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hasunoha 問答検索結果 : 「お坊さん 死 」
検索結果: 858件

守護霊様のお言葉

こんばんは。 頭を悩ましている事について智慧をお貸しください。 以前、守護霊様が見えるという方に霊視をしていただきました。その時に私は「残酷な最後(拷問の末殺されるなど)を迎える人・動物に心を悩まして居ます。どうしてそんな目に遭わないといけなかったのか?辛かっただろうな…と妄想が頭から離れずにいます。その者達の魂はどうなるのでしょうか?私はどうしたら、その苦しみから解放されますか?」と質問させていただきました。 すると、いただいた回答は… 「魂は最初は鉱物となり、植物となり、家畜となり、野生動物となり、ペットとなり、最後に人間に生まれてきます。殺されたり無残な死に方をした動物たちは皆、それを望んで生まれてきているのです。だから、絶対に同調しないでください。早く命を終え転成をし人間になりたいものは、残酷な死に方を自ら選んで生まれてきます。しかし、人間になれるにも関わらず動物として生まれてくることを選んでくるものはゆっくりと生き自然死を選びます。」と教わりました。更に、「動物には感情がなく、一見あるように見えるが波長があっているだけなので、あなたが思う動物への想いは妄想であると」教わりました。 今まで自分の中では出なかった答えでしたので、驚きが隠せませんでした。すこし腑に落ちて居ない面もあり混沌としてしまいました。 上記の霊視していただいた方への質問をお坊さんはどの様なお考えをお持ちでいらっしゃいますか?智慧をお貸しください。

有り難し有り難し 11
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家族葬後の供養の仕方

2ヶ月前に、妹が自宅で自死しました。遺書に葬儀をしないでとあり、義弟の意向とコロナ禍ということもあり、両方の両親と義弟、姪、甥、私の夫、私のみの家族葬で送りました。 義弟のご両親に宗派を聞いたのですが、よく分からないようで… 義弟のご両親は他県在住で、本家ではないのでお墓を持っておりません。 義弟も宗教や宗派がよく分からないとのことで、急なことでもあったので家族葬にしたのですが、お坊さんに来て頂くこともなく葬儀を終えたので、初七日や49日法要など何もしておりません。 お骨は、義弟の家にありますが戒名が無いためお位牌もありません。 妹は嫁いだ身ですから、私の両親や私は宗派や供養の仕方について、なかなか意見を言い出せずにおりますが、ずっと違和感を感じるとともに、妹が成仏しないのではと悩んでおります。 自死したうえに、読経も戒名も法要も無しでは成仏できないのでしょうか? 妹が成仏できずに彷徨っているのではと思うと…私の両親も私も心が落ち着かず、悲しみが増すばかりです。 義弟も、気持ちがまだ落ち着かず妹の死を受け入れられないこともあり、今後の供養方もきちんと決められてないようですが…義弟の相談にはのるつもりです。 今後、どのように供養していけばよろしいのでしょうか? 義弟の家の近くのお寺を探して相談するべきか、他県在住の義弟の両親の家の近くのお寺に相談するべきでしょうか? ご意見、ご見解をよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 30
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父の葬儀でのお寺さんの選択について

先日、82歳で父が他界しました。 慌ただしく葬儀の詳細を決める際、葬儀場に紹介されたお坊さんに決めてしまったことを後悔しています。   父には遠方の田舎に檀家として先祖代々お世話になっていた菩提寺がありますが、生前本人は今の住まいから通いやすいお寺(葬儀場で紹介されたお寺とは別です)での永代供養を希望していました。母はこの場合、誰にお経を読んでもらったらいいのか…とさんざん悩んだ挙げ句、葬儀場に紹介されたお坊さんに決めました。事後報告になってはいけないから菩提寺に電話するよう葬儀の担当者から勧められ、母はその場で本当に申し訳なさそうに父の死と読経を別のお寺にお願いすることを伝えました。菩提寺の住職さんは大変驚いておられたようですが、電話の最後にはまた何かお役に立てることがあればいつでも連絡下さいとおっしゃっていたそうです。 その菩提寺は長男である父が昔から丁寧にお付き合いしており、お盆やお正月に帰省する度に挨拶に伺っていました。私も子供の頃から法事の度に伺っていたし、田舎の家や裏山にあるお墓に来ていただいた記憶があります。慌ただしさの中決めてしまいましたが、父も最後のお経は菩提寺のお寺さんにあげてもらいたかっただろうと、父にも申し訳なく後悔の念に苛まれています。 離檀することは決めていますが、このまま電話一本で終わらせてはいけないと思っています。母は認知症の症状が見られ、あらゆる場面で判断力が低下していることが、葬儀後の手続きをしていて分かりました。私達姉妹で今後は対応したいと思っていますが、まずは電話でお詫びし改めてご挨拶に伺うべきか悩んでいます。

有り難し有り難し 27
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自分を見つめ直す為にお寺で働きたい

初めて相談させていただきます。 就活中の大学生です。 在学中にアルバイトも兼ねてお寺で住み込みで働きたいと考えているのですが、その心構えについての是非を伺いたく、相談させて頂きました。 とても個人的な話で長くなりますが、最後までお読みいただければ幸いです。 私は将来、海上自衛隊で働きたいという夢を持っています。 大学で体育連盟の部活を行っていたため体力的には問題ないのですが、日本を守るという仕事で必要になる強い責任感や精神力、人を引っ張る力というものが自分にあるのか、とても不安です。 強いリーダーシップのある方はみな自分の軸をしっかり持っている人なのだと思っています。私も自分の軸を見つける、または構築するために、自分を見つめ直すことが必要だと思い、様々なことを考えた結果たどり着いた結論は仏教の考え方によく似ているところがありました。 大学生のうちに仏教の世界で生きている方々の近くで生活し対話することで、自分の考えをさらに醸成し、ぶれない軸が作れるのではないか、これからの人生の指針が少しでも定まるのではないかと思い、住み込みで働けるお寺でのアルバイトを探しているところです。 また、死を覚悟することもある職場で働くことになりますので、お坊さんのお話をできるだけ沢山聞いて、自分なりの死生観を獲得したいと考えています。 長文、散文になってしまい申し訳ありません。お寺で働きたいと考えた理由は上記の通りです。 質問は以下の内容になります。 ①-1 学生アルバイトで住み込みで働けるお寺はあるのか ①-2 働ける場所がある場合、女性でも大丈夫か ②自分の軸を見つめ直したいという個人的な理由だけでお寺で働きたいというのは、お坊さんとしては浅はかだと思うか、また仏教の考え方に大きく外れてはいないか ③お寺で働ける場合、お坊さんのお話を聞ける機会はあるか 長文になりましたが、読んでいただきありがとうございました。 相談に乗っていただければ幸いです。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 60
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2025/07/27

祖父が自殺していました。

5年前に祖父を亡くしました。 当時は自宅で突然倒れた、病死だと聞いていましたが、先日本当は自殺だったと聞きました。 祖父が書いた遺書も読みました。 自殺の原因は祖母です。 祖母は診断は受けていませんが認知症か精神疾患であったと思われます。 祖父に「早く死ね」など、近所まで聞こえる暴言と罵声を日々浴びせていたり「今から道路に飛び出して車に轢かれて死ぬ」と家を飛び出し、祖父が慌てて追いかけることもあったそうです。 祖父が心中を持ちかけたこともあるそうですが、祖母は「死ぬなら1人で死ね」と。 結果、本当に祖父は1人で亡くなってしまいました。 自分のお葬式の準備もして、遺書も残して。 祖父の死後、祖母は自分達の世話をしてくれている近所に住む叔母夫婦に「死んだ理由を他の親族に言わないで」と懇願したそうです。 知られたら自分が責められると思ったのでしょう。 祖父は祖母に殺されました。 祖父を殺しても自分のことしか考えられない、考えない祖母も去年亡くなりました。 私は祖母が生きていたら「人殺し、お前も死ね」くらい言ってしまうと思うので、祖母が亡くなった後に祖父の自殺を知ったことに対するホッとした気持ちと「死に逃げ大成功だな、くそばばあ」と悔しさがあります。 祖父がそこまで悩んでいたことを知りませんでした。 知っていたら、私は祖父を守るために祖母から引き離しました。 「おじいちゃん、一緒に住もう」と提案しました。 私がもっと早く気づいていれば祖父は助かったはずです。 でも、もう今更何を言っても遅いです。 泣いて悔やんでも祖父は帰ってきません。 今、私が辛いのは救えたはずの祖父を救えなかったこと、仏教では自殺したら地獄行きと言われているという話を聞いたことがあり、祖父は今でも苦しんでいるのかと辛くて仕方ないです。 また、葬儀の際にお坊さんをお呼びせず、お経をあげていただくこともしませんでした。 お坊さんにお経をあげていただかなかったことも心配です。 自殺したら地獄行きは本当でしょうか? 私は祖母が地獄に落ちていることを願ってしまいます。 祖父は今どうなっているのでしょう? 輪廻転生が本当にあるならば、祖父は今度生まれ変わったらどうか幸せになってほしいです。 私は看護師なので「病気が患者さんにこういう行動・言動をさせている」と考えますが、祖母に対してはそう思えません。

有り難し有り難し 48
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死にたくてたまらない

中学生の頃から既に35年以上、希死念慮と闘いながら生きています。子供の頃、母親から「お前なんて生まれてこなければ良かった。お前のせいで離婚できない。私が不幸なのだから、お前は幸せになる権利はない。」と言われました。両親が仲の良いところを一度も見たこともなく、二人は私が21歳の時、離婚しました。 工業高校しか出ていない父は、いつも学校でトップだった私を「生意気だ」と言い可愛がってくれませんでした。母からも、「お父さんは、お前を愛していないんだよ。だからお前は誰からも愛されない。」と言われ続けました。 両親から褒められたことは一度もありません。 自殺を何度も試みましたが、まだ成功しません。 30代前半で、家族から離れたくて、外国に留学しました。そこで、ある男性と出会い、彼は私の本当の家族の様な存在になりました。しかし、私の希死念慮は消えず、彼と付き合っている時も、自殺を計りました。その時、私を助けてくれた彼は、決して私を見捨てませんでしたが、とても悲しんでいました。そのことを知り、私は、彼の為に生きようと決心しました。それからは、一度も自殺未遂はしていません。 しかし、1年半前に、日本に来て私と暮らすはずだった彼は、突然死してしまいました。私は、現在、どの様に生きていいのかわからなくなってしまいました。 私が男性と付き合うたびに嫉妬してきた私の母は、今回の彼の死を喜んでいます。私はこの母を殺してやりたいと思いますが、犯罪者にはなりたくありません。この母に対する怒りを鎮めようとすると、鬱がひどくなり何もできなくなってしまいます。 今も死にたくてたまりません。精神科でもらう薬もほとんど効いていません。 私は残りの人生をどの様にまっとうすればいいのでしょうか。 助けて下さい。

有り難し有り難し 19
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これからの生き方

元々持病があり身体も強い方ではなかったですが、ここへ来てガクッと体力が落ちてしまいました。 お医者様からは二十代の時に、何十年もは生きれないと言われていましたし、自分でもそれで良いと思っていました。 早く亡くなった子供達に会いたいと思っていましたし、幸せな事も辛い事も全部経験できて良かったと思います。 いつだったか、お坊さんに、 人は老い、病み、そして死ぬ。と教わりました。 生きる幸せ。生きる喜び。生きる苦しみ。 私は経験して来れたかな?と最近考えます。 子供を亡くしてすぐは、早く子供の所へ行きたい。死にたい。どこまで生きたら死んでいい?と思っていました。 でもいざ自分が少しでも弱ると、まだ生きたいなぁ、と思いました。 我儘で短絡的で自己中心的だと自分でも思います。 生きることは愛だと教わりました。 私もそう信じていますし、生きていてやっぱり生きることは愛だと感じます。 私は子供たちや、家族や友人を愛して来れたかな、、自分本位な生き方をしてなかったかな。 今までしてきた事で、とても褒められた事ではない事もあったし、人の役に立てた事もあったけど、全部受け止めて生きれるかな。と思います。 自分だけの正義で他人を裁こうとしたり、自分の価値観を押し付けようとした事もあったよな〜っと振り返っています。 死を真剣に考える前は、自己中心的に自分本位に生きてきた自分が恥ずかしいです。 投げやりにならず、これからどう生きれるか、ヒントを頂けたら嬉しいです。 よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 3
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2023/12/10

老病死に対する自暴自棄

祖母の死から二年経ちます。 それまで親が相続の関係で揉めていたので怒りしかありませんでした。 遺言状を真ん中の叔母が書かせて全財産を真ん中の叔母に託すという趣旨を書いてたのが見つかって、叔母が牛耳ってたので目茶苦茶でした。 弁護士に父が相談して何とか取り分は取れたようです。 それが解決し半年たった今頃急に涙が出てきて、寂しい気持ちが拭えなくなり、何故か心が荒み自暴自棄になりそうです。 子供の頃はお世話になってた祖母なので、その優しい祖母の姿と、叔母に言いくるめられた祖母の寂しさのようなものと、叔母への怒りと恐怖と人間不信とぐるぐるしてしまって、ヤケクソになりそうです。 後、疎遠になった好きな人も難病の母の介護をずっとしていて、その人に対しても何だか嫌になってきました。というか、この祖母の死すら乗り越えられない私がその人とも今後関わる機会かあったとしても向き合える気がしません。このまま疎遠のまま逃げ出したい気持ちと、別にその人は悪くないのになという気持ちと半々です。 本当は母や上の叔母が一番ショックだろうに自分のことばかりで、そんな自分も嫌になります。 いとことも叔母の関係でギクシャクして、昔はとても仲良しだったので虚しいです。 ただ、今までその問題を仕事でがむしゃらに消してたのがプツッと糸が切れたように放心というか、悲しさ虚しさしんどさがどっと押し寄せてきます。一気に仕事どころじゃなくなってしまいました。 明日戦争で私が死ぬとか、明日私が病気で死ぬわけでもないのに何悶々としてるんだろう、という想いも消えないです。 他にも去年別の祖母を介護したあと入居して、それも今頃寂しさや虚しさに繋がっているかもしれません。 習慣のように仏壇でお礼をしてましたが、今思うと最近は理由がわからないまま強迫観念のような感じでやらないと気がすまない感じでした。 広い意味で老病死への向き合い方、乗り越え方を教えてください。 (両親は余りにも淡々とお金の手続きを済ませた、それ以上は話ししたくないという感じだったのでお坊さんに相談しました)。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

ものぐさたろう

ずっと鬱とした気持ちから逃れようと逃れ逃れ逃れようともがき足掻いてきた。今までそう思い生きてきた。そう思ってきた。生きる目的も楽しみも見いだせない。死にたいとただぼんやりと思い生きてきた。しばらく生きてやろう。その間に何かが変わればいい。棚から落ち来る牡丹餅をただぼんやりと待ち潜んでいた。しかしとうとう餅は落ちず月日は過ぎた。そうして今やあの苦しかったはずの憂鬱はぬるま湯に変わった。甘ったれた無気力。もう活力もとうに擦り切れた。かと言ってこうしてここに質問する活力は残っている。憎らしいフェイク野郎。死を盾に生きる人間。かと言って死もしない。憂鬱が去った確固たる安定した精神状態の今気が付いた。憂鬱が過ぎたことに恐れをなす自分がここにいる。いつからか私は無自覚の内、あの陰鬱を心地良く感じていた。気が付いてしまった。あの陰鬱な気持ちが恋しい。恋しくてまた再び陰鬱が訪れてくれまいかと慣れぬ煙を吹かしてみた。しかし、やはりあの陰鬱は帰ってこない。私は何を待っていたのだろうか。私は棚から何が降って来れば満足だったのだろうか。感傷か。果たしてそれさえわからない。わからない。そうして私はものぐさ太郎を思う。 お坊さん方はものぐさ太郎をどう評していますか。

有り難し有り難し 13
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2023/03/15

死んだ人が何を思っていたのか知りたい

初めてこのサイトを使用させて頂きます。 お忙しいお坊さん達の労力を私が奪って良いのかと不安ですが、宜しくお願いいたします。                                         私はプロフィールにある通り、長いこと摂食障害を患っています。 そのせいで母はとても苦しみ、母が亡くなる一年前には祖母の自死(母が第一発見者です)もあって、私が22歳の時にくも膜下出血で急死してしまいましたが、くも膜下出血になったのはやはり私のストレスが凄かったからだと思っています。母が死んだのは私の事で悩み苦しみ過ぎたからです。                        母は、摂食障害で痩せて歩くこともできなくなった私に「悲劇のヒロインになるな」「もう勝手に死んで」など、そういった言葉をよく投げつけていました。 今思えば、母もいっぱいいっぱいだったからだ思うのですが 母との思い出は、楽しかった事はひとつも思い出せなくて、怒られたことや何故あんなことを私にしたのか等、苦しい事だらけです。                                当然、もう母になにか尋ねることはできません。 母が近くにいるとも思えません。 よくお坊さんは、亡くなった人は近くで見守っていると仰いますが、そんな風に思いたくても思えないのです。                                                                     無理とわかっていますが、母が何を考えて何を思っていたのか知りたいです。 母の姉(おば)は、母は私を愛していたはずだと言いますが、母親としての責任があったから愛しただけだと思っています。 死んだ人の考えていたことや思いは、もう知ることができないですよね? もう諦めるしかないでしょうか。涙が止まりません。 諦める良い方法あれば教えて頂きたいです。

有り難し有り難し 8
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