百目鬼洋一 回答一覧

確かに「山田太郎」は無になります
「無」という言葉が「存在しなくなる」という意味であるならば、という前提ですが。
たとえば、ある人が「山田太郎」という名前で呼ばれて本人も「山田太郎」だと思い「山田太郎」として今生の生命を終える...

ご心配にはおよびません。
「西遊記」の三蔵法師は孫悟空、沙悟浄、猪八戒と旅していろいろな妖怪と対決します。史実とは全く違いますが、だからといって「西遊記」が玄奘三蔵法師を冒涜しているとはいえません。
「孔雀王」という漫...

大丈夫です。心配ありません。
「ある特定の宗派の言うことは、信じなくて他の仏様や神社の神様を拝んでも大丈夫かどうか」という点については、大丈夫です。そのことで何か不幸がおとずれるとか、将来とんでもないバチがあたるということは...

原理的に分かり得ないものは分からないままにしておく
仏の教えも、ある面では非常に現実主義です。原理的に分からないものをあれこれ想像することを、妄想として強くいましめています。
>そんな毎日が楽しすぎてそれが失われて何も感じ取れなくなってしま...

細かな内容は直接問い合わせるのが確実かと思います
細かな内容までは結局、実施されているお寺さんにきいてみないと分からないと思います。
このようなサイトで良さそうな場所の坐禅会を探して、直接問い合わせるのが確実かと思います。
↓
...

そのようなことはあり得ません
そのようなことはあり得ません。
そのようなことが言われることはままありますが、まったくの迷信です。
どのような分野であれ、特定の職業に就くこと自体が不幸や困難の原因になることはありません。
...

暴力に快感を与えるのは神様ではなく自分の妄想です
どこかの神様が暴力に快楽を与えたのではなく、人間の妄想が暴力によって得られる刺激を快楽と受け取るように錯覚しているからです。
暴力そのものではなく、そのような暴力を振るう境遇にある自分の状態に...

「完璧主義の上司」は、頭の中にあるイメージです
仏教の考え方では、人が苦しむのはすべて自分自身の妄想によるものです。
ご質問で「完璧主義の上司」と書かれていますが、その上司は実在している人物とは関係なく、アッタさんの頭の中にあるイメージです...

生命の形より出会う境遇の方が大切ではないでしょうか
どうしたらポメラニアンに転生できるか、確かなことはわかりません。
南伝仏教に「犬行者経」という経典があります。この中に「……その者は完全無欠な犬行を修習し、完全無欠な犬戒を修習し、完全無欠...

「正しくしっかり食べて、正しくしっかり努める」というのが基本
個人が食べる食事量はそれほど差が無いので、運動量の大きい寮舎にいればカロリー不足で痩せるかもしれませんし、そうでなければ太るかもしれません。どちらにしてもケースバイケースなので、僧堂に行けば誰も...

仏教の見方からすると事実とは考えられません。
仏教の考え方では、生命が来世にどのような形でどのような世界に生まれるかは、それぞれの業によって決まります。また、過去世・今世・来世を通じて記憶や意識が継続する固有の自我のようなものは無いと考えら...

他人の憂さ晴らしのために自分の誇りを蔑ろにしない
差別をする人の頭を支配しているのは理屈ではなく感情です。叩いても大丈夫そうな対象を見つけ出しては難癖をつけて叩き、自己の憂さを晴らしたり承認欲求を満たしているだけです。
理屈はしょせん後付けで...

人がいなくなったとしても、生命は他にもたくさん存在します
今世から人がいなくなったとしても、生命は他にもたくさん存在します。
すべての生命は同じ仕組み(五蘊)によって成り立っていますが、それぞれに可能な行為は持っている器官によって異なります。たとえば...

仏教の考え方では自尽した後も苦しまずに済む方法はありません
仏教の考え方からすると「自ら命を絶った人間は亡くなった後もあの世で更に苦しむ」とは断言できません。今生の生命が尽きたあと次にどのような世界にどのような形で生まれるかは、それぞれの生命の「業」によ...

二桁後半くらいだそうです
聞くところでは二桁後半くらいだそうですが、一般向けに公開されている情報ではないので具体的な数字はこのサイトへの質問では確認できないと思います。

死は自分の都合や判断で決められるものではありません
仏教の考え方では、今生の生命の終わりは向こうからやって来るもので、こちらから探しに行くものではありません。
どのような生命にも死は必ずやって来ますが、それは因果則によって来たるべき時と来たるべ...

お布施される方が無理なくできる範囲で問題ありません
檀家さん・信徒さんが菩提寺の修善や大きな法要のために協力して費用を納める場合、一口いくらという取り決めがあることもあります。ですがそれ以外であれば、お布施の金額はこうでなければいけないという決ま...

まずは、五戒・八戒の実践をされてはいかがでしょうか
仏の戒(いましめ)を受けて、それにしたがって生きて行こうと思われることはすばらしいことです。
一方で「受戒」はそれぞれの宗派の教説や組織の仕組みと密接につながっている儀式なので、簡単に「はいど...

「報われる」とは、危害と苦しみの無限サイクルを止めること
「ダンマパダ」の有名な一節に「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である」とあります。
因果は、原...

まず、住職様にうかがってください。
まず、住職様にうかがってください。地域の習慣や先方のお寺さんの考え方によっても違うので「いつもこうすれば正解」ということはありません。
お寺からお寺への挨拶という場合と、寺族さんから寺族さんへ...

「人間はそれぞれの条件で生きている」と考えてみてください
仏教の考え方ではあらゆる生命は、業によって生命として生じる形が決まります。それぞれ業は異なっているので人間もまた、一人として同じ条件で生まれてくることはありません。
どこに生まれて、誰の子供で...

まず菩提寺様に相談されることをおすすめします
一番身近な菩提寺様に相談されるのが一番です。
まず菩提寺様に、どのような道筋が可能なのかうかがってみて下さい。
ただ、お坊さんにならなくても仏教の教えにそった生き方はできます。逆にいえば、お...

頭で分かっていることを実践するためのトレーニング
仏教の考え方でざっくりいえば、こうなりたい、これがほしい、これがいやだ、こうでなければならないという類いの個人の「執着」は、それが自己の都合に根ざしたものであるためにほとんど叶うことはありません...

仏教でいう「妄想」は心の三毒による分別のことです。
仏教でいう「妄想」というのは、私たちが普通にイメージする「明らかに事実に反する間違った想像」とは少し意味合いが違います。
たとえば「人類の半分は実は爬虫類型宇宙人が仮装している」とか「世界はデ...

戒名はお金で買うものではありません
(1)戒名は個人が仏弟子になる(あるいは、仏弟子であったとみなす)場合に授けられるものです。あくまで個人のものですから、代々の先祖~子孫の流れの中で、仏弟子でない=戒名がない方がいても不思議では...

仏教では「生きる価値」の有無を考えることはありません
仏教では、「無常」(ありとあらゆるものは瞬間瞬間に変化して、一時も同じままではない)、「苦」(生命存在はそれ自体が「苦」=「思い通りにならない」ものである)、「無我」(ありとあらゆるものには他の...

仏教の考え方では「行」は見かけだけではなく意思が問われます
仏教の考え方では「行」は見かけだけではなく意思が問われます。
たとえば、「給食の牛乳を残したい」という子供の話を「いいよ」と許したとします。
この時に、
(1)子供の体調や事情を考えて許す...

親御さんを看取られることは親不孝ではありません
親御さんを最期まで面倒をみて看取られることは善行であって、親不孝と呼ばれるような悪行為ではありません。
お釈迦様は「生命存在は苦である」と教えられました。現実の「苦」の形には様々なものがありま...

亡くなった方の執着によって迷惑をこうむることはありません
仏教の教えでは、すべての生命は今生のいのちが尽きると、その時のいのちの状態(業)によって次の世界に次の形の生命として生じます。これは、ほぼ瞬間に起ると考えられています。これが輪廻と呼ばれるもので...

一般的には参列までは不要と思われます
一般的には参列までは不要と思われます。
気になるようであれば弔電をお送りになるか、後日ご香典を郵送でもかまわないと思います。

仏教の考え方では、生霊というものは成り立ちません。
仏教の考え方では、人間を含めたあらゆる生命は、五蘊(ごうん)と呼ばれる色(肉体)・受(五感)・想(認知)・行(意志)・識(判断)の五つの集まり(部品)が因縁によって仮に集合して成り立っているとさ...

AIは既知だけど未整理のアイデアや知識を整理する道具
AIは現在、ネット上に蓄積されているデータとその組み合わせのパターンを非常に高速に検索して、話者が繰り返す単語や言い回しに対して適合するように構成して返してくれます。これは高度に精密化された仕組...

行は点数制ではありません
人が意思を持ってする言動を行と呼びます。良い行は良い結果につながり悪い行は悪い結果につながるために、しばしば点数制のように説明されますが厳密にはそうではありません。
良い行が○○ポイントたまっ...

前世に思い悩むよりも今世の正しい生き方に専念する
お釈迦様の教えの大本に四聖諦というものがあります。
「苦諦」→生命の存在は苦である。
「集諦」→苦には原因がある。
「滅諦」→苦は滅する方法がある。
「道諦」→苦はその方法を実践すること...

輪廻した生命を直接知ることができません
仏教のもともと考え方では、人間を含めたすべての生命は今生の生命が尽きると、ほぼ瞬間的に次の世界の次の生命として生じます。しばらく間をおくと考える見解でも、遅くとも49日以内には次の生命として生ず...

単純に辛い、楽しいでは割り切れない
安居中は娑婆での生活とは違うことだらけなので、慣れるまでは身心ともに辛さがまさるように思います。慣れてきてできることが増えてくると、そのことが楽しいと感じることもあります。
過ぎたあとで振り返...

問題ありません
個人がご縁のある仏様をお祀りすることは、とくに問題ありません。
持念仏と呼ばれる小さな仏像を大切に拝むことは古くから様々な立場の人がされてきました。
曹洞宗の宗旨上の本尊は釈迦牟尼仏ですが、...

一般の参列であれば問題ないかと思われます
一般の参列であれば問題ないかと思われます。
色についてはお坊さんの間でも法要で導師や目上の人とかぶらないように、割合に気をつかいます。一般の方には関係ありませんが、曹洞宗のお坊さんの服制では「...

やはり目の色は紺青色になるのではないでしょうか
如来の外見の特徴は三十二相八十種好として知られています。
これによると、目の色は青蓮華のような紺青色で白目と瞳がくっきりしているとされています。
仏眼仏母は如来の一切衆生を觀得する眼力が尊格...

禅宗では、人は主人公であれと教えられます
禅宗では、人は主人公でありなさいと教えられることがあります。
人生を生きているのはまぎれもない自分ですから、自分の人生を自分として生きているか、折々に確かめて油断してはいけませんと教えられます...

個人差はありますが、たいてい体重は減る傾向があります。
個人差があると思います。
一般的に初めて上山する時は、最初の1年は生活環境の変化と公務をおぼえておつとめする身心の緊張感でたいてい体重は減るようです。食事の内容は一般家庭とは異なりますが量が足...

TPOをわきまえていれば問題ないのでは
たとえば、お坊さんコスプレが趣味の人が、コスプレで町を歩いたり同じ趣味の人と集まるような場合は問題なくても、そのコスプレのままお葬式やご法事に出席したら、やはりちょっとおかしいと思う人が多いと思...

どのお墓に入るかよりも、そう思ってしまうことに注意して下さい
今生の生命を終えた後、次の世界にどのような姿で生じるかは、あくまでも亡くなった時点での、個人本人の業によります。次の生命は、ほぼ瞬間的に生ずると考えられています。一定の期間をおくという見解によっ...

ネットで検索すればいろいろな催し物があります
ネットで検索すれば、近隣で開催されている座禅会、写経会、法話会などの催し物の情報を得ることができると思います。
だいたいの催し物は誰でも参加できて、費用も実費程度かと思います。
その際に、声...

自殺という行動も、生への執着や恐怖に惑わされた結果と考えます
仏教の考え方では、すべての事物・現象は、因縁によって生じます。
ひとりの個人の中で見た場合、その根本原因は無知や迷い(無明と呼ばれます)であり、それが身体機能を通じて段階的に具象化して行きます...

菩提寺様に伺うことをお奨めしますが、基本的には問題ありません
仏様やご先祖様をお祀りする場所を飾ることを荘厳といいます。
宗派によっては荘厳のひとつひとつに意味が込められていて、寺院ではそれを省いたり置き換えたりすることは避けるべきだと言われることもあり...

可能性はありますが、絶対ではありません
仏教では人間に限らずすべての生き物は亡くなる時に、心や身体がどんな状態か、つみかさねてきた言動や経験がどんなものかといった、たくさんの条件(これらをまとめて「業」と呼んでいます)によって、次に生...

日本仏教でもいろいろな取り組みがされています
お経を唱える時、その主たる部分は経典が移入された時の文字や言葉であることが多いです。
上座部仏教国でもお経はパーリ語でお唱えされていてタイ語やミャンマー語ではありません。チベット仏教のお経は現...

得度にはその教団の僧侶として活動していく心構えが必要です
現在ではどの宗派の僧侶の資格も公許ではなく、その宗派によって私的に認定されているだけですから、たとえば自ら新しい宗派を開いて自ら認定しても同じ事です。極言すれば単立寺院の資格ビジネスによる「得度...

得度にこだわりすぎなくてもよいのでは
真言宗はいずれの派でもご宗旨の前提として加行を抜きにはできないようですので、それが難しいとなるとかなり厳しいのではないでしょうか。
また、だいたいどの宗派でも「得度」は単に僧籍を得るというだけ...

法華経の如来神力品の和訓読みが推しです
「唱えれますか」というご質問が、暗唱できるかどうかという意味であれば、全文を暗唱できるお坊さんはあまりいらっしゃらないと思います。非常に分量があり、いくつもの章があつまったものかだからです。
...

落ち込んでいる時に大切な決定をするのは避ける
あまり仏教とは関係ないかもしれませんが。
ご質問文に書かれているとおり人はそれぞれ自分の価値観や世界観で生きていて、お互いに相容れない場合があります。職場や学校など人が多く集まるところでは、特...

はっきりと分かるほど汚れていないければ問題ありません
はっきりと分かるほど汚れていれば交換した方がよいかも知れません。
見た目にはわからない程度で、きれいに拭いてもとに戻されたのであれば問題ありません。
気にされることはないと思います。

現実にはあり得ないので心配ありません
仏教では亡くなった生命は、瞬間的に次の生命として次の世界に生じます。その世界で、新しい生命として生きていくことになります。そして、どの世界のどのような姿で生じるかは今世で亡くなった時点での業の有...

棺に納めるものは、地域やそれぞれのお家で違いがあります。
棺に納めるものはこれとこれと決まったものではなく、地域の風習やそれぞれのお家の考え方、その場の判断で異なります。
現在ではほとんどの場合、機械化された火葬炉で火葬が行われるため、火葬炉を傷める...

末木文美士先生、大門修先生の本がいいと思います
読みやすさと緻密さやカバーする範囲の広さは反比例しがちですが、入門書としては、
・末木文美士編著『日本仏教再入門』講談社学術文庫
・大門修編『基本史料でよむ日本仏教全史』角川選書
...

正解はないですが、どうすればよいかは分かります
地獄に行くことは「罰」ではありません。今生の生命が尽きる時点で、地獄に行かなければならない業を持っているというだけです。
たとえば、朝起きたら39度の熱があって咳も出ていたら、学校や会社ではな...

「エア寺」というサイトがあります
密教の僧侶でいらっしゃる加藤拓雅師という方が中心となって活動されている「エア寺」というサイトがあります。
一般にはzoom参加が多くなると思いますが、幅広く様々な催しをされています。
ご参照...

ご家族のみなさんで、よくよく相談されてください
質問文を拝見して、親御さんとご自身の意見を調整して進む選択を、すでにご自身でいくつかお考えになっているのがわかりました。たいへんご立派であると思います。
人の生きる道筋はまっすぐ一本道ではあり...

観音経だと思います
妙法蓮華経観世音菩薩普門品の偈文の部分だと思います。観音経と通称されて、多くの宗派で読まれています。
どのような苦しみも取り残さず救ってくださる観音菩薩の大慈悲を賛嘆するお経です。
「観音経...

「私」と「子供」の生死に区別はありません
ご存じのとおり般若心経は空を説くお経です。
空とは何かと簡略に言うことは難しいですが、私たちが経験する自他の生死の視点から見るならば、自他の区別は成り立たない、ということがポイントになります。...

末法はこの世の滅亡ではありません
「末」という字を見ると、終末、末期といった言葉を連想して、この世(人間の世界)が滅亡してしまうようなイメージを持ちますが、仏教でいわれる「末法」は人間の世界の滅亡を指すものではありません。
お...

上山される道場に確認されることをおすすめします
極端な肌質や皮膚疾患のために必要であれば、常用薬あつかいで認められることもあるかと思いますが。道場によって差があると思いますので、事前に上山予定の道場に問い合わせ、相談されることをおすすめします。

曹洞宗ではそれぞれの地域に教化センターがあります
曹洞宗では全国をいくつかの管区に分けて教化センターをおいています。
お近くの教化センターのサイトに様々な催し物や参禅できる寺院の案内がありますので、ご参照下さい。不明の点など問い合わせにも対応...

亡くなった霊の祟りというものはありません
どのような亡くなり方をしたかによらず、亡くなった霊が今生の生命に祟るということはありません。
仏教の考え方では、すべての衆生(生命)は今生の肉体が滅んだ後、解脱しない限り、ほとんど間もなく次の...

私が感じている注意点をお伝えします
大変難しいご質問ですが、私なりに感じている注意点をお伝えしたいと思います。
(1)用語や概念の知識を先に求めようとしない。
仏教には無数の専門用語や概念がありますが、それを単に情報として...

紆余曲折あってもよいのでは
私たちは学校や会社で、輪切りにされた時間のなかで決められたスケジュールにのって期限までに結果を出すという、一方向に一本道しかないやり方に慣れすぎているので、ついつい「Aと決めたらAしかない」「一...

突飛な行動は突飛な出来事にしか有効ではありません
多くの場合、突然状況を変える行動は突然の出来事に対応する場合にか有効ではありません。
たとえば、車に引かれそうな人を助けるために駆け寄る場合のようなものです。今まさに車にひかれそうな人がいるの...

必死と努力は違うもののようです
人は関心への集中が深まり、またその対象が大きければ大きいほど、その対象との関わりが自分の生活の全てのように勘違いしてしまいます。「このテストで合格点を取れなければ、私の人生は終わりだ」「この書類...

慢のもとである我をなんとかする
釈尊が亡くなった時、「あの口うるさいジジイやっと死んだか。これで我々は自由に修行ができるぞ」と言った比丘がいたそうですから、釈尊在世当時の弟子の中にも慢の心を持った人はたくさんいたでしょう。
...

服喪は個人の中だけではなく、社会的なものです
服喪の習慣はお話の通り亡くなった方を悼み、それによって悲しみの感情と折り合いをつけるために必要な時間を過ごすものです。
これは、それぞれ個人の内面についてだけではなく残された家族、親族、知人も...

断見は因縁を「断つ」のではなく「無い」という見解では?
少し混乱があるようですが、梵網経の六十二見にある「断見」は、今生の生命の我は、地、水、火、風が寄り集まって生じた身体が壊滅することによって断滅し以後は存在しないという見解です。「法や因縁なるもの...

大乗仏教では修行を完成した者はブッダと同体と考えられます
大乗仏教では最終的に成仏(=ブッダになる)ことを目指しています。
これは、個人の人格とか個別性が残ったままブッダと呼ばれるにふさわしい能力を得るということではなく、すでに経典や仏祖の教えによっ...

仏教では性行為そのものが慎むべきものです
仏教の全般的な考え方としては同性、異性にかかわらず性行為そのものが慎むべきものと考えられています。ただし、出家者と在家者ではその内容に差があり、現実にも地域や時代によって差異があります。もし仏教...

心配されることはないと思います
世の中には仏教由来ながら原義とはかけはなれた意味で使われている言葉がたくさんあります。
もともとの意味とは真逆の俗流解釈で定着しているものも少なくありません。
ですが、それらが大きく問題にさ...

亡くなった人からの呪いもたたりもありません
仏教の教えでは、ほとんどの生命は亡くなって今世の肉体が滅ぶと次の生命に転生します。それは、ほぼ瞬間に起ります。何らかの理由で遅れるとしても、最大四十九日間のあいだには転生が確定すると考えられてい...

なかなか人道に生まれることはできません
・人道に行ける人はどれぐらいいますか。
具体的な割合はわかりませんが、生命が人道に生まれることはかなり少ないと考えられています。
・どうしたら人道に行ける可能性が高くなりますか。
...

問題ありません
宗派によっては法要の種類や時期によって、お供えすべきものが決まっている場合もあるようです。
ですが、通常のお参りであれば、それほど細かく気にする必要はないと思います。
問題ありません。

過度に気にされる必要はないと思います
忌中をどのように過ごすかは、地域やお家の習慣で違っています。
細かい話をすれば、「忌中」とは故人が最終的に次の生命への転生が決定するとされる49日間の期間に、家族や知人が善行を行いその功徳を故...

方向を示すよりも、心配しなくて良いという言葉が良いと思います
どうしたいのか、どうしたらよいのか、を決めるのはお子さんご本人しかありません。
人間はお互いに、それぞれ相手が生きている環境、感情、意欲、能力、、、等々をそっくりそのまま理解して受容することは...

他者は自分と同じ尺度で生きているわけではありません
私も肉親や知人に胃瘻を受けた人がいますので、患者さんがどのような状態になるのか見聞しています。仄聞するところでは、胃瘻という方法を開発した医師ご本人が晩年になって、その事を本当に良かったのかどう...

現在、お持ちの数珠でかまわないと思います
現在、お持ちの数珠でかまわないと思います。
曹洞宗の場合は、お参り下さる在家の方の数珠に、これといった決まりはありません。おそらく臨済宗、黄檗宗でも同様と思います。
これから購入されるという...

現在、受診されている病院での判定を確実に受けて下さい
「SNSで有名な先生」と言う方は医師で、適切な施設で適切な検査器具によって適切な検査をされているのでしょうか。現在、受診されている病院の医師とは別の方なのでしょうか。
お腹の赤ちゃんの性別判定...

代参という考え方がありますので、問題ないと思います。
もともと寺社への参拝には、本人に代わって代理人が参拝する代参という考え方がありますので、問題ないかと思います。
代参ばかりになってしまっては本末転倒ですが、お母様に最初に神仏とのご縁を届ける徴...

自業自得に例外はありません
仏教ではあくまでも自業自得が原則であり、例外はありません。
AさんがBさんを「殴ってやる」という意思をもって殴った時、その背景にどのような事情があっても、殴った行為によって生じる悪業は同じです...

ご主人の教えやお言葉と共におすごしください
突然の別れにたいへんなお悲しみのことと、おくやみ申し上げます。
お釈迦様は2600年ほど前に亡くなった方ですが、その教えはいまだにたくさんの人を励まし、導いています。お釈迦様の肉身は消滅しまし...

神仏は「来るもの拒まず去るもの追わず」です
これまで通りで良いかと思います。私たちが何かのしるしのように感じる出来事は、ほとんどの場合、私たちがそのように勝手に意味づけして思い込んでしまうだけです。
「来る者もの拒まず去るもの追わず」と...

相手がどうなったかではなく自分がどうしたかによるはずです
自業自得が原則ですので、相手がどうなったかではなく自分が何をしたかによって行き先が決まるはずです。人間が地獄とか餓鬼、畜生の世界に転生するのは罪に対する罰ではなく、当然そのような世界に転生するよ...

可能性はほぼありません
私たちには生命の輪廻転生そのものの有り様を直接、確実に知る方法はありません。知ることができないことを知りたいと思うと妄想がふくれ上がって、悩みが増すばかりになります。
仏教の立場では、輪廻転生...

「得度」でなくても仏縁を結ぶ機会はたくさんあります
「得度」というと何か特別な魔法の力があるように感じることもありますが、実際には、それぞれの宗派に属するお坊さんとして登録されるという、半ば事務手続き的なものに過ぎません。
「得度」でなくても仏...

理不尽なのは私たち衆生の振る舞いです
曹洞宗の僧侶です。
天災や人災で命を落とされる方は大変お気の毒ですが、その事自体は理不尽ではありません。縁起によって、原因から結果が生じたと捉えるほかありません。
地震によって、あるいは戦争...

おおよその基準は決められています
曹洞宗の場合、おおよそどのような場合に、どのようなお経を、どのような作法で読むかは「行持規範」という基準があります。
しかし、実際に読むお経や細かい進退の作法は、それぞれのお寺や地域の歴史的背...

大和尚になると緋色の衣をつけることができます。
現在の曹洞宗の服装規定では、袈裟ではなく衣の赤い色によって違いがあります。
曹洞宗のお坊さんの段階には法階と僧階があります。
法階は上座(じょうざ)、座元(ざげん)、和尚(おしょう)、大和尚...

一般論としては、おっしゃる通りです
「古典的な仏教の世界観だけでは、宇宙や世界を説明するのに不十分ではないか」というご指摘は、何をもって「古典的な仏教の世界観」というのか、説明の対象となる「宇宙や世界」をどのように措定するかという...

人間が便利になるだけで、置き換えられるわけではないでしょう
AI Artificial Intelligence とロマンチックに名付けられたために私たちも幻想を抱きがちです。データの集積・解析・アウトプットの技術的進化が飛躍的に高進したとはいえ、本質的...

カルマは前世の罪ではありません
大切な方を亡くした悲しみの深さは他人には計り知れないものですし、それがお子さんであればなおさらのこと受け入れがたいものでしょう。そうすると、私たちの心は「こんなに酷いことが起こるには、何かよほど...

「自分」視点の意味づけ、解釈は妄想です
1.仏様の教えでは、ヒトを含む一切衆生(生命)の在り方に、絶対も永遠もありません。生命は静止しておらず因果法則のなかでつねに巨大な数の因と縁の作用の結果として瞬間瞬間に生成消滅し続けています。も...

お父さんやお母さんをお手本にしましょう
身の回りの大切な方々といつかは今生での別れを経験しなければならないことは、誰もが頭ではわかっていることです。
しかし、頭ではわかっても心では納得できませんし、なんとか逃れる方法はないかと妄想し...

どのような材質でも問題ありません
たとえば親しい人を思うとき、実際に会うほかに写真を見たり電話で声を聞いたり、手紙を読んだりその人が使っていた物を手に取ったりと、さまざまな方法があります。それらは材質も方法も相手のイメージの現れ...

