色々あって、最近全く喋らなくなりました。 私から話しかければしゃべりますが、Aから私には一切話しかけてこないと気づきました。そこから自分も一切話しかけていません。 元々2人で仲良くしていたのが、外から見てもわかるように真っ二つにわかれ別々の友人と仲良くしています。 プレゼントの話に戻ります ちょっとした用事も兼ねて2泊3日の旅行に行くのですが、その用事が展示会みたいなもので、友人の好きなイラストレーターさんも出店しておりグッズ等の販売もあります。 出展者一覧で名前を見た時は「Aが好きな人だ!ポストカードとかお土産にあげたら喜ぶかな~」 と思ったのですが、次には「そういえば最近微妙な仲なんだった。どうせあげてもあっちは何もしてこないし……でもあげたい……うーん……」と悩み始めます。 良心が捨てきれないのもありますが、Aになにか期待しているのがわかって気持ち悪いです。自分が。 どうせ仲直りしてもまたAに嫉妬してつらいだけなのに、でもやっぱり趣味も合うし仲良くしたい。でもやっぱり嫌。あー自分って性格わりーなぁ。の無限ループです。 実際に、○さんにあれやこれやしてあげたのに私にはなんにもないと後悔した事もあります。 Aにお土産をあげるか否か、これから自分はどうすればいいかわかりません。お坊さんはどう思いますか?

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2024/07/15

考えない方が楽だけどこれで良いのか

いつもお世話になっております。 以前から死の恐怖について相談させていただいておりました。 最近は仕事もプライベートもそれなりに忙しく充実しております。体力的にも時間的にも死の恐怖に囚われている時間は少なくなり、心安らかに過ごしていました。 ですがふと、 やっぱりこの世は諸行無常で、今の幸せや充実もいつか無になり、私は私を自覚できなくなり、死んだあとは未知でしかなく、「死」という未来が待っている以上この先の人生のエンディングは絶対的な絶望なのだ、と 以前と同じ恐怖が強くよみがえりました。 日々の幸せに夢中で死を考えなくなり、「まあでも、これが今の私なりの死への向き合い方なのだろう」と甘く捉えていましたが、 結局、恐怖は忘れていただけで、死ぬ事実も絶望感も変わらずに私の中に存在します。 たくさんのお坊さんにご回答をいただき積極的に「心安らかに死んでいける心持ち」を探し求めても、知識だけが増え頭でっかちなまま、結局は恐怖も絶望感も拭えぬまま、不安な心のままです。 お坊さん方の視点から、私は今後、どのように死と向き合ってゆくのが良いと思われますか。 積極的に怖さに向き合い死を学ぶショック療法のような形か(ただ、もう死の恐怖に面と向かって辛い思いはしたくないという甘えも自分の中に今はあります)、 それとも自然の流れに身を任せて死を忘れたような日々を過ごすのか(そのうち死を自然と受け入れられると信じて)、 はたまた仏様に全てを任せ不安な心持ちのまま生きてゆくならば、まだ心の底から仏様を信じられない愚かな私の、実在する「不安な気持ち」をその都度「大丈夫」と躱していけばそのうち信心が得られるのか、など。 もちろん最終的に何を選択するのかは私が決めるべき問題と思っておりますが、 なんだかもう、自分でもどうしたら良いのか分からなくなってしまったため、アドバイスをいただけたらと思います。 お忙しいところ大変恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

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母の死

母が1年前に自死しました。 まだ冷静にこのことを話す自信がなくて誰にもきもちを話せていません。 でもこのままじゃ前に進めないと思い、相談することに決めました。まとまっていないのですが、読んでいただけるとうれしいです。 私は親元を離れて独り暮らししていて、実家に帰るまえに父から電話があり、お母さんがつらそうだとも聞いていたし、妹からも帰ってきたときびっくりしないでねとも連絡がありました。 帰ると母はひどく落ち込んでいました。仕事でミスが重なったのが先か、病んだのが先かわかりませんが、仕事で失敗した、自分はダメだと言うようになり、動けない状態でした。 いつもと違う母に動揺してしまい、どうしたらいいかわかりませんでした。 母は父と相談し、精神科に行き、仕事もやめました。 しかしそんな矢先母は自死しました。 後悔していることがあります。 死ぬ前の日の夜、母と車に乗っていたとき、母が、もう、お母さん、死ぬと言いました。 けど私はちゃんと聞き取れなかったのもあって、えっ?と強めに言い返してしまいました。 母はなんでもないと言い、会話はおわってしまいました。 あと、振り袖を買いに行ったときも母に強めあたってしまいました。母が辛いのはわかっていたのに、ひどいことをしてしまいました。 母は私が辛いときにそばにいて支えてくれたのに、私はなにもできず、ましてや母の死を助長してしまうことをしたり、母の気持ちによりそえなかったりしました。 朝方、母は自死したのですが、一緒に寝ていたのはわたしでした。 なんで気づいてあげられなかったんだろうと、本当に申し訳ないきもちでいっぱいです。 死ぬことを考えてるんじゃないかと思ったのに、そのときの自分でいっぱいで、思いやりがたりなくて、防ぐことができませんでした。 ごめんなさいの気持ちでいっぱいです。 こんなことを考えると涙がとまらなくなります。普段は普通に過ごしているのですが、急に悲しくなります。 ほんとはもっとありがとうを言いたいです。母なしではここまでこれませんでした。母みたいな母親になりたいと思うほど母が大好きでした。 でも、わたしのせいで亡くなってしまいました。自分のことしか考えられなかった自分が嫌になります。 母からもらった命だから精一杯生きなきゃと思いますが、この悲しみとどう付き合っていったらいいかわかりません。

有り難し有り難し 56
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