hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
hasunoha 問答検索結果 : 「各宗派の違い」
検索結果: 63件

自分の寿命について

お忙しいところ質問をしてしまい申し訳ないです。 知人が勝手に私の事を霊感のある人、霊視ができる人に占ってもらったらしいです。 そうしたら、私のことを 「早死にする」 「早死にしそう」といわれたそうです。 理由を尋ねると、 特定疾患の持病など病気になりがちだから 優しすぎて色んな人に巻き込まれているから 仕事を頑張りすぎて生気を感じられないから 生い立ちが不幸だから 生い立ちが不幸なのは先祖が呪われていてその呪いを全部私が引き受けているから たまに影が薄く見えるから 先祖が昔、人殺しをしているから 前世が人に殺されてしまった可哀想な存在だから、その悲しみを引きずってるから など言われたと知人から聞きました。 正直いい気分にはなりません。 勝手に占われたのもショックでした。 ただ私には娘や夫がいて、娘や夫のためにきちんと財産や思い出を遺してからあの世に行けるならいきたいです。 質問としてお聞きしたいのは 1今から万が一のために終活をした方がいいのか 2寿命を伸ばす方法はあるのか 3そもそも、寿命短いだろうとかは霊感商法だから相手にしなくていいのか。 4知人とは縁を切るべきか。 お坊様の立場からお聞きしたいです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 53
回答数回答 5

肉食妻帯並びに出家と在家の違い

日本の仏教(浄土真宗を除く)は何故『肉食妻帯』が許されるのでしょうか? 浄土真宗を除く宗派は『肉食妻帯』の禁止が前提で作られていたのでは無いのですか。 肉食関して仏陀は肉食を禁止していないや三種の浄肉をおっしゃる方が多くいますが、その部分だけを引用するとそう解釈できるか分からないですけど、当時は「托鉢」や「午後の食事の禁止」が前提の話で、日本の僧は「托鉢」や「午後の食事の禁止」をしているわけではないのに、その部分だけを引用するのは如何なものでしょうか。 また中国経由の日本の仏教には関係のない話であり、仏陀は肉食を禁止されなかったという個々の考えがあるのであれば、上座部やチベット、真宗などに改宗するか新たに肉食を禁止されない宗派を開宗すべきで妻帯の禁止及び菜食主義であった既存の宗派を変える事は以ての外ではないでしょうか 私は肉食妻帯に対して反対しているのではなく、真宗以外の諸派は肉食妻帯な禁止が前提として作られているのだからそこは徹底的にして欲しいのです。 妻帯については後継者問題があるからとは言いますが、なぜそこまで出家にこだわるのに、妻帯の禁止にはこだわらないのでしょうか。出家せずとも知識ある在家としてお寺を見守る家系として生きていけばいいではありませんか。 出家しているのに妻帯だと在家とあまり違いが無いではありませんか。 これは勝手な私論ですが 末法無戒を、唱えた日蓮上人ですら肉食妻帯をしていませんよね?それは「僧が袈裟を着る事」や「人が人を殺す事はいけない事」と同じ様なもので、その当時は肉食妻帯はしないのが当然なので末法無戒には含まれないからでは無いのでしょうか。 もし政府が「僧の服の着用勝手たるべし」とでも法令出したとしても、日蓮上人は直接は言及していないが、服を着るのは当然でその上で末法無戒と言ってるなんて誰でも分かるじゃないですか。 まとめると肉食妻帯の容認を当初からしている真宗以外は、かつてと大きく肉食妻帯に対しての意識が変化しているのにも関わらず、別宗派を作らず元の宗派を名乗ったまま肉食妻帯を許しているのか。 また現在における出家と在家の違いはなんなのかです?

有り難し有り難し 88
回答数回答 5

 どちら共 心に響くんです

 先日 墓前に手を合わせてきたのですが いつもなら ただ心のままに手を合わせ小さい時から耳馴染んできた南無阿弥陀仏と声に出さずとも…なのに 今は亡き父が闘病生活で今まで仏壇すらなかった家に見たこともない位に大きなそれに手を合わせ南無妙法蓮華経と一心不乱に題目してた記憶が頭の中を駆け巡り自然と南無妙法蓮華経と呟いていた自分が居ました。横で手を合わせていた子ども達が不思議そうに私を見て ふ と我に戻ったような気持ちで家についてからも悶々とした状態でした。数ヶ月前から、何度となくハスノハに質問し、有難い回答を宗派問わず色々な角度から聴かせて頂き、座禅会や供養で敷居が高いと遠慮していたお寺にも足を運び 随分と穏やかに過ごせるようになった今 菩提樹もなく仏壇もない自分ですが 一つの宗派にとことん向き合い毎日を丁寧に生きたいと強く思うようになりました。 ただ一つに決める事が出来ず身近な信頼してる人の話しを聞いたり足を運んだりしながらも本を読んでみたり…良いとこどりのズルイ信心だねと 、からかわれたり…  しばらく、こんな状態が続きそうで ごめんなさい、コチラで愚痴らせていただきました。 ハスノハは、こんな中途半端な私の拠り所となり有難い居場所です。 

有り難し有り難し 39
回答数回答 3

法名の頂き方について

法名のいただき方について教えてください。 死んでからだと自分の法名を知る事ができないし、また法名を知っておきたいという理由もあり、生きているうちに法名を頂ければと思っています。 祖父母が亡くなった時は菩提寺経由で法名を頂きましたが、浄土真宗本願寺派(我が家がお世話になっている宗派です)のホームページには帰敬式を受式する事によって法名を頂けるとありました。 信徒ではありますが、まだ本山に行った事がないので、近い将来、帰敬式受式及び、参拝に行きたいと思っています。 この場合、法名は直接本山から頂く事になると思うのですが、いつもお世話になっている菩提寺に「法名を頂きに行ってきます」「法名が欲しい」といった事前相談はしなくてもいいのでしょうか? 法名を内願する場合は菩提寺からの申請とありますが、特に希望しない場合は、相談する必要はないのでしょうか? あと、あるサイトに「自分の名前を一文字入れておかないと、死後、法名を見ただけでは誰なのか分からないので、内願はしておいた方が良いかもしれないです」とありましたが、やはりそうなのでしょうか? 私は今のところ独り身なので、合同墓地を希望しています。 家の墓はありますが、将来的に兄家族が入ると思うので、私は入れないと思いますし、仮に入れたとしても入る気はありません。 なので、法名で「この人誰?」といった事にはならないと思っています。 法名について深く考えた事がなく、無知で恥ずかしい限りですが、ご教示いただけますと幸いです。 どうぞよろしくお願いします。

有り難し有り難し 19
回答数回答 3

毒もみのすきな署長さん

という、宮沢賢治の童話があります。 署長さんが赴任した町には、禁じられた漁法があります。その一つが毒もみで、自然由来の材料で作った有毒な薬を川に浸すなどして、浮いてきた魚を獲る方法です。署長さんは町の人たちを取り締まり、いかにも職務を全うしているかのように装いますが、ある日、こっそり毒の材料を取引しているところを町の子供に見られてしまいます。町の大人たちは真偽を確かめようと、署長さんに詰め寄ります。署長さんは憤慨し、名誉にかけて犯人を捕まえると約束。しかし、皆が当てはあるのかと問うと、ちゃんと証拠はあると言い、町長さんの前にずいと顔を突き出して、こう告げます。 「実は、毒もみは私ですがね」 かくして、署長さんはお縄頂戴となり、死刑が確定。そして、いよいよ死刑執行のその時、彼は笑ってこう言いました。 「ああ、面白かった!俺、毒もみだーい好き!今度は地獄でやろっかな」 皆はすっかり感服しましたとさ。おしまい。 という話なんですが、人は誰しも「分かっちゃいるけど、やめられねえ~アホレ~スイスイスイ~♪」ってことが、よくありますよね。その理由は自己を客観的に見れない切なさに起因していると思いますが、例え、見れても根源的な欲求が満たされない限りは苦しむ。 その根源的な欲求とは「生きる意味」ではないか。そこがそもそも欠落しているから変なことをし、そして、これをどう捉えるかで人生が変わる。後付けでその理由を作った人、にっちもさっちもいかずに道元禅師を尋ねた人、何かに夢中になることで考える暇をなくした人。色々、居ます。どれを選ぼうが本人の自由で、また、それ故に人を愛し、人を傷つけ、妬み憎んで七転八倒。それを糧にして物を作ったり、歌ったり、ままならぬ人生の詩を詠んで何とか生き抜き、それが今度は他者を慰める糧となる。 大事なのは、覚悟を持って挑めるかどうか。誰が何と言おうが、坊さんに叱られようが「ああ、面白かった!次は地獄で!」と腹くくって言えるなら、それでいいじゃないの。 「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言いますが、我々は圧倒的に愚者。経験に学ぶしかない。大事なことはスムーズには進まないし、簡単には伝わらない。だから、お坊さん怒らないで。皆、助言には感謝しているけれども、対等な姿勢を示さないと逆効果だと私は思うのです。 ※言葉足らずだったら後で補足します。

有り難し有り難し 91
回答数回答 4
2024/01/05

上司に自分の意見を述べて後悔しています

初めまして。看護師をしています、女です。 今の病院に来てからはまだ数ヶ月しか経っていません。 先日、医者や看護師(看護部長や師長などの上の方々)、放射線技師や臨床工学技士などの様々な職種が集まるカンファレンスがありました。議題としては数年前に医療事故があったそうで数名亡くなっている。その事故の原因となった治療を再開させて良いかという内容でした。 今回議題に上がっていた分野は、前職で最前線の病院で働いていたので助けられなかった命を何度もみてきており、それが続いたことで自分の精神的負担が増えて数ヶ月ほど現場から離れたこともあります。 今の病院では設備が整っていないこと、知識や経験不足があるから再開をするのは不安である、もう少しシュミレーションなどをしたいと上の医者たちに意見をしてしまいました。 命に関わることなのでつい熱く語ってしまい、その場ではなるべく言葉を選んで発言したつもりなのですが、家に帰ってから「なんであんな出しゃばってしまったんだろう。たまたま時間が空いていたから師長さんについて行っただけなのになんで黙っていなかったんだろう。新参者が上の人たちに意見をしてウザかっただろうなあ。私なんでいつもこう意見を言ってしまうんだろう。誰か傷ついてたらどうしよう。私のやったことは正しかったのかな」とずっと頭の中でぐるぐるし後悔しています。 昔と比べて、発言する前に本当に言っていいのか深呼吸するようには心がけていますが、いまだにこのように言葉が出てきてしまい意見を言わないと気がすまなくなり本当に嫌になってしまいます。 取り消せない言葉の後悔の対応、上の方に意見してしまった傲慢な私へ何かご意見をいただけると嬉しいです。

有り難し有り難し 22
回答数回答 3

分かりやすい初盆の意味を知りたい

お世話になります。 夫が亡くなって、初めてのお盆。 まだ気持ちのきりかえも整理もできないまま… まだ未だ、仏壇の前に手を合わせれない自分…遺影に向かって話しかけれない自分がいます。 提灯など、飾る事になってる風習ですが… うまく準備ができません。 あまり、きちんと飾りたくない自分がいます。 でも、光を灯してあげないと、亡き人は来てくれませんよね? そもそも、夫がちゃんと成仏できてるのかもわかりません。日頃からも、線香の匂いが一瞬したり、花のちょっと妙な匂いがしたり、今までに嗅いだことがない匂いがしたり… どれもこれも一瞬です。 やはり、私がくよくよしたり、日頃からお線香をあげなかったり、南無阿弥陀ととなえなかったりしてるからでしょうか。 夫の死が普通と違うので、なんとも言えない気持ちのまま時が経ってます。 長くなりましたが… 初盆、日頃から亡き人は、家族を見守ってくれてたりするし、近くにきてくれてたりするのですよね? なのに初盆になったら、帰ってこられるから.とはどういう事なのでしょうか? もし成仏してなくて、後悔のあまり、常にウロウロしていたらどうなるのでしょうか? 初盆になって、あれこれと、準備をしないといけないのは何故ですか? また15日のお帰りの意味とは… 初盆にかかわらず、常に、ここにいてほしいし、15日のお帰りもないでほしいです。

有り難し有り難し 18
回答数回答 3