私は最近自分で愛着障害だと気が付きました。過去にトラウマがあり浮気されたり裏切られたりしてきてから、1人の人と付き合っても過去の元彼などに言い寄られたらそちらのほうにいってしまいます。罪悪感よりもバレたらどうしようという葛藤があり自分でも本当に馬鹿だなと思います。過去には性依存に悩んで不特定多数の人と関係を持ったり、そうじゃないと自分の価値がないのではないかとずっと思ってきました。どうしたら人を裏切ることなく信じられますか?この行動は生きてる間もずっと続くのでしょうか?
教えていただきたいです。 大切な彼が自死を選びました。私は救うことも支えることもできませんでした。それなのに、最後に「ありがとう」と言ってくれた、心優しい彼でした。 彼は真言宗です。即身成仏で、現世において密厳浄土を目指す宗派と理解しております。 お父様の月命日には必ずお墓参りをしていた、心のきれいな彼です。 さて、ここからが質問です。 1 自死をした場合 自死を選んでも、心のきれいな彼であれば、密厳浄土に到達し、苦しみから解放されているのでしょうか。 2 逆縁の場合 彼のお母様は存命です。逆縁になってしまっても、密厳浄土に到達し、苦しみから開放されているのでしょうか。 3 供養の仕方 四十九日までは、追善供養が重要と理解しています。 家族でもなく、宗派も違う私の場合、彼を想って光明真言や般若心経を自分で唱えるようなことで、追善供養になるのでしょうか。 何をすることが、彼にとって最善なのでしょうか。 4 宗派の相違 私は真言宗ではありません。その場合、死後に会うことは叶わないのでしょうか。 5 悪人正機 私は様々な罪を犯しているため、こんな私でも彼のためになれるとしたら、高尚な真言宗ではなく、浄土真宗の教えに従い、阿弥陀仏に救いを求めることしかできないのではないかとも考えています。 真言宗の彼のために、南無阿弥陀仏と唱えることは彼のためにはならないのでしょうか。 質問ばかりで申し訳ありませんが、こんな私が彼のためにできることを教えていただきたいです。
私26歳 夫34歳 夫に認められたくて整形したり性別変えたりしたら自分が分からなくなりました。 長文になりますが、経緯をお話しさせて下さい。 私が19歳の時に夫と付き合い始めました。 私は周りの人から顔立ちを褒められる事がとても多く夫も私の顔が好きだったんだと思います。 ただ、20歳過ぎると老けたと周りに言われる様になり夫にも前の方が可愛かったと言われるようになりました。 取り柄だった物が無くなり精神的にきて泣いてる私をみて夫が そんなに泣くぐらいなら整形すれば良い と言ったので整形しました。 成功しましたが多額のローンが残りました。 夫はお金が無い私に嫌味を言う様になりました。 夫はお金が大好きで 楽にお金を稼ぎたいと言う気持ちが強く 夫的に楽そうに見えるパチプロや歌手、YouTuber、株トレーダーになりたかったみたいです。 私にお金があれば夫は稼がなくて済むから お金がない私を嫌ったみたいです。 夫の勧めでキャバクラに勤めました。 ただ、キャバクラは洋服は髪色々なものにお金がかかる事が分かった夫は キャバを辞めることを許してくれました。 ただ夫は夜を拒む様になりました。 女として見れないと。 夫が離れて行かない様にと 22歳のとき結婚しました。 夫の兄弟が30超えてるのに誰も 結婚してないため義母さんの押しが 強かったので結婚出来ました。 これで簡単に夫は居なくならないと とても安心しました。 夫婦生活が始まりましたが、 夫は話し合いや注意される事が嫌いです。 無言、無視が当たり前。 真剣に話しても時間を下さいと頭を下げてもゴロゴロと携帯弄りながらです。 でも、学校や職場で夫は人気者です。 いつもにこにこしていて聞き上手だからです。 私もニコニコして欲しい、対等に話がしたい、舐められなくない 女性だから舐められるのか 女性なのがいけないと思い 男性ホルモン注射を受け 声や見た目が男性になりました。 でも夫の対応は変わりませんでした。 夫はついに彼女ができたみたいです。 大学生の可愛いロングヘアの子みたいです。 お金も面影も何もありません。 あるのは借金だけです。 どうすれば夫が私と仲良く口を聞いてくれますか?
「理解されない」という惨めな気持ちが、年々強くなります。 音楽をやっており、私は比較的マイナーな楽器を主に演奏します。 華やかな楽器を演奏し、いつも目立っている女性から、以前馬鹿にされたように笑われたことが、未だに傷ついて頭にこびりついています。 その人はどんどん人前に立ち、どんどんきれいに、みんなから人気を集めています。 それに比べ私はどんどん人前から遠ざかり、楽器も手にしなくなりました。 理由は自分でもハッキリとはよく分かりませんが、欝っぽくなって「どうせ私なんか」と自分を責めたり「どうせこんな人たちなんか」と周りのせいにしたり、し始めた頃からです。 なのに、昔は大学で優秀な成績だったことや、小さい頃からずっと音楽が得意で皆から褒められていたという過去の栄光に、どこかですがっています。 「私は上手なのに皆は私を理解してくれない」などと、物凄く醜く卑屈な考え方をします。 人前で演奏しないから上手かどうかなんて誰も知らないのは当然で、何も努力せず理解してもらおうなんて、甘いにもほどがある…それでこの春から気持ちを切り替え、練習を再開したりしているのですが、どうしても、華やかな人と自分を比較してしまうんです。 たぶんこのままだと、もし自分が以前のように人前で演奏するようになっても、他者と自分を比較しては惨めになる繰り返しで、一生悩まされる気がします。 みんな違ってみんないいはずと言い聞かせてみても、「でも私の周りの人は、目立つ人、万人受けする人の事しか褒めない。周りの人に認められなかったら何の意味があるのか」という思考がすぐに打ち消してしまいます。 なぜ年を経るごとに酷くなっていくのかは分かりません。 子供っぽい悩みのようで、周りの人に相談することもなかなかできず、投稿させていただきました。
はじめまして、すもももと申します。3年前に大学を卒業して以来、自分の進路が定まらず、最近はもう挑戦する気力もなくなってきました。 新卒で入社した会社には人間関係で悩み、より自分の個性を活かせる研究職を薦められ大学院に進学しました。 しかし、研究室の雰囲気に馴染めず、すぐに不登校になりました。辞めてはいないものの、アルバイトを転々とし、いまは大学院を辞めて就職か、留学か、結婚して身を固めるか、大学院に通い続けるかで悩んでいます。 結婚は付き合った彼とかんがえていますが、早くも結婚式の方向性の違いからすれ違いしてしまう予感がしています。 何にも向いてない可能性も高く、無駄に生きて精神力やお金を消費するよりも、好きな場所で好きにいなくなれたら楽だし、それが一番な気もします。 とりとめのない質問ですみません。わたしはどのように、この先の進路を決めていったらよいでしょうか。
インターネットで知り合い4、5年ほど連絡をしていた方がいます。私はその人のことが好きでしたが、連絡をとったりとらなかったりそんな時期もありました。その人にはとても迷惑をかけました。 そして、最近やっと付き合うということになり、1回会いました。しかし、セックスをするということが確定でした。私の悪いものを食べてくれるということと、彼のストレスを発散させるための行為だと。愛を確かめるための行為だと。初めて会ってしました。私の悪いものをとってくれたお陰なのか、彼に洗脳されていたのかもしれません。それから、私はリアルで好きな人ができてしまいました。そのことを彼に言ったところ最低女、グズなどと言われました。しかし、彼も離婚していたと言っていたのに実はまだ結婚していたことが判明したのです。すると、彼はわざと嫁さんにばらして、私に慰謝料請求をするなどと言ってきました。私は怖くなり、彼ともう2度と連絡ができないようにしてしまいました。どんなことがあろうと、彼に迷惑をかけ、私を助けてくれました。なのに、私は他に好きな人ができてしまいました。これは罪ですか?悪いことだと思うので、どうやったら償えるか教えていただけないでしょうか?
何度もご相談をさせていただき、その旅にお坊様からのありがたい言葉に救われてきました。本当にありがとうございます。 しかし、自分なりに辛い気持ちを抑えて踏ん張って生きてきましたが、どうしても辛くて死にたいと強く思うようになっていました。 仕事が決まり、今日は午後から出勤することになっています。しかし、人がどうしても怖いんです。怖くて怖くてたまりません。 過去と同じようなことが起きたらどうしよう、辞めることになったら、彼や家族に怒られる。もう何もする気になれません。 自分なりに、今まで周りのいうことを聞いて頑張ってきました。最初に言ってることが変われば、それに合わせて自分の身の周りのことなどもすべて変えてきました。しかし、それがすごく苦しかったんです。 人と関われば、また強く意見や考えを押し付けられ、何度も何度も、自分を変えなければいけない。もう疲れました。もう、このまま死んで楽になりたいです。 このようなことを書き込んでしまい、大変申し訳ございません。今まで、このような掲示板などに「死にたい」という思いを書いては失礼だと思い、書かずに自分の中で抑えてきました。しかし、もう限界です。所持金もなく、行く場所もありません。もうどこにも行く場所がなく、途方に暮れています。もう楽になりたいです。
今恋愛市場で男に求められるしんどさが辛いです。 割り勘だとケチ扱いされ、女性は自分より上の学歴職歴を求める。もちろんルックスも。 年が上がれば年収や社会的地位を求められ、少しでも家事育児に協力しなければ文句をSNSで撒き散らかされる。 自分は家事手伝い、フリーター、派遣社員でもいいけど、求めるのは上の立場の人間だけ。 男は常に競争に巻き込まれて、終わりのない職争いで戦って... 男なんて捨て駒みたいなものですよね 他に気遣いや配慮をしても少し足りないだけで文句を言われる。どこまでいっても終わりが見えません。これでは奴隷と変わりません。男の気持ちすら察してもらえません。もう男でいることに疲れました。 男の孤独感、男の辛さ、男のしんどさを理解してくれるような、心の内面の器量よしの女は今、本当に少ないです。 自分はソコソコの学歴とルックスを持っていますが、寄ってくるのはレベルの低い性格の良くない女性ばかりでした。 かつて何人とも女性と付き合いましたが、自分が精神的に調子が悪くなったら、いろんな理由をつけて、さっさと切り捨てられました 過去の恩師の自死を付き合う前の子に話すとそれから縁を切られました。 かつての彼女には散々大切にしてきました。相手の心が不安定でも夜中で何度も話を聞いて、支えて、腕切らないようにして、常に話を聞いて...。でも、軽いノリのイケメンの自分の友人と浮気していました。 結局、誠実に、真面目に大切にしても、ただ利用されただけでした。 もう、このベリーハードなレベルの男の人生が嫌になりました。 女の子は誰も支えてはくれませんでした。自分は必死に支えましたが。 男として生まれて、損した気分でしかないです。もう疲れちゃいましたね。 鬱の気もあります もう過去の嫌な気持ちに囚われてばかりで、もう心持ちだけでどうにもならないと思います。 現実問題として、もう男が恋愛でズタボロにされるだけの現状に嫌気がさしてきました。 簡単に浮気され、支えてももらえず。都合が悪くなったら簡単に切り捨てる。 そして、女という性を活かして、自分より上の人間しか望まない女性に対してうんざりしてきました。 こんなことを書いたら怒られるかもしれませんが、こんなグロテスクな光景がかなり多いです。もう嫌になってしまいました。ごめんなさい。疲れました。
相談ではなく、単純な質問ですみません。 しかしとても気になります。 私は現在職を探して3ヶ月になろうとしている20代です。 履歴書や面接の準備のときに必ず用意するものの中で、「志望動機」というものがありますが、 私はこの「志望動機」が苦手で、つまずいて応募も躊躇してしまうこともあります。 その為、この3ヶ月は道行く働いてる人へ 「ねえ、あなたはどうしてその会社に入ったの。なんて理由で応募したの。」 心の中でめちゃめちゃ問いかける毎日です。 半分くらいは知識欲なのですが… そんな時、「お坊さん」という、あまり私の身近にはいない方々に質問相談ができるというこちらのサイトを見つけました。 しかも真摯に、丁寧に、おそらく正直に回答してくださっているご様子。 私、今、喜んで質問させていただきます。 「なぜ、『お坊さん』という道を選んだのですか?」 欲張りで申し訳ありませんが、もし差し支えなければ、 「お坊さんになる前はどんな事をしていましたか?」 という疑問にも答えていただけると嬉しいです。 まとまりのない文章で、他の誰かの為にもならなさそうな質問で大変申し訳ありませんが、どうかこの個人的な疑問にお答えください。 よろしくお願いします。
うちからは遠いお寺の長男と結婚しようと思っていますが、跡を継ぐ人がいません。 物心がついたときから、私が跡を継ぐものだと思って、お見合いや婚活をしてきましたがご縁がなくて30代になりました。 今付き合ってる人は、出会ったときからお互いに結婚を意識する人で、私はこのご縁を大切にしたいです。 ただ、跡取りもいないのに、親とお寺の今後を考えると、自分の思いだけで進んでいいものか悩んでいます。 ご意見よろしくお願いいたします。
変な質問ですが(;゜O゜) お坊さんが『これは仏教的な歌だな』って曲を教えて頂け無いでしょうか? それを聞いてみたいと思ってます。 個人的は、THE ブルーハーツの 「情熱の薔薇」‥‥諸行無常的な 「リンダリンダ」‥‥衆生の命の尊さ ミスチルでは「HANABI」‥‥煩悩の執着心 です(笑)あくまでも個人的な解釈なんで‥‥ 仏教に仕える方々の音楽観を知る事が出来れば、ますます仏教が面白くなると思い質問させて頂いております<(_ _)>
お忙しい中、申し訳ありません。 心にずっとわだかまっていることを聞いていただきたく存じます。 昔見た道徳の教科書の内容で心に残っているものがあります。 バスにある若者が乗ってきました。 若者は優先席に座りました。 次のバス停でお年寄りが乗ってこられましたが、若者は席を変わりません。 別の席の乗客が「変わればいいのに」「若いのに」と陰口を言います。 若者はうつむいて座っています。 お年寄りは「次で降りるから大丈夫だよ。」と言い、次のバス停でバスを降りました。 次の瞬間、乗客たちは驚きました。 若者もバスを降りていきましたが、若者は足が不自由だったのです。 乗客たちは沈黙に包まれ、バスはバス停を後にしました。 私は、この話を読んで「結局何をしても人は文句を言われるし、誤解されたくなければ優先席に座ったり、バスに乗ったりすべきでない」と感じました。 あまりにも、救いがないように思われショックだったのか、先生のしてくださった解釈は記憶にはありません。 お坊様はこのお話を読んでどのようにお感じになりますか。 このお話は、子どもたちに何を教えたかったのでしょうか。