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検索結果: 506件

浄土宗信仰について

夜遅く申し訳ございません。 僕は今年26歳になります。浄土宗総本山知恩院おてつぎ運動にも参加しています。 毎日勤行は行っています。 家族親族にいつも言われるのは、なぜそこまで若いのに仏教に興味あるのか、仏教を信仰するのは年老いてからだと。 信仰の自由を知らないんですかね。歳が何歳でも、仏教、浄土宗の教えを信仰してもいいですよね。 なぜ浄土宗かといいますと、出身の高校が浄土宗系の高校であったため、浄土宗の授業がありまして、そこで興味を持ちました。 心理の学校の先生でも、融通念仏宗の僧侶をされながらカウンセラーをされておられる方がいらっしゃいます。 その先生とはすごくお話していて面白いのでいつもお話をしているんですが、僕がこの歳で仏教信仰するのはおかしいですか、と尋ねたところ、驚いてはいらっしゃいましたが、すごく受容してくださり、こちらとしては嬉しいという答えをもらえました。 しかし、まだ自分の中にはほんとにいいのかなという気持ちがあります。ひとりで法然上人二十五霊場の寺院を訪れ、参拝し、御朱印をいただくのが好きなんですが、やはりそこらへ行けば周りの目が気になります。 なんで若いのにここに来てるの、という目線を感じます。 最後に、この歳で自ら菩提寺を探し、浄土宗の教えを信仰することはおかしいことでしょうか。 長文、ご拝読ありがとうございました。 合掌

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初盆の前にトラブル

父の逝去に際には、お坊様方に大変お世話になりました。 8月になり初盆を迎えることになりました。 ここで、ちょっとしたトラブルが起きましたのでまたご相談をさせていただきたく書き込ませていただきます。 実は父の逝去から通夜・告別式・49日の法要を通して妹夫婦との間に諍いが起きました。発端は父が逝去した日に断りを入れたとはいえ妹が父の元を離れ、家に帰宅した事に端を発します。通夜告別式でも自分は嫁いだ者であるからと弔問に来てくださった方々にろくな挨拶もしませんでした。私は喪主である母を支える役目に徹していたため気にはしませんでしたが、父の妹である叔母が49日の日に妹夫婦の対応に業を煮やし意見をしました。 その結果、自分たちと私たちの周りとでは価値観が絶対的に違うのだとの理由から、私たち親族とは一切かかわりあいたくないと言ってきました。母が病気になろうと死のうと一切連絡をしてくれるなとまで言うのです。 父の初盆を迎えるにあたり、お参りくださる方々に対する対応は私と母で行うと決めていたのですが、私が体調不良のため妹に対応を依頼するしかないと電話をしたところ、私たち家族はそれぞれに予定が詰まっている。それに縁を切ったのだから父の仏前にもお参りはしないと言われました。 価値観の違いと父の供養は違うだろうと言うと、私は父の仏前にお参りするという方法ではなく、自分の方法で父を供養する。あなた(私)が父を供養するよりも私の供養の方が何倍も父が喜ぶだろうと言うのです。 父の初盆会は自宅で行うのですが、私は私なりにひと月前からこつこつと準備をしお客様に失礼のないようにとの思いでいるのに、そのようなことを言われて本当に落ち込んでいます。 このままは初盆会事態を取りやめてしまおうか。 怒りのあまりにそんな思いがよぎったことも確かですが、お忙しい中を時間を割いていただく菩提寺の住職をはじめお参りした頂く皆様の気持ちを考えればそうもいきません。 ただ、心の中に芽生えた怒りや落胆、困惑をお盆を迎える前に収めるにはどうしたらよいのだろうかと思い、ここに書き込みをさせていただきました。やっぱり妹夫婦の意見が正しくて私の方がおかしいんですかね?

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『本家』『分家』とは?

私の実家はあるお寺の檀家です。 私の父は三人兄弟の末っ子ですが家を継ぎ同時に本家の墓も継ぎました。 長男(私にとって伯父。仮Aさん)、次兄(こちらも伯父。仮にBさん。Bさんは自分の墓をすでに購入済み)は家を出てそれぞれ家庭を持ちました。 私は女の一人っ子ですが嫁に行き、本家を継ぐことはなくなりました。 そうこうしているうちに父の長兄夫妻が突然亡くなり、続けて父も亡くなりました。 A伯父夫妻はあまりに突然亡くなったのでお墓の用意がなく、『お墓が決まるまで』というA伯父さんの息子(私の従兄)との約束で本家の墓に遺骨を仮安置しました。 この約束はお寺さんもB伯父さんも了承済です。 この時、父はすでに病床にあり、この直後父も亡くなりました。 今回お尋ねしたいのは『本家』『分家』とは?というものです。 この話し合いの時、A伯父さんの息子から『〇〇家の名前をこれからも引き継いでいけるのは自分』と言われました。 この時、本家の墓を管理しているのは父で、父が亡くなったら母、そのあとは私が墓を引き継ぐつもりでいましたので、従兄の発言は一蹴していました。 あれから数年経ちますが、従兄は伯父夫妻のお骨を本家の墓から出す気配はありません。 先日、お寺へ行った時、お坊さんから『お母さんから娘へ早く管理者継承の手続きをしなさい。そうしないとA従兄に墓を取られちゃうよ』と言われました。この『取られちゃう』が心に引っかかっていて、知り合いの年配の方に相談したところ、 お墓は「〇〇家の墓」という男系のもの。 父が亡くなった時点でうちが『分家』、 A伯父の息子が『本家』となるといわれました。 お寺から母→私へ管理者の継承を勧められて管理者が私に移っても私の一家(私や私の夫や子ども)がその墓に入れるわけではない。それが菩提寺と檀家というもの、と言われました。 父が亡くなった時点でうちが『分家』になるのですか?あの時、お坊さんに『取られる』と言われたのはこういうことなんでしょうか? 母娘とも以前から菩提寺に少々不信感があり、従兄との揉め事ももうたくさん。もしうちが『分家』になるのでしたらお墓の権利をA従兄に譲り、父のお骨を出したいと思っています。 B伯父さんに間に入ってもらいたいですが・・・少し認知症気味で、ちょっと難しいかも、です。

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如意輪観音って、どんな観音様なんですか?

こんにちは。 私の菩提寺の本尊は如意輪観音様です。 実家の仏壇にも如意輪様の絵札が掛けられています。 けど、如意輪様がどんな観音様なのか、未だによくわかりません。 いわゆる六大観音の一尊と言われていますが、千手観音や十一面観音、あるいは馬頭観音などは像容から仏様の働きや役割が何となくわかるのですが、如意輪観音様ってそこが芒洋としてて掴み所がありません。 菩提寺の御住職に尋ねても「まあ、あれは、いわゆる観音様ですよ」と言われましたが、何だかサッパリわかりません(^^;) 千手観音 →千本の手で衆生を救う 十一面観音→複数の顔で世界を見渡し、衆生を救う 如意輪観音→如意宝珠で、衆生の願いを叶える と、他の観音様が「救う」事が主眼なのに対し如意輪様は「願いを叶える」となっており、ちょっと毛色が違う感じがしますが、どうなんでしょう? 空海さんが大変深く信仰し、大切にされたとも言われるし、六観音の中では、六道のうち天上界を摂化するとも言われる事から、何か寺院の奥に鎮座するノーブルな仏様ってイメージあったのですが、よくよく身の回りを見てみると、お地蔵様のように道端でよく見かけたりします。意外に「庶民派」なのでしょうか? ネットで調べると女性的なイメージで語られる事が多いように思われます。 准抵観音(仏母)のような「母性」とは違って、艶っぽさや官能性などの「女性らしさ」が感じられるような気もするのですが。 (親鸞さんと六角堂のエピソードがそんな印象を与えてるのかも知れません。) お坊様方は如意輪観音様をどのように捉え、拝んでいらっしゃるのでしょうか? お教え頂ければ幸いです。

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2021/11/14

亡くなった祖父に会いたいです。

じいちゃんにまた会えますか? 先日祖父が亡くなりました。菩提寺は浄土真宗です。 亡くなる1ヶ月前に入院してコロナの面会制限の影響でそれきり会うことはなく、そのまま亡くなってしまいました。 久しぶりに会ったじいちゃんは目を開けないし、喋らないし、冷たかったです。 亡くなって2週間ほど経ちました。 祖父母の家に行っても、じいちゃんはいません。仏壇に手を合わせて話しかけますが、じいちゃんから返事は返ってきません。 家中探してもじいちゃんは出てきてくれないし、もういないです。 じいちゃんの亡骸が火葬される前にまたねって声をかけました。 きっとまた会えると思ってまたねと言いました。 でも、実際会えないとなるとやっぱりすごく寂しいです。会ってもたくさん話すことはなかったのですが、会って手を握って話したいです。 叶うわけのない願いなのですが、願ってしまいます。 いつか自分に死が訪れた時にはじいちゃんに会えるかもしれないから頑張って生きていかなきゃいけないのは分かっています。そうしないとじいちゃんが悲しむのも分かっています。 だけどどうしても悲しくて、じいちゃんに会いたいです。 何を質問したらいいのかわからないのですが私はどういった心持ちでいたらいいのでしょうか?

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2023/07/11

得度の意味を考えてみました

前回ご回答くださった僧侶様、ありがとうございました。 あれから自分の生き方を見つめ直してみて、浅はかな考えで得度したいと思ったこと、お寺に入れば何とかなるという甘えた心、得度しても自分がちゃんとしてないと何も変わらないということを知りました。 前回お話ししたKというお山の尼さんにお願いしたところメールアドレスの交換をしてくださり、時々相談をするようになりました。 尼さんは得度はしたものの住職資格はないので、迷ったときは、菩提寺のあじゃりさん?に習ってくださいとのことでした。 私は古い頭の持ち主で、年下の方にうまく頼ることができません。どうしても年上として、若い人に教えないと!という傲慢な気持ちが捨てられません。 尼さんは若手の方を育てるために、自ら練習台になればよいと言ってました。自分の身を低く保ち、私相手ならいくら失敗してもいいからと、いつか自分がご住職となる日のために私を利用したらよいのだ言ってました。 彼女のような、慈悲深く、優しく育てる気持ちを持つにはどうすればよいでしょうか? 私は、若い人から口答えされると生意気だなぁと思ってしまいます。でもその尼さんは、今の時代受け身の若手が多い中、そうして年上にぶつかってこられる人こそ大切だと言ってます。 私も頭ではわかるのですが、実践は難しいです…

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2023/01/11

戒を授かることについて

お世話になります。 私の実家(祖父母)は、父方・母方ともに西本願寺派の檀家ですが、父母の代から別に家を構え、私自身も結婚して独立し、父母の家・私の家ともに仏壇はなく、檀那寺との付き合いもありません。 今後、父母逝去の際にどうするかという問題もあるのですが、今回ご相談したいのは、私自身の授戒についてです。 生前に戒を授かることはとても尊いことと聞き、死後授かるよりも素晴らしく、破戒があっても、輪廻の果てに必ずや解脱に導くと聞いたことがあります。 仏弟子となりたいという思いのほか、子どもをもうけるつもりがないため、死後の葬送が不明瞭ということもあり、生きているうちに戒を授かりたいと考えているのですが、どのように手続きしてよいか分かりません。 高野山、善光寺では授戒会をしているときがあるとか、本願寺ではお剃刀があるという断片的な情報しか知り得ないのですが、 1 授戒とお剃刀は仏弟子になるという意味で同様のものですか?(浄土真宗には戒がないのでお剃刀とは聞いています。) 2 授戒と戒名の授与は別なのでしょうか? 3 どのように授戒やお剃刀にアクセスすればよいでしょうか?(いきなり近隣の お寺に行って、「授戒してください。」でOKなのか?) 4 複数のお寺で、何回も授戒を受けてもよいのでしょうか?その場合戒名は複数持てることになるのでしょうか? 5 生前戒名を授かっていた場合、授戒したお寺さん以外で死後、葬儀や法要をしてくれない場合もあると聞いたのですが、肌感覚としていかがでしょうか? 6 また、祖父母の檀那寺を含め、もし授戒をしてくれるお寺様と巡り合えた場合、その授戒・戒名(又は法名)を持ちながら、他宗派の信仰や勤行をしても差し支えないものなのでしょうか?(例えば、檀那寺又は檀那寺経由で浄土真宗の法名をもらいながら、一方で、他宗派の信仰や勤行をする等) 以上、とりとめのない質問で恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

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他界した夫に謝り、感謝を伝えたいです。

初めて質問をさせて頂きます。 アルコール依存から肝硬変、食道癌。 夫の命を守りたくて約10年、仕事で看護師をしている時よりも、全身全霊込めて夫の看護をしました。 在宅で療養しやすいよう、医師達からかなりの協力も受けていました。 夫は療養中、昔の知り合いの女性と飲みに出て動けなくなり、警察に保護されることや怪我で救急車で運ばれていたり、毎日がジェットコースターのような感じでした。 この3年は特に、疲れや高額な医療費の圧迫で、私は余裕がない状態で接していました。 他界する当日、何か苦しく感じたのでしょう。 断酒していましたが、夫は近くのドラッグストアでお酒を購入し、飲み、自宅付近でうずくまっていました。 「いい加減にして欲しい。もう限界。」の気持ちが爆発してしまいました。 夫に罵詈雑言を言い、杖を投げつけて自宅に入るよう言ってしまいました。 夫は全く動く事が出来ず、帰宅した息子に介助して貰い自宅へ入れた直後に心配停止。 息子を指示して心肺蘇生を開始しましたが、あっさりと亡くなってしまいました。 長い闘病生活の中で、飲む、体調を悪化させる、入院、回復してきたので、まさか最期になると思わず酷い対応をしてしまいました。 夫へ「あの時は本当にごめんなさい。」、「一緒に過ごした時間は本当に楽しかった。」、「またいつか逢えることを楽しみにしている。」ことを伝えたいです。 菩提寺様にお話して、納骨はまだ先にさせて頂き、家でいつも話し掛けています。 夫の人生はなかなか破天荒だったので、初七日から四十九日の大切な日には、審判する仏様へ「彼は心根は良い人なので、審判をお間違えのないようお願い致します。」と手を合わせて来ました。 夢にも殆ど現れず、お釈迦様のお弟子さん生活を開始し、頑張っているのかな?等と感じながら過ごしています。 毎日お線香をあげ、話し掛け、節目、節目には菩提寺様へ伺わせて頂くことで、夫へ伝わるでしょうか。 纏まらず、ごめんなさい。 どうぞ宜しくお願い致します。

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先祖の墓を探しています

タイトルの通り、先祖の墓を探しています。 父方の先祖の墓の場所が分かりません。正確には、あるのかないのかもわかりません。 簡単に状況を説明させていただきます。 私の父は20年程前、母は数年前に他界しています。 父方の先祖の墓があるのかないのか、そもそもその話をした事は一度も無いままです。 父は全く興味なかった様ですが、母は創価学会に入信しており、その影響もあってか(と疑っています)、墓参りというものに連れていってもらった事がありません。 私自身は創価学会には興味はなく、現在特定の宗派を信心しているという事もありません。 ※疑っているというのは、上記宗派は他の宗教を一切認めない、というと聞いているからです。 簡単に言ってしまえば、父方の墓に関する情報は全く無い状況です。 親戚にもある程度あたってみましたが、有力な情報は無しでした。 情報としてあるのは、父の母の母はなぜか大石寺(静岡県)に納骨されている、という情報と、父の父は戦死しており靖国神社に祀られている(墓とは関係無いですが)という情報だけです。 ご回答いただきたいのは…以下二点です。 ・精神的な悩みというより一般的な質問になってしまうかも分かりませんが、全く情報が無い状況で墓を探す事は出来るでしょうか? ・見つけることが難しい場合、私自身が死んでしまった場合の墓はどうすれば良いのでしょうか?前述の通り特定の信心は私は行っておりません。適当に用意するものでも無く、かと言って無理から何らか信仰するのも違う様に思えます。 私自身はともかく、家族(妻・子供)もこのままの状況では困ってしまうと危惧しています。 ちなみに特定の信心は行っていませんが、先祖を敬う気持ちは持っているつもりです。

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遠方のお墓の今後について悩んでいます

遠方にあるお墓の現状と今後の事で悩んでおります。 先日義父が他界し、ようやく四十九日を終えたところです。 本来であれば先祖代々の墓に納骨すべきだと思うのですが、お墓は遠方かつ廃村になった山の斜面にあり、年に2回お参りに行く際も激しい登山の様相で倒木を乗り越え、藪を鉈で打ちはらいつつ…と気軽にお参りできる場所ではありません。 このような状況ですので数年前、お墓を近所に移そうと試みた事があり、お寺様(菩提寺…ということになるのでしょうか。我々の代でのお付き合いはありませんが)に相談しました。 そこでわかったのは、現在うちのお墓にはご先祖様と身寄りのなかった遠縁の方など数十名入っていらっしゃること、お墓を移すために一体あたり10万円の費用(魂を抜いたり云々…と)プラス墓石の撤去費用が必要との事でした。 転出だけで総額で数百万円と高額な費用がかかり、さらに新しいお墓も近隣の墓地を見学などしましたが、ひとつのお墓に何体までと制限がありひと区画、ひとつの墓石ではダメだとの事でこちらもかなり高額になります。 と、このような事情でこれほど高額な費用は用意できない為、話はたち消えになっていましたが、この度、義父が急逝したことでいよいよ『お墓をどうする?』と考えねばならなくなりました。 ちなみに義父は一人息子の為、この件を相談したりお墓参りに来る親族はいません。 そこで質問なのですが ・あらたにお墓を購入し義父に入ってもらい、遠方のお墓はそのままに、ご先祖様には仏壇に手を合わせる事で我慢していただくのは、やはり駄目な事なのでしょうか。 ・義母の希望はご先祖様も含めて立派なお墓を用意してあげたいと言っています。私どもも心の準備なく夫に先立たれた義母の気持ちを落ち着かせる為にも、希望に沿うようにしてあげたいとは思います。 しかし恥ずかしながら、日々の生活で精一杯なのです。義母の希望するお墓を用意するのは予算が厳しいですし、それほどの無理をしてまで(借金までして…という事になります)立派なお墓を建てても、私ども夫婦には子供がなく兄弟もいない為、あと30年もすればお墓を守る人はいなくなってしまいます。そういった事を考えると、無理をしてまで立派なお墓を整えるべきなのか…という点でも判断しかねています。 今後の話し合いの参考として、お知恵をお貸しください。よろしくお願い致します。

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祖父が幸せになれるために、私にできることは?の続きです。

初文は字数制限のため、文頭からの乱文で失礼しました。 見直すと、伝えたいことなどがうまくまとまっていないため、わかりづらかったのではないかと思い、改めて書かせていただきます。 よろしくお願いします。 祖母と母は嫁姑問題があり、2人の関係はとても悪かった。そのことをわかっていた父は見て見ぬ振りでした。 笑顔で話すこともあった2人ですが、祖母は親戚に母のあることないことを話し、母はそんな祖母の行動を知っていたため、大嫌いでした。そのことも知っていた父は、これに関して「あの人(祖母)は何を考えてるかわからないから怖い。」と言うだけで、2人の間に入り仲を取り持つというようなこともありませんでした。 祖父ちゃんは昔の職人さんのような人で、祖母ちゃんとよくケンカしていました。祖母ちゃんは嫌なことがあるとすぐ家出したりしてはみんなに心配をかけ、その心配を生きる糧としていたような人でした。人に必要とされたいという思いが強い人だったから。だけど、祖父ちゃんは人に迷惑をかけるのが恥だと思う人だったので、何があっても黙って平然を装う人です。ただ、お金に関しては大盤振る舞いだったので、私たち家族を含め1度大変なことになりました。今も、その爪痕は残されたままで父がこつこつと返済しています。 とにかく、祖父も祖母もとっても自分の気持ちに素直な人たちで、周りを巻き込むこともしばしば…だけど、普段は孫に優しく元気な2人です。たまに私や私の兄弟に傷つくことを言ったり、父と母のことを悪く言われたりもして嫌な気持ちになることもありましたが、それでも私には大切な祖父と祖母です。 今、祖母はいませんが祖父は元気です。でも、父は祖父に優しく話をすることがほとんどありません。なので、父に聞きづらい話は全て母に聞いてます。だけど、母にはそれが許せないらしく「何でいつも私に聞くの?私に聞かれたってわからないことでしょ!」と祖父を突っぱねてしまいます。 過去にたくさん辛い思いをし苦しんだ私の両親、それも十分わかります。だけど、祖母がいなくなって寂しいなんて一言も言わない祖父だけど、怒りつけてくる父とキツイ言い方をする母と共に過ごす祖父の気持ちを考えると、とても辛いです。 父は「今度は父親が殺される」と言っています。 この状況で父と母が祖父に対する接し方を変えるために私にできることはないでしょうか?お願いします!

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2021/07/15

お布施の記録はどのようになさいますか

実家の菩提寺に、お盆のお布施を送金しました。おととしまでは行事に参加していたのですが、コロナのため、遠方からの参加は見合わせてほしいということになり、昨年からそうしています。寺域にお墓のある人は、行事終了後、それぞれの墓地にお坊様が卒塔婆を持って行ってくださることになっていました。お供物(お菓子など)は後日郵送してくださるのですが、今回、卒塔婆も一緒に郵送されてきてしまいました。電話してみましたら、電話に出た方が「寺にお墓はありますか?」と。寺域の外にある場合は卒塔婆は自分で供えることになっているのでそう言われたのですが、毎年のことなのに、なぜ今年はそのような行き違いが起きたのだろうと疑問に思いました。あとから住職さんが電話口に出てこられ、「名簿にお墓の番号が振ってなかったのでそうなりました」とのこと。父が亡くなり、そのあと母が亡くなってからすでに8年が経ち、今まで毎年お布施等、欠かしたこともなかったのに、なぜそういうことになったのだろうと。お墓は弟が代表で跡を継いでおり、そちらのほうは番号が振ってあったようです。嫁いで姓も変わった人間は、実家の墓など構わなくてよいのだと言われたように感じ、とても寂しく思いました。お墓参りはしたいと思いますが、彼岸のお布施等、もう、よしましょうか・・・という気持ちにもなりました。卒塔婆は向こうで新しく作って供えてくださることになりましたが、電話の最後、向こうから叩き切るような切り方で、後味が悪いです。代替わりのときの儀式費用も、戒名のランクに合わせた金額を、弟も出しましたが私も出しております。もしかしたら、跡継ぎの弟だけが出せばよかったのかもしれない、と思ってしまいました。 お寺様では、お布施の記録というのはどのようにされているものなのでしょうか。 また、嫁いで姓の変わった人間は、実家のお寺とのお付き合いはどの程度するものなのでしょうか。 お考えをお聞かせいただけたら幸いです。

有り難し有り難し 4
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2023/09/07

病気を患い仕事や人生の向き合い方に悩み

40代男性です。妻子持ちですが単身赴任のため、週末だけ家族という生活をしています。 仕事はノルマがきつく、業績志向や人間関係にも疲れストレスが溜まっています。なかなか成果が上がらず、自信も失いながらも、家族のため我慢しながら(皆多かれ少なかれだと思います)仕事を続けています。 その折、先日奇跡的に早期に病気が見つかり手術を受けることになりました。無事に切除でき初期だったので安堵しています。 日頃仏壇への朝夕のおつとめや菩提寺への参拝など欠かさずしており、今回神仏やご先祖様のご加護を感じない訳にはいきません。 悩みというのは、今後の自分や仕事への向き合い方についてで、 ・自身の修行と思い今の仕事をもう一息頑張る。 ・自分と家族のために体を労わる(仕事の仕方を考え直したり、転職も考える) どうしたものかを悩んでいます。 仮に余命宣告があったなら、迷いなく後者を選ぶのかなと思いながら、楽な方に何か逃げるかのように思えなくもなく、とは言ってもこの病気を1つの転機にし、生き方を考え直しなさいというメッセージにも思えてなりません。 もしくは途中で仕事や責任を放り投げるような後ろめたさ、面倒は起こしたくないと言ったような感情が決断への二の足を踏んでいるのかもしれません。 お釈迦様の一切皆苦、中道の教えなどございますが、こうした場合どう考え、どう自分に活かしていけばよいのでしょうか? ヒント、アドバイスを頂けたら幸いです。 よろしくお願いします。

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