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検索結果: 1008件

死後の夢、来世の不安

また質問させて頂きます。 最近、少し死後の事などについて調べています。 死後は、閻魔大王様やいろんな裁判を下すお方がいらっしゃいますよね。そして来世、どの世界で生きることになるか決められるとありました。 変なことかもしれませんが、私は死後、夢を持っています。仏様に生前で学んだ事や楽しかった思い出をお話ししたいのです。こんな素晴らしい出来事があり、こんなことを学びましたよ、とか、こんな辛い事が、こんな風にして頑張りましたよ、とか。 そして仏様の元で雑用をこなし、時がきたらまた日本人として転生したいのです。 こんな夢があるのですが・・・、叶うでしょうか? また、お話が変わりますが来世に対して 不安があります。 地獄道や餓鬼といったところに落ちていく人もいるのですよね? そこで何兆年も暴力などによって苦しまなくてはいけないと、知りました。 行きたくないです・・・。皆そうでしょうが、そんな場所でどうして殺し合いをしなければならないんでしょうか?? 何のメリットがあってそんな場所を仏様がご用意なさったかわからないです・・・。 ただ苦しむだけですよね? どんな罪を犯した人でもそんな場所に落ちても、ただ苦しむだけで何も学べないんではないでしょうか・・・。 来世、私や私の回りの人達が地獄に落ちてしまうのではないかと思うと不安でなりません・・・。 もし、地獄や餓鬼界があるとすれば、そこに行かずにすむ方法を教えて下さい! ご回答、お願い致します。

有り難し有り難し 20
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2021/10/11

母の死後の自分の気持ちに苦しんでいます。

半年前に母を亡くしました。 大好きなお母さんでした。 直後はそうでも無かったのですが、半年たった今になってつらいです。 母は高齢でしたので亡くした事自体にあきらめはありました。 葬儀なども冷静に済ませました。 半年もたった今になって色々なことがこみ上げて泣けてきます。 特にひとつの想いがぬぐえません。 私は家庭があり、一人息子がいます。また、弟がいます。 私の息子は結婚して自立して、仕事も取り組んでいますが、なかなか定職に付けずにいます。弟は縁が無く家族がありません。 母は生前、弟や私の息子の事をとても心配していました。 私は母に心配をかけたくなくて、自分の勤め先の倒産や夫の病気のことはあまり知らせず「私の事は大丈夫」と伝えてきました。 母からも「あなたは大丈夫ね」と言われていました。 そして、亡くなった後。母の金庫から私名義の通帳と私宛の手紙が出て来ました。 「家は弟に譲りたい」 「通帳のお金は葬儀やその他のために半分を弟に渡してあげて」 「残り半分をA男(私の息子)にあげたい」とありました。 私は「私のことは心配されなかった」と感じてしまいました。 遺産の事は弟がちゃんと配分をしてくれていて、そういう意味での不満では全く無いのです。 ただ私は母の最期に自分の事を心配されなかったことが寂しかったんです。 心配されないようにしたことで最後に安心させてあげられた思いもあります ところが、寂しさに、今、苦しんでいる自分がいます。 小さな姉弟が「お姉ちゃんなんだから」と言われているような、子ども返りのような寂しさが止まりません。 生前に自分も母に甘えたい気持ちがあって、私は自分を偽っていたのでしょうか。

有り難し有り難し 4
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死後の世界について

最近死ぬことがとても怖いです。今私は20代でまだまだ先の人生があると周りに言われます。死ぬ時よりも死んだ後無になるのだと思うと怖くてたまらなくなり涙が出てきます。今は祖父母も両親も夫も健在で幸せな生活を送ることができています。だからこそこの幸せがいつか無になることが怖いです。また、時間には逆らえないので祖父母、両親が先に亡くなるのだと思いますが、自分が死んでから会えますか?お母さんは必ず迎えにくると約束してくれました。夫も死ぬからといって離れ離れにはならないし、ずっと一緒だと言ってくれています。ただ、死んだら怖いとか迎えにきてくれるとか、そのようなことも思うことすらできなくなくなるのでしょうか。意識が無くなり、思いや感情や記憶も全て無くなってしまうのでしょうか。怖くて仕方ありません。自分が数十年前はこの世に存在しなかったというのも不思議でなりません。死んでも幸せな時間が続くという保証があればきっと怖くなくなるのだと思いますが、そんなことは誰にも分からないし、だからこそ怖いという思いが無くなりません。これまで亡くなってこられた方々も生前にこのような気持ちを持ちながら生活し、気づかないうちに亡くなっていたのでしょうか。文章がまとまらずすみません。辛く、怖いです。

有り難し有り難し 19
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父の死と死後の世界について

最愛の父が他界してから、死後の世界について考えています。 父は愛妻家かつ子煩悩で、死の3日前まで母と私に「大好きだよ」と言っていました。 大食漢で行動的な人でしたが、病のせいで食事も運動もままならない中、愚痴ひとつ言わずいつも笑っているような人でした。 死後の世界があるのなら、痛みからも苦しみからも解放されて、好きなものをたくさん食べて、好きなことをたくさんしているのだと思えます。 死後の世界がないのなら、大好きだった父は何処にもいないのなら、二度と会えないのなら、私も死にたいと考えています。 大学一年生の頃、仏教の講義が必修科目でした。 18歳だった私は宗教や死後の世界は生きてる人間のためにあるもので、死んだら無になると考えていました。 今になって死後の世界があって欲しいと強く思うのですが、長年否定していたものを肯定するのは都合の良い話に思え、抵抗があります。 祖父が亡くなった時は季節外れの蝶が部屋に舞い込んできたり、替えたばかりの蛍光灯が明滅したりと不思議な出来事があり、もしかしたら…と思える時もありました。 ですが「ずっと側にいるよ」と言った父の存在を感じることはなく、消えて何も無くなったように思えてしまい、胸が苦しくなります。 長文かつ乱文で申し訳ありません。 どのような心持ちで過ごせばいいのか、ご教示願います。

有り難し有り難し 31
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死後の世界について

こんばんは。 明日、ひいお婆ちゃんのお葬式があります。 どうして人は死ななければいけないのか、 おばあちゃんや親族とと一緒にいた方が幸せなのに、どうして離れなければいけないのか、全部忘れてしまうのかと 死 についてずっと考えていました。 夜、ねれなくて、死後の世界について調べていると、天国や地獄も実際にあることを、臨死体験の方の証言で知りました。 証言によると、お釈迦様やイエス様の愛が心にある人は天国へ行き、守れなかった人は(宗教が心になかった人は)永遠に地獄で苦しんでいること。誰もが死の後、この裁きを受けこと。 急に全てが怖くなりました。 ひいおばあちゃんも裁きを受けるのか、天国で安らかに過ごしてほしいです。 そして自分も、今、23才ですが、不平不満を言ったり、自己中心的であったり、自分のことが嫌いだったり、正しい行いはできていません。これから正していけば、赦していただけるでしょうか。とても怖いです。 大切な家族や、友人や恋人も、 いつも宗教が心にあるわけではないと思います。 すごく熱心に宗教に精通している家族ではないので、、申し訳ありません。 お釈迦様、イエス様の教えに背いてしまったり、してしまうこともあったのかもしれません。(わたしよりはみんなとてもいい人たちなのですが、) それでも大切な人たちにはみんな天国で過ごしてほしいです。 明日のお別れが辛いこと、 そして今後、大切な人たちや、自分も裁きを受けることが不安で、 死への恐怖が、裁きへの恐怖が怖くてどうしたらいいかわかりません。 これから行きていく上での指針や、 自分がこれからできること、 わたしがこれから家族や大切な人たちの今後のためにできること 仏教の面から助言を頂けますと嬉しいです。 何卒よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 8
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父親の死後

先日は父親の突然死について 相談させていただきありがたい お言葉をありがとうございました なんとか生きています しかしながら少し落ち着いて きたのですが 今になって父親が亡くなる前に 歯が痛いや足が痛いなど 言っていたことを思い出し 病院に連れて行っていれば まだ死なずに済んだんではないか など考える日々です 母親は入院していますし 兄は実家から少し離れたところに 住んでいます 父親も免許は返納していますし 行くのにも私が運転しかありません 父親は私が忙しいと思って 病院に行きたいと言わなかったんでは ないかなど今になって後悔が 襲ってきます 私は勝手に父親は健康だと思って いました 2年前にも起き上がりできなくなり 救急車で病院に行き全て検査しましたが 異常がないとのことで帰ってきましたし 亡くなる日も私が届けた ご飯もよく食べお酒は少しだけ飲んでいました 母親も長生きするね笑なんて 言っていましたし 安心していました まさか心疾患の疑いで突然死ぬなんて まだ実感がわきません でも72歳でしたし 不眠に少し鬱の傾向があり 薬を服用していたので 体調は悪かったのかもしれません 天寿をまっとうした と思っていますが 今更ですが自分を責める日々です

有り難し有り難し 11
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宗派による死後の世界の違い

いつも多くのお知恵をありがとうございます。 今日は仏教のことで疑問に思う点があり、質問を失礼します。 仏教と一口に言っても、多くの宗派があるのですが、 死後すぐに仏となり極楽へ。 という宗派や、閻魔様の裁きを受ける。とする宗派もあります。 生まれてから死ぬまで、ずっと一つの宗派で、一族皆が同じ宗派であれば良いのでしょうが、 親戚であったり、知人であると宗派はどうしても変わってきてしまいます。 その際考えるのが、 私の死後に行く世界は、 相手の方のいく世界とは異なっており、 あの世で再会することは叶わないのではないか。 一方は四十九日と言わず極楽へ行かれ、一方は裁きを待ち、地獄へといくかもしれない。 などといった具合です。 実際にあった事例としては、法要の時に「今彼女は輪廻のためにあの世で修行をし、乗り越えているところです」というような説法を受けたのですが、別の宗派ではそうではないのだろうな。と、思ったような事です。 実際には死んでみないと分からないことなので、考えても仕様のないことだとは思うのですが。 お坊さまの皆さまは、こういった宗派による教えの違いにから生じる、死後の世界の違い(四十九日の捉え方、三途の川を渡る渡らない)など、どうお考えになられているのだろう。と、質問を失礼しました。

有り難し有り難し 46
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